2012-03-11(Sun)
小説・さやか見参!(150)
さやかは炎丸に向かって歩を進めた。
『へっ!状況は何も変わってないぜぇ!』
そう言いながら得意気に胸を反らした炎丸だったが、ふとおかしな事に気付いた。
首から下げたタオの鏡が光を反射していないのだ。
『??』
先ほどまでは周囲の燃え盛る光景を映し、ぎらぎらと輝いていたはずだが、今は全く光を放っていない。
それどころか漆黒を映し出しているのである。
『おいおい、何だってんだよ』
吐き捨てるように呟いたが動揺している暇はない。
さやかはこちらに向かって来ているのだ。
炎丸が手をかざした。
地面から火柱が吹き出しさやかの行く手を遮ろうとする。
だが、さやかはそれを躱さなかった。
そして意外な行動をとった。
炎を吹き出す地面に思い切り刀を突き刺したのである。
『はっ!』
さやかは力強く刀を切り上げた。
えぐられた土が空中に飛ぶ。
すると、
消える間際の火柱までも、つちくれと共に宙に飛んだのだ。
『なにぃ!?』
炎丸が驚愕した。
さやかは髪を焦がしながらも悠々と迫ってくる。
炎に照らされたその姿、その表情は、地獄から制裁を加えに降りてきた鬼神のようである。
再び火柱が上がる。
だが、その炎はやはり、さやかのひと振りで先ほどと同じく地面ごと宙に飛んだ。
『なるほど。こういう事ね』
さやかが口元だけで笑った。
術の正体を見抜いたのである。
炎丸の火遁は、揮発性の高い強い酒や圧縮された可燃性の気体を用いて炎を吹き出す術なのだ。
身体の各部に隠された火打ち石で火を起こし、袖や刀の鍔の噴出口から気体を吹き出す事で炎を生み出していたのである。
地面から上がる火柱にも種がある。
可燃性の気体を米粒ほどの大きさの容器に圧縮して地面に放っていたのだ。
地に落ちた衝撃で火花が散り容器が弾ける。
そして吹き出した気体が火柱を作る。
知ってみれば何の不思議もない。
だが、粒ほどの容器に大量の気体を圧縮して詰めるという技術は炎一族だけが持つ秘技であり、それを上手く使うにも熟練の技術が必要なのである。
何にしても、
種がバレてしまっては、もうこの術は通じない。
なにしろ相手は山吹さやかなのだ。
『タネが知れたらお粗末な手品ね。…ちょっと苦戦したけどさ』
炎丸は狼狽しながらも吠える。
『タ、タネのない術があるってのかよ!』
『あるわ』
さやかは立ち止まり、左手で剣印を結び、右手の刀を大きく振り回した。
するとどうした事か、さやかの後ろから強烈な突風が吹き、その風は季節外れの花びらを運んできたのである。
いや、そんな優雅なものではない。
さやかの背後から炎丸目掛けて、空をも埋め尽くさんばかりの黄色い花弁が襲いかかってきたのだ。
『な、なんだこりゃあ!?』
さしもの炎丸が頓狂な声をあげて驚いたのも当然である。
さやかの頭上で二手に別れた黄色い花びらの群れは、周りの火に自らの身体を焼かせ、巨大な炎の塊となって炎丸を取り囲んだ。
炎に包まれ、炎丸の身体は一瞬で見えなくなった。
悲鳴だけが聞こえる。
不燃性の装束や甲冑を着けていても、この状態では無事で済むまい。
『いつも安全圏から火を放っていたんだものね。たまには焼かれる側の気分を味わいなさい』
さやかの声は、そして表情は冷たい。
炎丸の悲鳴をよそに、再びさやかは印を結んだ。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
火の手に炙られながら真言を唱える。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわかなうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
全身から汗がしたたる。
だがそれでも、さやかは一心不乱に
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
と唱え続けた。
その時、
さやかには分からなかったが、炎丸を包む火焔の塊の中でタオの鏡が強烈な光を放った。
『へっ!状況は何も変わってないぜぇ!』
そう言いながら得意気に胸を反らした炎丸だったが、ふとおかしな事に気付いた。
首から下げたタオの鏡が光を反射していないのだ。
『??』
先ほどまでは周囲の燃え盛る光景を映し、ぎらぎらと輝いていたはずだが、今は全く光を放っていない。
それどころか漆黒を映し出しているのである。
『おいおい、何だってんだよ』
吐き捨てるように呟いたが動揺している暇はない。
さやかはこちらに向かって来ているのだ。
炎丸が手をかざした。
地面から火柱が吹き出しさやかの行く手を遮ろうとする。
だが、さやかはそれを躱さなかった。
そして意外な行動をとった。
炎を吹き出す地面に思い切り刀を突き刺したのである。
『はっ!』
さやかは力強く刀を切り上げた。
えぐられた土が空中に飛ぶ。
すると、
消える間際の火柱までも、つちくれと共に宙に飛んだのだ。
『なにぃ!?』
炎丸が驚愕した。
さやかは髪を焦がしながらも悠々と迫ってくる。
炎に照らされたその姿、その表情は、地獄から制裁を加えに降りてきた鬼神のようである。
再び火柱が上がる。
だが、その炎はやはり、さやかのひと振りで先ほどと同じく地面ごと宙に飛んだ。
『なるほど。こういう事ね』
さやかが口元だけで笑った。
術の正体を見抜いたのである。
炎丸の火遁は、揮発性の高い強い酒や圧縮された可燃性の気体を用いて炎を吹き出す術なのだ。
身体の各部に隠された火打ち石で火を起こし、袖や刀の鍔の噴出口から気体を吹き出す事で炎を生み出していたのである。
地面から上がる火柱にも種がある。
可燃性の気体を米粒ほどの大きさの容器に圧縮して地面に放っていたのだ。
地に落ちた衝撃で火花が散り容器が弾ける。
そして吹き出した気体が火柱を作る。
知ってみれば何の不思議もない。
だが、粒ほどの容器に大量の気体を圧縮して詰めるという技術は炎一族だけが持つ秘技であり、それを上手く使うにも熟練の技術が必要なのである。
何にしても、
種がバレてしまっては、もうこの術は通じない。
なにしろ相手は山吹さやかなのだ。
『タネが知れたらお粗末な手品ね。…ちょっと苦戦したけどさ』
炎丸は狼狽しながらも吠える。
『タ、タネのない術があるってのかよ!』
『あるわ』
さやかは立ち止まり、左手で剣印を結び、右手の刀を大きく振り回した。
するとどうした事か、さやかの後ろから強烈な突風が吹き、その風は季節外れの花びらを運んできたのである。
いや、そんな優雅なものではない。
さやかの背後から炎丸目掛けて、空をも埋め尽くさんばかりの黄色い花弁が襲いかかってきたのだ。
『な、なんだこりゃあ!?』
さしもの炎丸が頓狂な声をあげて驚いたのも当然である。
さやかの頭上で二手に別れた黄色い花びらの群れは、周りの火に自らの身体を焼かせ、巨大な炎の塊となって炎丸を取り囲んだ。
炎に包まれ、炎丸の身体は一瞬で見えなくなった。
悲鳴だけが聞こえる。
不燃性の装束や甲冑を着けていても、この状態では無事で済むまい。
『いつも安全圏から火を放っていたんだものね。たまには焼かれる側の気分を味わいなさい』
さやかの声は、そして表情は冷たい。
炎丸の悲鳴をよそに、再びさやかは印を結んだ。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
火の手に炙られながら真言を唱える。
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわかなうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
全身から汗がしたたる。
だがそれでも、さやかは一心不乱に
『なうまくさんまんだぼだなんめいぎゃしゃにえいそわか』
と唱え続けた。
その時、
さやかには分からなかったが、炎丸を包む火焔の塊の中でタオの鏡が強烈な光を放った。