2011-03-31(Thu)
小説・さやか見参!2(86)
『いま思えばね』
後ろに立ち話を聞いていた心太郎にさやかは言った。
『いま思えば、大丈夫って笑ったお兄ちゃんの顔、なんだか申し訳なさそうだった』
さやかは像の前に立つ兄の幻影を見ている。
『多分、その後すぐに命を落とす事が分かってたんだと思う。…って言うか、くちなわ殿と向き合う為に命を捨てるって決めてたんだと思う』
心太郎はさやかの後ろ姿を見つめている。
もやに差し込む光がさやかを包み、一種幻想的に映し出していた。
かすかに髪がなびく。
『どこにも行かない、とも言えず、これから死ぬ、とも言えず、苦し紛れに大丈夫だなんて言って…お兄ちゃん、私に気休めを言うのが申し訳なかったんだろうね』
たけるが荊木砦に火を放ち命を落とすのはすぐ後の事である。
心太郎は前に進みさやかに並んだ。
斬られた女神をじっと見つめてつぶやく。
『イバラキが…』
切り口をそっと撫でる心太郎の姿が兄と重なり、さやかは一瞬はっとした。
『大切なものを自分で斬っちゃうなんて…私には信じられない。大切なものは大切に守ればいいじゃない』
感情がほとばしったのか口調が荒くなる。
『私の一番大切なものまで奪って…!』
それだけ言うとさやかは黙った。
心太郎も黙って何かを考えていたが、
『おいらはその時のイバラキの気持ち、何となく想像つくっシュよ』
と言った。
『えっ?』
さやかが驚いて振り向く。
『イバラキは悪い奴だし嫌いだし絶対許さないっシュけど…』
心太郎はそう前置きした。
『きっとイバラキの心は空っぽだったんシュね。そして寂しかったんシュよ』
『イバラキが、寂しかった?』
『だって、小さい頃に家族を失って荊木流に拾われたっシュよね?』
『そうよ。でも荊木のみずち殿やかがち様とは本当の親子みたいに』
心太郎がさえぎる。
『それでも本当の親子じゃないっシュ』
言い切った言葉が何となく冷たいように思えた。
さやかにはよく分からない。
『本当の親子じゃなくても、何十年も一緒に暮らせば…お互いに思いやっていたなら家族同然でしょ!?』
『本当の家族に囲まれてたさやか殿には分からないっシュよ』
心太郎の言葉は間違いなく冷たかった。
『母上の事は分からないっシュけど、尊敬出来る父上がいて大好きな兄上がいて…』
『心太郎…』
『だからイバラキはさやか殿やたける殿が羨ましかったんシュよ。だからたくさんの愛に溢れている山吹流を目の敵にしてたんシュよ』
さやかは心太郎の両親が誰なのか聞いた事がなかった。
頭領もそれに関しては語らなかったし、心太郎自身も知らなかったからだ。
そう考えると心太郎とイバラキの境遇はよく似ている。
ならば今語られているのはイバラキの心情であり心太郎の心情なのだろうか。
『心太郎…あんた…』
心太郎も痛みや悲しみを抱えていた。
さやかはそれに気付かなかった。
本当の家族のように接すれば本当の家族になれるのだと簡単に考えていた。
恵まれた者の驕りであったのかもしれない。
『ま、おいらの事はさておいて』
わざと明るい口調で声を張る。
『イバラキは、心が空っぽで寂しくて、愛情を求めてたんじゃないっシュかね。人との関わりを求めていたんシュよ』
『…』
『でも家族でない自分が家族として受け入れてもらえるのか、きっと自信がなかったっシュ。みずち様やかがち様が本当に自分を受け入れてくれてるのか自信がなかったっシュ』
『受け入れてたわよ、絶対!みずち殿もかがち様もとっても優しい方だったもの!』
『家族だから受け入れて当然、家族だから受け入れられて当然、そう思えるのはさやか殿が本物の家族に囲まれていたからっシュ』
言葉が厳しい。
『家族同然とはいえ本来は赤の他人っシュよ?他人が自分を心から受け入れてくれるなんて、どうやったら自信を持って言えるっシュ?さやか殿はそんなに自信があるっシュか?』
心太郎がさやかの目を見た。
いすくめられるような鋭さだ。
『たける殿は受け入れてくれたとして、おかしらも受け入れてくれたとして、他の人達はどうっシュか?』
口を挟む事も出来ない。
『雷牙殿は本当にさやか殿を受け入れてくれてるっシュか?親友の妹だから気を遣ってる可能性はないっシュか?各組の頭領達は?さやか殿が山吹の直系だからわきまえてるって可能性がないと言えるっシュか?』
考えた事がなかった。
家族の愛で満ち足りていたのかもしれない。
『他人が自分を愛してくれるなんて簡単には思えないっシュ。…少なくともおいらは』
後ろに立ち話を聞いていた心太郎にさやかは言った。
『いま思えば、大丈夫って笑ったお兄ちゃんの顔、なんだか申し訳なさそうだった』
さやかは像の前に立つ兄の幻影を見ている。
『多分、その後すぐに命を落とす事が分かってたんだと思う。…って言うか、くちなわ殿と向き合う為に命を捨てるって決めてたんだと思う』
心太郎はさやかの後ろ姿を見つめている。
もやに差し込む光がさやかを包み、一種幻想的に映し出していた。
かすかに髪がなびく。
『どこにも行かない、とも言えず、これから死ぬ、とも言えず、苦し紛れに大丈夫だなんて言って…お兄ちゃん、私に気休めを言うのが申し訳なかったんだろうね』
たけるが荊木砦に火を放ち命を落とすのはすぐ後の事である。
心太郎は前に進みさやかに並んだ。
斬られた女神をじっと見つめてつぶやく。
『イバラキが…』
切り口をそっと撫でる心太郎の姿が兄と重なり、さやかは一瞬はっとした。
『大切なものを自分で斬っちゃうなんて…私には信じられない。大切なものは大切に守ればいいじゃない』
感情がほとばしったのか口調が荒くなる。
『私の一番大切なものまで奪って…!』
それだけ言うとさやかは黙った。
心太郎も黙って何かを考えていたが、
『おいらはその時のイバラキの気持ち、何となく想像つくっシュよ』
と言った。
『えっ?』
さやかが驚いて振り向く。
『イバラキは悪い奴だし嫌いだし絶対許さないっシュけど…』
心太郎はそう前置きした。
『きっとイバラキの心は空っぽだったんシュね。そして寂しかったんシュよ』
『イバラキが、寂しかった?』
『だって、小さい頃に家族を失って荊木流に拾われたっシュよね?』
『そうよ。でも荊木のみずち殿やかがち様とは本当の親子みたいに』
心太郎がさえぎる。
『それでも本当の親子じゃないっシュ』
言い切った言葉が何となく冷たいように思えた。
さやかにはよく分からない。
『本当の親子じゃなくても、何十年も一緒に暮らせば…お互いに思いやっていたなら家族同然でしょ!?』
『本当の家族に囲まれてたさやか殿には分からないっシュよ』
心太郎の言葉は間違いなく冷たかった。
『母上の事は分からないっシュけど、尊敬出来る父上がいて大好きな兄上がいて…』
『心太郎…』
『だからイバラキはさやか殿やたける殿が羨ましかったんシュよ。だからたくさんの愛に溢れている山吹流を目の敵にしてたんシュよ』
さやかは心太郎の両親が誰なのか聞いた事がなかった。
頭領もそれに関しては語らなかったし、心太郎自身も知らなかったからだ。
そう考えると心太郎とイバラキの境遇はよく似ている。
ならば今語られているのはイバラキの心情であり心太郎の心情なのだろうか。
『心太郎…あんた…』
心太郎も痛みや悲しみを抱えていた。
さやかはそれに気付かなかった。
本当の家族のように接すれば本当の家族になれるのだと簡単に考えていた。
恵まれた者の驕りであったのかもしれない。
『ま、おいらの事はさておいて』
わざと明るい口調で声を張る。
『イバラキは、心が空っぽで寂しくて、愛情を求めてたんじゃないっシュかね。人との関わりを求めていたんシュよ』
『…』
『でも家族でない自分が家族として受け入れてもらえるのか、きっと自信がなかったっシュ。みずち様やかがち様が本当に自分を受け入れてくれてるのか自信がなかったっシュ』
『受け入れてたわよ、絶対!みずち殿もかがち様もとっても優しい方だったもの!』
『家族だから受け入れて当然、家族だから受け入れられて当然、そう思えるのはさやか殿が本物の家族に囲まれていたからっシュ』
言葉が厳しい。
『家族同然とはいえ本来は赤の他人っシュよ?他人が自分を心から受け入れてくれるなんて、どうやったら自信を持って言えるっシュ?さやか殿はそんなに自信があるっシュか?』
心太郎がさやかの目を見た。
いすくめられるような鋭さだ。
『たける殿は受け入れてくれたとして、おかしらも受け入れてくれたとして、他の人達はどうっシュか?』
口を挟む事も出来ない。
『雷牙殿は本当にさやか殿を受け入れてくれてるっシュか?親友の妹だから気を遣ってる可能性はないっシュか?各組の頭領達は?さやか殿が山吹の直系だからわきまえてるって可能性がないと言えるっシュか?』
考えた事がなかった。
家族の愛で満ち足りていたのかもしれない。
『他人が自分を愛してくれるなんて簡単には思えないっシュ。…少なくともおいらは』
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