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2009-12-31(Thu)

久々にジャスティン

今日は数ヶ月ぶりに、元・武装メンバーのジャスティン坂本に会いました。
ジャスティン坂本

現在は大阪に住んでいますが、実家がある熊本に帰省する際、久留米に寄ってくれたのです。
実は彼が撮影した武装関係のビデオテープが何本かあり、わざわざそれを届けてくれたのです。

ジャスティンは武装のスターティングメンバーです。
2007年、最初にメンバーを探す時、真っ先に彼が浮かびました。

彼との出会いは(今まで何度も書いてきましたが)まだまだ武装が立ち上がる何年も前。
某テレビ番組の忘年会の席でした。

僕は着ぐるみ師として参加していたのですが、その席でスタッフの1人が彼の事を教えてくれたのです。

「内野さん、内野さんはアクションもされるんでしょう??」
「そうですね、一応はやってますよ」
「それじゃ向こうにいるジャスティンと話が合うかもですよ」
「ジャスティン?外国の方ですか?」
「いえ、バリバリの日本人ですけど。でも彼はアメリカでショー・コスギの弟子だったんですよ。知ってます?ショー・コスギ」
「えっ!そりゃもちろん知ってますとも!!そんなすごい方がいるんですか!是非紹介して下さい!!」

こうして紹介してもらったジャスティン坂本は、今と変わらずスマイリーで腰の低い男でした。
彼は短い期間でしたがレポーター(候補)として番組に参加していたのです。
僕らはさっそくメアドを交換。
聞けば彼は天神のスポーツクラブ内で『SKI(ショーコスギ塾)福岡校』のインストラクター(スーパーバイザー)として子供達にアクションを教えているという事だったので、近々見学に行かせてもらう約束をしました。

この時すでにオリジナルショーの腹案があった僕は、時々ジャスティンとメールで、
「いつか何かやる時は是非力を貸して下さいね~」
「いいですねぇ~。是非一緒に何かやりましょう~」
なんてやり取りをしていました。

約束通りに見学に行くと、彼は教え子達と一緒に快く僕を出迎えてくれました。
SKIではハリウッドで通用する俳優を育てるという目標もある為、レッスンはほとんど英語です。
なので、殺陣や体操、カンフーや太鼓などに加えて英会話も教えていたようでした。
ジャスティンキック!!

子供を教えるのは、大人以上に大変だと思います。
なぜなら制御が利かないからです。
優しく、時に厳しいジャスティン先生は子供達に慕われていました。
その姿を見て僕はますます彼と一緒に何かやってみたくなったのです。

2007年、武装メンバーを集める時には彼に一番に声をかけました。
待ってましたとばかりに二つ返事で引き受けてくれたのを覚えています。

それからの彼との付き合いはブログやmixiに綴ってありますし、武装を見てきた方ならご存知でしょう。
ジャスティン坂本は一流のアクションプレイヤーでありムードメーカーでした。
そして、制御が利かない子供以上に制御が利かないヤツでした。
僕は何度怒った事か(笑)
ヒーロー3リハ7

SKI福岡校がなくなってからしばらくはスポーツクラブでインストラクターなんかをやってたジャスティンですが、
その時こっそりアメリカに渡り、当時流行っていた『ビリーズ・ブートキャンプ』公式インストラクターとしてのライセンスを取得していました
そして今年、ビリー隊長が大阪でジムを開く際に声をかけられ、武装を脱退し、
『ビリー・ブランクス インターナショナルスタジオ』
http://www.bbistudio.com/index.html
のインストラクターとなったのです。

ジャスティンが抜けた穴は正直大きい。
脱退を聞かされたときはショックでした。
しかし将来の夢に向かっている彼を引き止める事は出来ませんでした。

ビリー隊長と一緒に色んなイベントに飛び回っているジャスティン。
もしどこかで見かけたら気安く声をかけてやって下さい。
本当にいい奴なんで。
長崎のジャスティン

ジャスティン坂本・プロフィール
(ビリー・ブランクス インターナショナルスタジオのHPより)

坂本大地

1979年熊本市生まれ
熊本市立高等学校(現、熊本市立必由館高校)卒業後単身渡米
ショー・コスギ塾第1期生として3年をアメリカで過ごす。
帰国後は、ショー・コスギ塾東京校でインストラクターを務め、
福岡校でスーパーバイザーを務める。
福岡では、レポーターやインストラクターとして多くのテレビ、ラジオ、ステージに出演。
TAEBO公認インストラクターのライセンス取得後は幅広い年齢層から支持され、
スポーツクラブなどでレッスンを行う。
剣道、弓道、テコンドーは有段。器械体操や空手等の指導経験も豊富。
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2009-12-30(Wed)

アクションへの道(32)

「クリスマスに何が起こったか」


あれは何日だったか・・・
多分1991年12月23日・・・だった気がする(18日だったかもしれない)

その日のショーはとある百貨店。
キャラクターは、主役が3体のメタルヒーロー物。

ショーが1ステージあった後、クリスマスの歌のコーナーがあり、そこに主役が登場する、という流れでした。

メンバーは主役3人に悪役3人。
この日は現場が1班しかなかったので、僕以外はかなりのベテランメンバーで固められています。
同行するスタッフはこの現場の営業担当さんでした。

さて、現場に到着し、ステージで場当たり(リハーサルのようなもの)を始めると、営業担当のスタッフが言いました。

「おいおい、今日はショーはないぞ」

・・・はぁっ!?

硬直するメンバー一同。

「主役が3体、歌のコーナーに出ればいいんやから、他の奴らは要らんぞ?」

・・・はぁっ!??

まだペーペーの僕も、これは頭に来てしまいました。
僕らはキャスティング担当の社員さんからショーがあると聞いてこの場にいるのです。
この営業担当もウチの事務所の社員なら、キャスティング担当もウチの社員です。
それなのに何故、大切な現場の情報が共有出来ていないのか?
この人達は一体どんな仕事をしているのか??

第一、今さら「悪役3人は要らん」とか言っているが、移動の車にメンバーが6人乗っている時点でおかしいとは思わなかったのか?
要らんのなら我々は前日にスケジュールの都合をつけてリハーサルをする必要などなかったではないか。
当日だってのんびり寝てて良かったのだ。

「ちょっと待って下さいよ、僕らはショーがあるからってキャスティングされて、リハーサルまでしてここにいるんですよ。何とかショーをする事は出来ないんですか!?」

僕は食い下がったのですが、

「あぁ無理無理。それならクリスマスツリーを運ぶ手伝いをしてくれ」

僕らは何故か、ショーとは何の関係も無いツリー運びの手伝いをさせられました。
百貨店の従業員さんと共に何十本とあるツリーを6階から2階まで運んだのです。

正直僕は・・・

ハラワタが煮えくり返っていました。
ウチの事務所にはキャラクターショー部門とは別にイベント部門があったので、こんな仕事ならイベントのメンバーを呼べば良かったのです。
もしかしたらイベントの方がギャラが高いからわざとこうしたのかもしれません。
単なる伝達ミスが原因でこうなったのかもしれません。
しかしどっちにしても、いいかげんな事この上ない!!

ツリーを運び終わって汗だくの僕は、これだけで帰ったら自分のプライドが許さないと思いました。

「これだけ働いてショーもさせてもらえないんですか」

さすがにスタッフさんも後ろめたくなったのかもしれません。

「ショーをしようにも30分も枠が取れんけんなぁ~」

少し態度が緩和されました。今だ!!

「5分だけでも時間作れませんか?ラス立ち(ラストの立ち回り)だけしましょう」
「パケはどうするんや」
「主題歌を流しててくれれば僕がしゃべりで何とかします。主役のセリフは影マイク(裏で声をアテる事)で対処しましょう」
「いいけどな、俺は影マイクはせんぞ」



きさまぁ~っ!!
誰のせいでこんな事になったと思うとるんじゃあ!!
何が
「俺はせんぞ」じゃ!!少しも反省はないんかコラァッ!!


ペーペーの僕の怒り爆発でした。

「いいですよ。全部僕が声をアテます。それならいいですね!?」

こうして何とかラス立ちだけは出来るようになりました。

まず僕が裏でしゃべります。
悪役『はっはっはっは!人間ども!今からお前たちのクリスマスを台無しにしてやる!戦闘員!行け!!』
戦闘員2体が登場。暴れます。
そしてボスの僕が登場。
悪役『人間ども!我々は悪の組織●●軍団!この地域を制圧する為に、まずはお前らに犠牲になってもらうぞ。戦闘員!やれ!!』
客席を襲う戦闘員。ボスはクルッと背を向けます。
そして出来るだけ肩を動かさないように気をつけて・・・
主役『待て!●●軍団!』
ボスは正面を向いて、
悪役『こ、この声は!えぇ~い、出て来い!!』
しゃべりながら背を向けて、
主役『行くぞ!トォ~ッ!!』
主役3体登場。
ボスは客席に背を向けてしゃがみ、口元が見えないようにします。
そしてまずカッコイイ声で、
主役『俺は、主役A!』
次は軽めの声で、
主役『主役B!』
最後は低めの声で、
主役『主役C!』
そしてまたカッコイイ声で、
主役『3人揃って、●●●●!!』(ホントはこんな名乗りじゃない)
ボス、立ち上がって、
悪役『こうなれば勝負だ!行くぞ!!』

アクション。

ボスやられてフラフラしながら、
悪役『おのれ、●●●●め!』
そして崩れ落ちて口元を隠します。
主役『よし、とどめだ!●●●●キ~ック!』
立ち上がるボス、3人のキックをくらって、
悪役『うわぁ~っ!覚えていろ~っ!!』
と、ステージ裏に隠れます。
息の乱れを隠しながら、
主役『みんな!大丈夫だったかい?それじゃこの後は楽しい歌のコーナーだ!!』

正直ね・・・めちゃめちゃだったと思うんですよ・・・
だって僕はキャラクター歴1年で、まだ何回かしかしゃべりもやった事なかったんですから・・・
1人4役て・・・

でもこれがきっかけで少し自信がついたというか・・・

いくら素晴らしい動きをする同期達でもこれは出来ないんじゃないかな、と。
動きでは敵わなくても僕は別のジャンルで張り合えるんじゃないかな、と。

そう思えただけでもこの日の現場は良かったのかな?

でも僕にとって結果オーライってだけで、プロの仕事としてはいかんよね!!
スタッフさんには猛省を促したい!!
・・・って、もう18年も昔の話か・・・


ちなみに今までの僕の最高記録は1人7役です。


※この日の主役Cに入っていたのは現在武装メンバーの阿部です。
僕はこの時の阿部さんの動きを見て、

「あ、キャラクターを演じるってこーゆー事なんだ!」
と目からウロコが落ちたのでした。



2009-12-30(Wed)

アクションへの道(31)

最近何を書いても説教臭い。
精神論ばかりでなく、何か楽しい事を書けないものだろうか。
そう、目指すはエンターテイメントだ!!



・・・そんなものを書ける能力はない。
皆さんスミマセン・・・



僕はキャラクターショーのチームに在籍している頃、ショーの台本を書いていました。

完全に自作の物から、後輩の作品を手直しした物、しゃべりショーの台本まで含めたら使用された物は30~40本は書いたと思います。

チームに入って10ヶ月ぐらい。
初めて台本を書いたのはその時期でした。

当時僕がいたチームは、台本から録音・編集まで社員さん達だけで行なっていて、我々バイトが関わる余地がありませんでした。
しかし初しゃべりで調子に乗っていた僕は、ちょっと台本を書いてみたい気持ちになったのです。

完パケ、完全パッケージのショーというのは、安定していますが融通が利かないものです。

完パケは、再生ボタンを押しさえすれば録音された物語(セリフやBGMや効果音)が流れます。
アクターはその音に合わせてお芝居をすればいいのでリハーサルがキッチリ出来るし本番でも毎回同じレベルのショーが出来るのです。
しかし、台本の執筆、録音、編集といった作業が必要になる為、テレビの展開には追いつきません。
その場合、対応は2つに分かれます。

1つは、追いつかなくても必死に追いかける。
年間に3、4回作り直すチームもあるようです(もっと多い所もありそうですが)。

そしてもう1つは、完全にあきらめてしまう。
番組開始時に作ったストーリーを年間通じて・・・下手すると、翌年のゴールデンウィークまで使うというチームもあります。

僕がいたチームでは後者になる事も度々ありました。

番組開始時に作ったパケを使い続けるとどうなるか??
テレビでは間もなく最終回を迎えようというのに、ショーではヒーロー同士がのんきに初対面の挨拶なんか交わしてたりする事になります。
仲間になるのならないのと揉めてたりします。
これって違和感ありありだと思うんです。

この年・・・1991年の戦隊は画期的な作品でした。
興味がある方は調べてみて下さいね。
おそらく子供達が混乱するぐらい人間関係は入り乱れ、展開も二転三転するような、そんな番組だったのです。
10月にもなると初期に作ったストーリーに違和感を感じるようになりました。
社員さんに聞くと、忙しいので新しいパケは作らないという事でした。
忙しくて作れないのなら、台本を僕が書けば手間が省けるんじゃないか、と思い、書く事にしたのです。

テレビの展開や人間関係を盛り込み、おそらくは、ややマニアックな内容だったと思いますが何とか完成。
社員さんに渡しました。
それから10分後、僕は誤字があった事に気付いたので書き直そうと思い、社員さんの所に行きました。

「すみません、さっきの台本ですが、誤字があったので書き直したいんですけど・・・」
「あぁ、あれな。あれは捨てた」
「えっ?」
「あれはな、つまらん」

台本は結局使われる事も返って来る事もありませんでした。
かといって他の誰かが新しい台本を書く事もなく、この話は終わってしまいました。

まぁ、マニアックすぎて使えなかったというのもあるでしょう。
テレビの展開を盛り込み過ぎれば、また展開が変わった時に作り直すハメにもなります。
ショーのパケはある程度の当たり障りの無さが必要なのです。

しかしそれは後々の自己分析に過ぎません。

この社員さんは何がつまらんかったのか、どうすれば良かったのか、一言のアドバイスもしないまま台本を捨てたのです。

今思えば・・・
もしかしたら読む事すらしなかったのかもしれません。
なにしろ最初から忙しくて作れないと言ってたのですから。
そして、
「バイトがパケ製作に関わってくるな」
という暗黙の忠告だったのかもしれません。

しかし実際問題、古いストーリーでは違和感が生じているのです。

「子供はヒーローが出てきて戦ってたら喜ぶんだから」とは当時の先輩の言ですが、それは観てくれる子供達を馬鹿にしていると思いました。

ありきたりな言い方ですが、子供の感受性というのはとても豊かです。
わずかな事でも意外に注目しているし、それを心にとどめてるものです。
悪い意味での子供だましは絶対に見抜かれます。

キャラクターショーのチームはショーをする事で成り立ってるんじゃないの?
ショーは子供達が観てくれる事で成り立ってるんじゃないの?
観てくれる子供達を喜ばせるのが最低限の義務じゃないの??


それなのに、仕事が忙しいからとショーの事を後回しにする姿勢に僕は疑問を感じました。

僕は中学・高校時代、ショーを観るのを楽しみにしてた人間です。
まだ、観る側の気持ちは忘れていません。

俺は子供達を喜ばせる為にショーをするんだ・・・

この時、そう心に誓ったのです。



・・・やべっ!元の事務所に対して批判がましい事いっぱい書いちゃった!
関係各位にお詫びします!ごめんなさ~い!!

次回はこの年のクリスマスに起きた事を書きましょう。
またもや批判がいっぱいだゾ!!
2009-12-29(Tue)

アクションへの道(30)

タイトルとは裏腹にアクションと関係ない内容が多いこのシリーズ。

まぁ全てを含めて今の僕に至る道なのでご容赦下さい。



大きな舞台も踏ませてもらって、実家も追い出されてしゃべりも経験して、この辺りで僕のスタイルも段々と出来上がってきました。

アクションショーの幹となるのはやはりアクション、立ち回りです。
当時僕の同期や同年代は身体能力に秀でた者が多く、その為、

より早く
より高く
よりダイナミック

という方向性に向かうのが主流だったのです。

彼らの動きは華やかさや人を惹きつけるトリッキーさがありました。
そして当時のリーダー達はそれを浮かせない安定感を持っていました。

ここが戦隊物のむずかしいところです。

リーダー然と安定したレッドがいます。
可憐なピンクがいます。
トリッキーで華やかなブラックやブルーがいます。
だとしたらイエローは何をするべきか??

ここを考えないと戦隊は失敗します。
アクションが好きな人間なら、カッコ良く派手な動きをして目立ちたいと思うでしょう。
ところが5人とも同じような動きだったらどうなるか?

特撮ファン向けの例えで言うならば、

『仮面ライダー電王』で良太郎に憑依しているイマジン達・・・
それがみんなモモタロスだったらどうなのか?

って事ですよね。

モモタロスが「いくぜ!いくぜ!いくぜ!!」
ウラタロスが「いくぜ!いくぜ!いくぜ!!」
キンタロスも「いくぜ!いくぜ!いくぜ!!」
リュウタロスも「いくぜ!いくぜ!いくぜ!!」


これ、フォームチェンジせんでよくね??
って思いますよね。

電王人気の大きな要因の1つは各々のキャラクターの個性にある事は間違いないでしょう(電王知らない人ゴメンナサイ)

戦隊の魅力は5人の個性です。
ってか、それぞれの個性を発揮させる為に5人いるのです。

メジャーキャラクターにしろローカルキャラクターにしろ、演じ手はここに気をつけてほしいですね。

まぁそれで、自分のイエローのポジションに悩んだワケですが、幸いな事にこの年のイエローは
「心優しきドスコイキャラ」
だったので、

カッコ良くなくてもいい、むしろカッコ悪いぐらい一生懸命にみんなを守ろうとしている

という設定にしました。
設定といっても単なる決まり事ではありません。動きで表現していくべき設定です。
どうやって表現すればいいのか??

アクションはお芝居です。
例えばパンチやキックにしても、それは技ではなく演技なのです。

僕らは技の基本を学びます。
パンチやキック、ガードやリアクションなどの基本です。
これらは基本を学んだ時点では基本に過ぎません。
応用させていくのがプロの仕事なのです。
では応用とは何なのか?

基本で学んだキック。
これを、達人のキックにするのか素人のキックにするのか、
余裕があるように見せるのか必死なのか、
威力があるのか無いのか、
当てたのか止められたのかよけられたのか、
設定によって使い分ける事が応用です。
そしてそれが演技であり立ち回りです。

なので僕は力強さを出す為にモーションを大きくして大振りな技を出しました。
戦いが苦手な感じを出す為に少し形を崩しました。
やられる時はぶざまにやられました。

基本をアレンジして、自分のイメージ通りのイエローを表現するべく努力しました。

しかし、実はその前の段階にも僕はこだわったのです。

怪人のセリフに憤った演技を入れたり、レッドのセリフに同調して正義感を燃え上がらせた動きを入れたり、仲間がやられる度に心配したり怒ったり、自分がダメージを負っていても仲間を気遣ったり・・・
そういった自分の動きが決められていない部分に性格を出していこうとしていたのです。

カッコ良く言えば「行間(ぎょうかん)の芝居」、僕流に言うと「動きの密度を濃くする」という事です。

「こんなの当たり前や~ん」と思うなかれ、当時こんな事誰も教えてくれなかったし、やってる人も少なかったんですよ!(あくまで僕が知ってる範囲で)

技は技だけでは演技になりません。
そこに至る感情が見えて初めて演技になるのです。

なぜ殴るのか?
なぜ戦うのか?

キャラクターショーのストーリーというのは、それぞれの感情を子供達に伝える為にあるのです。
僕は他のキャラクターがカッコ良さを見せている間の「感情担当」を目指しました。

おそらく子供達はレッドのカッコ良さやブラックの華やかさに目を奪われているでしょう。
でも、もし変な間が空いたらお客さんは「んっ?」と我に返ってしまいます。
彼らのカッコ良さが活きるように僕は間を埋めようと思ったのです。

これは、運動能力の低い僕だからそうしようと思えたのかもしれません。
頑張ってもカッコ良さや華やかさではみんなにかなわない事が分かっていたからこそ、何の未練も持たず、引き立て役になろうと思えたのです。
でも、もしイエローに注目してくれている子供がいたなら、イエローの優しさや一生懸命さを感じてくれる演技をしていたと思います。


・・・まぁこんな風に書いてますけど、この時でキャリア9~10ヶ月ぐらい。
考えた通りにしっかり動けていたワケじゃないですよ。
単純に動けない人、下手な人の動きになってたかもしれません。いや、間違いなくなってたでしょう。
でもその時期にこういった事を考えた事で自分のスタイルが出来上がったと思うのです。
すなわち、

役割を考え、それに徹する事。
間を埋める演技をする事。
素の自分を主張しすぎない事。


これがこの時期に完成された僕の軸です。
絶対にブレてはいけない軸なんです。
2009-12-28(Mon)

アクションへの道(29)

実家を追い出され、あてにしていた下宿も断られ、宿無しになってしまった僕であった・・・


傷心のまま、チームのメンバー達と花火大会に出かけた僕。
しかし気持ちは花火どころではありませんでした。

(俺は今日、どこで寝たらいいんだ・・・)

花火が終わって僕は先輩に事情を話しました。

「実は僕、7000円しか持ってないのに今後住む所がないんですよ・・・」

それを聞いた先輩は力強く言いました。

「おう!それなら俺がいい所を知っとる。ついて来い!!」

なんて頼もしい先輩でしょう!!
僕は先輩を追いかけました。

先輩について入ったのは、とあるカプセルホテル。

(へぇ~、こーゆー所でも安く長期滞在出来るのかぁ・・・)

僕はぬくぬくと実家で暮らしていた世間知らずだったのです。
フロントに行くと、

「一泊3500円です」

と言われました。

「えっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」

一泊3500円ですって!?
僕は頭がクラクラしました。
なぜ!?
なぜに!?
全財産7000円しか無い僕を、なぜこんな所に!?

僕は先輩をキッ!と見ました。
すると先輩は得意気に

「一泊3500円なんて安いやろ!?」

と言うのでした。

そうです。この先輩が言った「いい所」とは、僕の状況に対してではなく、世間一般の宿泊料金と比較して、だったのです。
僕は怒りがメラメラと燃え、失意がザパーンと波打ち、不安がドド~ンと押し寄せ、結局眠れませんでした・・・

全財産3500円、宿無しって・・・


ちなみにこの先輩の人柄を物語るエピソード。

僕が新人時代、毎週2000円ほどの赤字を出しながらショーをやってた事は以前書きました。
それでも連休に何日か続けてショーに入るとまとまったギャラをもらえる事があって、そんなギャラ日には

「よ~し、今日は贅沢してココイチでカレーをガッツリ食うぞ!!」

なんて事になるのですが、ある日僕がココイチに向かっていると

「俺も一緒に行こ~っ」
と、先輩がついて来ました。
店に入ってテーブルに着くと先輩は

「あ、しまった!財布忘れてきた!わりぃけど今日の分出しといて!」

と言いました。
確信犯かそうでないのかは分かりませんが、この状況で先輩に言われたら首を縦に振るしかありません。

贅沢する気まんまんだった僕は注文を取りに来た店員さんに

「●●カレーの甘口900gにトッピングで●●と●●と●●と●●を!!」

と言いました。
かなりの量、かなりの額になると思われます。
しかし先輩は、

「俺も同じの」

と言いました。
僕のギャラはあっという間にスッカラカンになりましたとさ・・・

そんな先輩です。


まぁ先輩への恨み節はさておいて、いよいよお金のない僕は結局、下宿を紹介してくれた社員さんにお願いして、彼の部屋を使わせてもらう事にしました。
一度断られた下宿なので気が引けましたが、社員さんが家賃を払って住んでいる部屋です。本人の許可をもらって僕が寝てても問題ないハズ!!

・・・しかし世の中そう甘くはなく、翌朝大家さんが部屋にやって来てこっぴどく怒られました。
社員さん個人を信用しているから部屋を貸してるのであって、どこの誰とも分からん人間が勝手に入っては困る!!
という事でした。
まぁ確かにそうですよね・・・

でも僕も背に腹は変えられません。

翌日からは大家さんが寝静まった深夜に部屋に入り、トイレも我慢して静かに寝て、人目を忍んで抜け出すというコソ泥のような生活を送っていました。
しかしそれも数日でバレてしまい、今度は本格的に追い出されました。

それからは公園や屋根のある駐車場が僕の寝床となったのです。
このホームレス生活は4~5ヶ月続きました。

初しゃべりショーはこの時期の話です。

2009-12-27(Sun)

子供達に伝えたい事

時々、子供達への熱いメッセージが込められたキャラクターショーに出会います。

自分を犠牲にして、傷付きながらも人々を守ろうとするヒーロー(ヒロイン)から伝えられるメッセージは、近所の大人達の形ばかりのお説教よりも胸に響くのではないでしょうか。

僕もメジャーキャラクターのショー台本を書いている時、たまにそーゆーものを作りました。
メジャー物だと、ストーリーの中にさりげなくテーマを盛り込んだりしないといけないのですが、ご当地ヒーローだと、子供達に何かを伝える為に生まれたキャラクターが多いのでテーマやメッセージありきのショーだったりして、その違いも面白いですね。


さて、以前も書きましたが、我ら武装
『忍者ライブショー さやか見参!』
には子供達へのメッセージがありません。
メッセージらしいメッセージはあえて入れてないんです。

『さやか見参!』の脚本家の考えで・・・まぁそれは武装代表なんですが・・・しかるに僕なんですが・・・
僕が思うに、子供達に伝えたい『夢』『希望』『友情』『正義』なんてものは言葉で伝えられないものなんじゃないか、と(正義って言葉は嫌いですが)

子供を導くのは親であり、身近にいる大人達です。
その大人達が、毎日ツラそうな顔で仕事に行き、グッタリして帰ってきては愚痴や陰口を叩き、無気力な態度でストレスを子供にぶつけていたら・・・
それを見ている子供達は将来に希望なんか持てるでしょうか。

「あぁ・・・大人になったら楽しくない仕事を嫌々やる毎日が待っているのか・・・」
「ツラい思いを我慢して毎日遅くまで働いてもお金も溜まらず夫婦で怒鳴りあうのが大人か・・・」


そう思うんじゃないでしょうか。
その子供達にかける言葉を山吹さやかは持っていません。

いずれ『さやか見参!』にもメッセージを入れていく事になると思います。
しかしそれは、子供達にではなく大人達に

子供に夢や希望を与えるのは親の背中なんだという事を発信していきたいのです。

僕の周りにも素晴らしいお父さんやお母さんがいっぱいいます。
どんなにツラい事も、明るく、元気に乗り切って、困難はみんなで力を合わせて克服して、人生を楽しむ努力をしている大人達です。
そんな家庭の子供達は明るくてキラキラしています。

もちろんそのお父さんお母さんも凹んだり、イライラしたりはあるのでしょう。
しかしおそらく、それを子供に見せないようになさっているのではないでしょうか。

「人生は綺麗事じゃない。マイナスの部分もしっかり見せておいた方がいいんだ!」

という考えの方もいらっしゃるかもしれません。
そこは人それぞれかもしれませんが、世の中のマイナスなんて、いずれ嫌でも知るのだから、幼少の頃に教える必要はないんじゃないか、と僕個人は思います。

「いい事だけを教えられて育った子供は将来シビアな現実にぶつかった時挫折するんだ!」

という考えもあるでしょう。
しかしおそらくそれは、
『シビアな現実を上回る素晴らしい現実』を教えられていなかった為に起こる悲劇ではないでしょうか。

人生にはツラい事がある。
でも、それを乗り越えたらもっと素晴らしい事がある。

これを実感させる事こそ大人の使命であり、「夢や希望を与える」という事だと思います。

それをショーを通じて、子供と一緒に観ているお父さんお母さんに伝えられたら、と思っています。
そうでなかったら子供達に
「今の大人達はダメだから、それを反面教師にして頑張りなさい」
と言うしかないからです。

しかし世の中には、僕のようなひねくれた人間ばかりじゃありません。
これらを体現し、多くの子供達に夢や希望を与えている大人達がいます。
それは・・・

冒頭でも話題に出した、ご当地ヒーロー達です。
彼らの活動は、明るく元気で前向きです(裏ではもちろん色々あるんでしょうが)
そんな大人達がいる事、大人になっても明るく楽しく生きていける事、それを伝えていけるすばらしい活動をなさっていると思います。

現在は日本各地で数え切れないほどのご当地ヒーロー達が活躍しています。
これが子供達の夢への架け橋になればいいな、と思っています。
2009-12-26(Sat)

アクションへの道(28)

初しゃべりショーの時期、僕の生活環境を大きく揺るがす事態が起きていました。

以前書いたように僕は大学を落ちてからショーの世界に入ったのですが、やはりフリーターとしてショー1本に専念するというような生活は許してもらえませんでした。
親にではありません。に、です(まぁ親も許さなかったでしょうが)

自分のやりたい事を押し殺して周りの期待に応えようとする性格の兄は、自堕落に好きな事ばかりしている僕が許せなかったのでしょう。
1991年8月、兄は僕に言いました。

「今月中に就職先を決めろ。決まらなかったら来月オマエを自衛隊に入れる。嫌ならウチから出て行け。」

期限は8月いっぱいだそうです。
こう言われた瞬間に僕は8月いっぱいで家を出る事を決意しました。
せっかく憧れの世界に入ったのに中途半端にやりたくなかったからです。

しかし、今思うと、兄に僕を追い出す権限はなかったんじゃないかと・・・
最近母に聞いてみたら、両親は僕が兄から追い出された事を知らなかったそうです。
勝手に出て行ったと思ってたみたいです。
今さらどうでもいい話ですが。

8月31日、僕は自転車に荷物を積んで久留米を後にしました。
まだまだ暑い季節、2時間半かけて福岡に向かいました。

この時、僕の全財産は7000円

実は、事務所の社員さんが当時住んでいた下宿が敷金礼金なしの家賃7000円だったのでそこに入れるよう話をつけていたのです。
次のギャラが出るまで無一文ですが、住む所さえあれば何とかなります。
僕は社員さんと一緒に大家さんの所に挨拶に行きました。
ところが・・・

「ごめんねぇ、やっぱり新しい人は入れん事になったんよ」
「えっ!!先日は大丈夫って言われましたが・・・」
「家族で話し合ってね、もう下宿はやめようって事になってね。約束しといて悪いけど・・・」

はい、住む場所消えた~!


社員さんは責任を感じたのか、

「すまんな・・・俺の部屋使っていいよ。俺はほとんど帰ってないし」
「ありがとうございます・・・でも出来るだけ自分で探してみます・・・」

お先真っ暗です。

~つづく~
2009-12-25(Fri)

10名様に武装年賀状プレゼント

年賀状で苦労する時期になりました。
とりあえず遠方の方の分は本日投函しましたが、近場の皆さんの分はこれからです・・・

で、思ったのですが、もしこのブログで

『武装年賀状希望』とメッセージを下さった方から先着10名様に、アトラクションチーム武装からの年賀状を送ります!!

・・・なんて書いたら少しでも反応があるのだろうか??

(↓↓前回の年賀状↓↓)
年賀状2009

住所を知ってる方にはほとんど送ってるつもりではいるんですが、もしブログ読んで下さってて「欲しい」と言う方がいらっしゃった時の為に・・・

武装年賀状プレゼント!!(笑)

↓↓こちらのアドレス宛てにお名前とご住所と、出来ればメッセージを送って下さい↓↓
busou_00@hotmail.co.jp

ちなみに元旦には間に合いません♪♪
2009-12-25(Fri)

今日も偉そうに

最近周りの色んな方が
「ブログ読んでますよ~」
って言って下さいます。

本当にありがたいですねぇ。

基本的に駄文ですが、それでも自分の意見を書いておくと
「いいや、そうじゃない」
とか
「自分もそう思う」
とか言ってもらえるので勉強になります。

「自分の意見が絶対正しい」

という勘違いをしない為にもディスカッションは必要ですよね。

なのでまた自分の意見を書いておこうと思います。

「いつもいつも偉そうな事ばっかり書きやがって!自分の技量を棚に上げて!!」

とお怒りの諸兄、ごもっともです。
本人も自覚しておりますので大目に見て下さい。


先ほど話しに出た
勘違いしない為の「ディスカッション」
これはキャラクターショーにおいては、「自分達の動きをビデオで観る事」であると思います。

自分の動きは自分では見えません。
着ぐるみを被っていたらなおさらです。

人間というのは意外に自分自身の動きを把握していないものです。
「目をつぶって、両腕を肩の高さまで水平に上げる」
という実験でも上手く出来ない人がけっこういたりします。
着ぐるみに入ってる時というのは目を閉じてるようなものです。
という事は、両腕を水平に上げているつもりで上がっていない(もしくは上がりすぎている)アクターさんもいるかもしれない、という事です。

両腕を水平、だと抽象的過ぎますね。
具体的に。

正面を向いて立っている・・・つもりだったのに半身だった。
相手の目を見ている・・・つもりだったのにうつむいていた(またはアゴが上がっていた)。
ハイキック!・・・だと思ってたらローキックだった。
ハイジャンプ!・・・だと思ったら超低空だった。
ハイスピードアクション!・・・がスロー再生になっていた。
元気に歩いてる・・・つもりだったのにゾンビのようだった。


まだまだありますが、こんな事は珍しくありません。

何故こんな事が起きるのか。
さっき書いた、「自分の動きを把握していない」に加えて、着ぐるみ(衣裳)に負けてしまっているから起きるのです。

着ぐるみに負けるとは??

経験者には当然分かる事ですが、着ぐるみや衣裳は普通の服に比べて動きにくくなってます(それがたとえ戦隊のスーツでも)。
筋肉や関節にかかる負担も大きければ、視界も悪く呼吸もままならないものがほとんどです。

そんなものを身に着けて普段と同じ力で動いたらどうなるか?

動きは遅く、そして小さくなり、なおかついつもより疲れるでしょう。

では逆に、普段と同じスピード、同じ大きさの動きをするにはどうすればいいか??


答えは簡単ですね。
視界の悪さを乗り越え、呼吸の苦しさを我慢し、普段の数倍の体力を消費し、数倍のスピードで、数倍大きく動けばいいのです。
いわゆるスーツアクターと呼ばれる人達は、それが出来るように訓練しているワケです。
しかし、着ぐるみで人並みに動ければいいのかというとそんな事はありません。
それは単なるスタート地点です。

では他に何が必要なのか?
僕が考えるのは、
①センス
②イメージ
③再現性

の3つです。
簡単に説明してみましょう。


まず①のセンスですが、これは、「いい動き」「悪い動き」を見極める力だと思って下さい。
こう動いた方がカッコいい、とか、この動きの方が面白い、とかを的確に判断するのに必要なのがセンスです。
先天的なセンスじゃなくても、勉強して身に付ける事も出来ます。
その為には、「本当にいいもの」をたくさん見て頭に焼き付けていく必要があります。

妙にカッコつけてるけど1つも決まってない人や、やけにテンション高くドタバタ動いているのに1つもウケない人なんかはこのセンスがないのかもしれません。

②のイメージは、その時の状況に応じた「いい動き」を頭の中に描き出す力です。
単純に「いい動き」という事ではありません。
ステージの状況(ステージの高さ、お客さんとの距離、客席からの角度)、客層なども考慮した上で、演出から外れないようなベストの動きを考えなければいけません。
ここでは人間体(衣裳を着けてない状態)のイメージでかまいませんが、これが出来るようになるには①のセンスを磨く必要があります。

③の再現性
これは②でイメージした動きを身体で表現する力です。
冒頭に説明したように、着ぐるみや衣裳を身に着けていては思ったような動きが出来ません。
脳内イメージを再現する為には、変換作業をしなくてはなりません。曰く、
「この衣裳は厚いからこのぐらい大きく動かないとイメージよりも小さいな」
とか
「この面は目の位置が低いから首の角度を調節してみよう」
とか
「この着ぐるみは腕が上がらないから、ジャンプを加えて大きく見せてみよう」
とか。
先ほど人間体で想像した動きを着ぐるみの動きに変換して再現するのです。

ここまで来るとかなりの経験が必要です。
そして最初に話したように、ビデオ等で自分の動きを見て知る事が大事になってきます。

「あれ?真後ろを振り返ったハズなのに中途半端になってるぞ?」
「泣いてる芝居なのに笑ってるように見える!!肩の震わせ方がおかしかったかな?」
「動きが超遅いんですけど!!マックスで動いたのに!!」

等々、ビデオを観て自分のイメージと照らし合わせて修正していくワケです。
その為には??
自分はどのシーンでどう動いたかを覚えておかなくちゃいけませんね。
どんなつもりで動いたかを覚えておけば容易い事です。
キチンとストーリーの流れを汲んで動いている人は自分の動きの意味を考えて芝居をしているから大丈夫なハズです。
逆に勢いで行き当たりバッタリに動いている人は進歩は望めません。

以上が僕の考える大切な3点です。



~番外編~ 再現能力のないオジサン達

時々イベント会場やお祭りで、着ぐるみに入ってにぎやかしをしているお父さんやおじちゃん達を見かけます。
素人さんが着ぐるみに入る大変さというのはもちろん理解していますが、正直なところ、プロの動きと素人さんの動きは完全にレベルが違います(当たり前)。
ところが自分の動きを把握していない素人さんは、自分がプロと同じように動いていると勘違いをしています。
苦しい思いをして汗だくで頑張っているんだから勘違いしてしまうのも分からなくはありません。
分からなくはありませんが、勘違いでプロと同じ土俵に上がって来られるとちょっと困ってしまいます。

「俺も着ぐるみ入った事あるけんアンタ達の苦労は分かる」
みたいな事を言われたり、挙句の果てには、
「俺が入った着ぐるみはもっと大変だった」
とか苦労話を聞かされたり・・・

これは再現能力もなければそれを会得する為の努力もしていない素人さんだからこそやってしまう勘違いです。
僕はそれを否定したり怒ったりするつもりはありません。
しかし、プロと素人の間に厳然としてある壁は大事にしていきたいと思います。

そしてプロを名乗る以上は
「やっぱり素人さんとは全然違うね!」
と言われる仕事をしなければ、と気持ちを引き締めようと思うのです。



2009-12-24(Thu)

映画を観ました

ようやく
『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイドMOVIE大戦2010』

『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』
を観ました。

僕のお気に入りのアクションシーンは
ウルトラの父 VS ベリアルです。

ウルトラの父の動きがめっちゃカッコイイ!!
2009-12-24(Thu)

アクションへの道(27)

僕の初しゃべりショー、いよいよ当日です。

現場は長崎。
まだまだ暑い日でした。
控え室のテントにいるだけで汗がダラダラ流れてきます。

このショーもですね・・・
正直細かい所まで覚えてないんです・・・
緊張してたから・・・

でも、現場を「痛々しい空気」にしてしまった事はハッキリ覚えています。

僕は元来目立ちたがり屋で自信過剰です。
おまけに古い因習(←大袈裟。要するに惰性)みたいなものが嫌いです。

僕が当時考えていた古いネタ・・・
例えば、

怪『オース!!』
客「オース・・・」
怪『お前ら声が小さいよ!もっと大きな声で!オース!!』
客「オース!」
怪『オーッス!!』
客「オーッス!!」
怪『うるせぇよ静かにしろ!!』

みたいな・・・

良く言えば『テッパン』なんですが(ドリフネタは基本テッパンです)、当時の僕には
「ありきたり」
「何の工夫もなく昔のネタを繰り返している」

と見えていたのです。
なので、今まで観た事のないオリジナルのネタで勝負しようと思っていました。
それが失敗の始まり・・・

何のこっちゃ分からんネタで静まり返る客席・・・
その状況を上手く収める事も出来ずパニクる僕・・・


ここ近年の、しゃべりに関する僕の持論ですが、

1・弱音を吐いて客に媚びない。
2・失敗を認め、失敗した時こそあっさりと進行する。


というのがあります。
この2つを意識しないと何かあったら大変な事になります。

どういう事かと言うと、まず1つ目。
ネタがすべって客席が静まり返った時、
「おいおい、ここ笑うトコだよ」
とか、
「少しは笑ってくれよ!一生懸命やってるんだよ!」
等と言う事ですね。
ハズした事で同情を買って笑いに変えたい気持ちは分かりますが、これは良くない。
哀れで不憫になるけど、面白くなる事はない発言です。

そして2は、
ネタがスベる
↓ ↓ ↓
シ~ン・・・
↓ ↓ ↓
さらにかぶせてみる
↓ ↓ ↓
シ~ン・・・
↓ ↓ ↓
あきらめ切れず引っ張る
↓ ↓ ↓
シ~ン・・・
↓ ↓ ↓
『オマエら何で笑わないんだ!』
↓ ↓ ↓
シ~ン・・・
↓ ↓ ↓
『少しは笑ってくれよ~』
↓ ↓ ↓
ドツボにハマる

といった感じです。

こんな時は最初にスベった段階で、せめて2回目にスベった時に、何事もなかったように本題に戻るのが正解です。
ネタがスベる
↓ ↓ ↓
シ~ン・・・
↓ ↓ ↓
不敵に笑う
ってやったら大丈夫です。
試してみて下さい。


当時の未熟な僕はこの2つの禁忌を完全に犯してしまいました。

スベリの無限連鎖、負のスパイラル…

見兼ねたスタッフが戦闘員の影マイクで
『ボス~、そろそろ本題に戻りましょうよ~、子供達、完全に飽きちゃってますよ~』
と助け舟を出しても、すでに引っ込みがつかなくなっている僕は
『うるさい!俺はまだまだしゃべるんだ!!』
と逆ギレするのでした。

そんな感じだったので、本来30分で終わるハズのショーは、静まり返ったまま50分近く続いたのでした…


生まれてゴメンナサイ…(泣)
2009-12-23(Wed)

アクションへの道(26)

悪役ボスの『しゃべり』については前回説明しました。
今回は僕が初めてしゃべりに挑戦するお話し(後編)です。

ちなみに、アトラクションチーム武装『忍者ライブショー さやか見参!』では、悪の忍者イバラキによるおあそび(修行)コーナーがありますが、その原点とも言えるのが今回のお話しです。




いよいよ初しゃべりのリハーサルです。

この時の僕はキャリア9ヶ月。
何も分からないままの挑戦ですが、自分からやりたいと言った事だけにもう後には引けません。


しゃべりショーにおけるしゃべりの比重は、
おあそび本編
いや、ぐらいのもんです。

で、おあそびってのは、リハーサルなんて出来ないんです。
何故なら子供とのやり取りがメインだから。つまりほとんどアドリブだから。

…ってなワケで、この日のリハでもおあそびパートはさておいて、本編メインでやる事に。

ストーリーを知っているのは僕1人。
まだまだペーペーの僕が大先輩方に

『じゃあこの台詞きっかけでステージに出て下さい』

とか

『次は●●と▲▲で40秒立ち回りして下さい』

とか指示しながら進めるワケです。
これだけでもかなり時間を食いましたが、ラス立ち(ラストの立ち回り)で僕が絡むとさらに大変。

まともな怪人すら演った事のない僕が悪のボスとして名だたるヒーロー達と渡り合うのですから、そのぎこちなさはハンパありません。
おまけに当時
『ボス=剣を使う』
みたいな風潮があって僕も剣を持たされました。

ショーで剣なんか持った事ありません。
ってか、剣の練習なんかした事ありません。
逆に、剣殺陣を練習しようとして怒られた事があるぐらいです(理由はチームの名誉の為にも書きません)
なので剣の持ち方や使い方、動きまで、1から教えてもらいながらのリハになってしまいました。

当然時間もかかるし僕はいっぱいいっぱいになるし、もう大変。

さぁて、

初めて書いた台本で、
初めて悪ボスを演り、
初めて剣を使い、
初めてしゃべりをする、

そんな僕は一体どんなショーをするのでしょうか?

乞うご期待!


…いや、ホントは期待されるような結果ではなかったです…
ホントに…
2009-12-22(Tue)

2009忘年会

12月21日(月)
アトラクションチーム武装の忘年会を行ないました!

まぁ武装では忘年会だろうが打ち上げだろうが、

『お疲れ様でした!』

と言って後はダラダラ飲んで食べるだけ
忘年会1

一年を振り返る事もなく、

何かを反省する事もなく、

抱負を述べる事もない、

まったりと、ただダベって飲む…

それが武装スタイル。
忘年会2

今回の参加者は

代表
みんみん
阿部さん
バナティ
亮ちゃん
プレ
時枝(ゲスト参加)

の7名。


みんみんとはかなり久しぶりに会いました。
最近は練習への参加も難しいようで、めったに顔を会わせる機会がありません。
みんみん

阿部さんは、前回の食事会で飲めなかったうさを晴らすかのように飲んでました♪
阿部さん
アルコールが入った阿部さんが本当の阿部さんだぜ!(いいのか?それ)
バナティ・亮ちゃん・プレは2009年参加トリオ。
バナティ亮ちゃんプレ

この3人には
『今年武装に入ってからのなんちゃらかんちゃら』とか聞いても良かったかなぁ。
ま、その辺は普段から聞いてるんで別にいいけど。

この3人の加入で武装はひとつステップアップしたと思ってます。

時枝は正式メンバーではないのですが、ちょくちょく練習に来て、メンバーにいいお手本を見せてくれるのでゲストとして参加してもらいました。

まぁゲスト扱いするワケでもないんだけど。
ゆる~い雰囲気の中でゆる~く飲んでもらいました。

本来なら正式メンバーの『たいさ』がここにいなくちゃいけないんだけど、大学院卒業を目前に控えて忙しいみたい。

残念だねぇ…

とにかく最初から最後までテンションの起伏のない、すごく武装らしい忘年会だったとさ!
2009-12-21(Mon)

本日は

武装忘年会です♪
もうしばらくしたら出発しま~す♪
2009-12-21(Mon)

2009年最後の練習(感想)

12月17日、2009年最後の練習をしたのですが、せっかくなので正式メンバーのバナティ・プレ・亮ちゃんと、ゲスト参加中のジョーの4人に練習の感想を聞いてみました。
今年の総括、ではなく、最終練習のみの感想です。

まずはバナティから
バナティ
『今年最後の練習に参加してきました!
久しぶりに、徒手での殺陣も。なんか、逆に新鮮な感じが!
少しだったけど、楽しかったです。
代表もいつも言ってますが、同じ殺陣でも やる人によって、違った感じの殺陣になる‥その人の色ですかね。
絡んでいても、見てても非常に おもしろいです。
この日、一番苦戦したのが 最後の棒殺陣です。
先々週から、連続で棒の使い方を 教わりましたが、殺陣となると なんか全然違うものに感じてしまい、相手とも なかなか合わせきれない‥基本の動きが体にしっかり入ってないから、やっぱり応用が できない‥。まだまだ練習あるのみです!!
来年、棒殺陣がステージ上でみせれるように、頑張ります!
代表、また 指導をお願いします』


つづいてプレ
プレ
『最後の練習は集大成な感じで密度が高かったです。
素手の基本に剣の基本、殺陣、新しく教えていただいた棒での殺陣・・・
まだまだ未熟者の私には足りないものなどがいっぱいです。
練習でのメニューをただこなすだけではなく、もっと自分からハングリーにやっていかなきゃいけなかったなと反省しています。
出来なくても、すぐ出来なくて当たり前!!へこむ前に、悩む前にやるだけのことをやれと言い聞かせて来年に繋げていきたいです』


少し遅れて参加の亮ちゃん
亮ちゃん
『練習に到着した時、皆さんは木刀での稽古をしていて、今冬最大の寒気で手が凍っていた自分は、このままでは木刀が飛んでいってしまうと感じ、腕を振り回して末端神経に血を送ってアップ終了→そこで木刀の稽古は終了。

続いて殴り・蹴りの基本。
中練習室の右側の鏡は歪んでて体が細く見えるので、いい感じです。左側の鏡は逆に膨らんで見えます。
殴る蹴る動作は恐らく今年最後になるだろうので、一年分の鬱憤と厄を払う気持ちを込めて120%の力で行いました。
山山スカシ右殴りでは、先週と同じくバナティさんと格闘しました。最も体力の衰えを感じるメニューです。
完全に体があったまった所で、素手立ち回り。体はあったまっても相変わらず足は上がらない。
最後に棒の基本を阿部さんと練習。
棒は本当に難しいです。どこかひっかかる感じでなかなかスムーズに回せなかったので、年末年始は今日の練習をふまえて、物干し棹で特訓しようと心に誓いました。
いつの日か、ショーでバシッと棒立ち回りをこなしたいです。
最後に整理運動(蹴りのきついやつ)をして、本日も怪我なく無事練習終了。
ありがとうございました』


最後にゲスト参加のジョー
ジョー、殴り
『昨日は初めて武装さんの殺陣に混ぜていただいて、改めて基本の大切さを感じました。
また、身体の使い方が少しだけ分かってきました。
上手く使えるようになれば、拳は自然と出てきて、木刀も自然と出てくると。
あとは練習されてる雰囲気がいいですよね、武装さんは。
のっちょさんが常にアンテナはってらしたのが、参考にすべき点だと感じました。』


練習を見ていてもこの文章を読んでも、みんなが各々課題を持って練習しているのが伝わります。
俺ももっと細かくみんなに目を配りたいんだけど、行き届かないところもあってゴメンナサイ。
みんなの良い部分は、どうやったらもっと良くなるか、出来なかった部分はどうやったら出来るようになるか、2010年はみんなで力を合わせて考えて、そして頑張っていこう♪
2009-12-21(Mon)

アクションへの道(25)

みなさんはキャラクターショーにおける『しゃべり』というものをご存じでしょうか?
(※べしゃりという所もあります)
ショーの中で悪役のボスがマイクを持ってしゃべり、ショーを進行したり子供に絡んだりする、それがしゃべりです。

対して完パケ(完全パッケージ)というスタイルがあります。
これは台詞、音楽、効果音などが全てCDやMDに入っていて、プレイヤーの再生ボタンを押せば音だけで物語が完結してしまうというものです。

元々キャラクターショーでは『しゃべり』が主流だったそうです。
しかし、当然ながらこれには『しゃべりの技量』を持った人材が必要になります。
そしてしゃべりの展開に合わせて音を出す(時には影で声をアテる)優秀なスタッフが必要です。

キャラクターショーが九州に入ってきた時、人材の不足から完パケ方式を採用する事にしたそうです。
完パケならしゃべれる人間も要らないし、新人スタッフでも再生ボタンさえ押せれば何とかなるからです。

そんなワケで九州にはしゃべりショーの文化があまりありません。
という事は、お手本が少ないという事です。

そんなお手本が少ない中、僕が初めてのしゃべりに挑戦する事になりました。
ヤスエが死んでから1ヶ月経つか経たないかの夏の事です。
ショーが好きで、裏方的な事も喜んでやっていた僕に社員さんが
『今度しゃべりがあるけどやってみるや?』
と聞いてきました。

ちなみに僕はまだまだショー歴9ヶ月ぐらい。
キャリア的には無謀な挑戦だと思います。
僕は身の程知らずにも
『何とか出来るだろう』
と思い、

『やります!』

と答えたのでした。

完パケ主流の九州においてウチのチームも例外ではなかったのですが、時々しゃべりの現場がありました。

~放送が始まったばかりの番組のショーをする時~

キャラクターのしゃべり方やポーズのタイミングなどは放送を観なければ分からないが、第1話放送後に急いでパケを作っても間に合わない事があるので。


~イレギュラーなショーをする時~

とっくの昔に放送が終わった番組などは当時のパケを使うとタイムラグが大きいし、共演ショーやミニショーはパケを作っても2度目があるかないか分からないので。


僕がやる事になったのは歴代のヒーローが共演するショー。

『お見せしよう』と言って変身する力のヒーローと、空を飛んだりバイクで壁を壊したりするヒーローと、太陽の子の3人が登場します。
僕は悪ボス役です。

しゃべる事が決まってから、まずは台本をしっかり書いて来るように言われました。

先輩方は台本なんて作らずにやってましたが、新人の初しゃべりなのでチェックを受けて当然でしょう。


ありきたりに、『空を飛ぶ人』『お見せしよう』が敵に操られ『太陽の子』と戦うというストーリーです。

台本が出来ると、自分の台詞をゆっくり何度も読む練習をさせられました。
僕がしゃべりに関して教えてもらった事は後にも先にもただひとつ、
『ゆっくりしゃべる事』
これだけです。


そしていよいよリハーサルの日がやってきました。

~つづく~
2009-12-21(Mon)

少々お待ちを。

アクションへの道『初めてのしゃべり』、また後でUPします。
こないだの練習に関する追記もあるんですが・・・

明日の仕事に備えて今日はもう寝ますね♪
おやすみなさい。
2009-12-21(Mon)

襲われました。睡魔に。

大分でお世話になった方々へお礼のメールをしている途中で寝てしまってました!
いかんいかん・・・
まだお礼してない方には夜が明けてから連絡したいと思います。

あらためて今回の報告を・・・

僕が代表を務めるアトラクションチーム武装は、
九州ヒーローネット(KHN)
という団体に加入しています。
この九州ヒーローネットとは、九州内でローカルヒーローを運営している団体で構成されている組織です。
武装の「山吹さやか」はいわゆるローカルヒーローではないのですが、広義に解釈してもらっての参加となっています。

で、19日(土)、大分県でKHNの会議&忘年会が行なわれたのでブロロロロ~と行ってきたワケです。

オブザーバーとして同席したのは、代表辞令により、武装の制作チーフに任命された『ゆき』
その名の通り、吹きすさぶ雪の中でソフトクリームを食べるつわものです。
プリンソフト

ゆきと久留米で合流し、高速に乗って一路大分へ。
相も変わらず何度も道に迷いながら、何とかホテルに到着。
チェックインして一休み。

そして日が暮れて、クリスマスのイルミネーションも輝き始めた頃、
大分の夜景
会議の場所へ出発。

会場のホテルのエントランス前に到着するも誰の姿も見えず、中に入っていいものか逡巡していると、「今どこ?」
とのメールが。
あわてて中に入ると3階にみんな集まってるとの事。
エレベーターに乗ってグイ~~ン!!と上へ!!
時を同じくして、甑アクションクラブの代表代理オリッチさんは僕を迎えに、隣のエレベーターでグイ~~ン!!と下に降りていたのでした。
嗚呼、すれ違い人生。無駄足踏ませてゴメンナサイ!!

エレベーターを降りるとそこには御馴染みの面々。
度々このブログにも登場する皆さんですが改めて紹介。

~大分~
H.A.C(HERO’S ATTRACTION CREATIVE)
PCOアイコン『パワーシティオーイタ』http://pcoxhac.web.fc2.com/

~熊本~
FFF(Fire Fly Fantasy)
ブレイズレッドアイコン『グランパワーヒノクニ』http://k.fc2.com/cgi-bin/hp.cgi/GPHFFF/

~熊本・人吉球磨地方~
T-HACK(TEAM - ヒーローズアクションクラブクマモト)
JINクマ1『急流戦隊JINクマレンジャー』http://www.t-hack.net/mo/

~長崎~
(劇団)エンズ  J project Enz
キャステイラー『ヒーロー連合ジャスター』http://k2.fc2.com/cgi-bin/hp.cgi/justers/

~鹿児島・甑島~
KAC(甑アクションクラブ)
ヴェルター『甑戦士ヴェルター』http://hp.did.ne.jp/koshiki-ac-2007/

これに我々アトラクションチーム武装
さやか『忍者ライブショー さやか見参!』http://busow.manjushage.com/
を加えた6団体でKHNを構成しています。

長崎のエンズ代表・よっちぃ~さんは仕事の都合で少し遅れての参加となりましたが、2009年の活動報告や2010年に向けての討議が行なわれ、かなり白熱した会議となりました。

会議の後は忘年会!
中華料理に舌鼓を打ちながらこちらも熱く歓談。
我らが制作チーフ・ゆきは挨拶回り。
名刺交換に励むのでした。
ちなみに、HAC代表・漫画先輩によるお楽しみ企画本当に素晴らしかったです!!
僕はといえば、めったに飲まないビールをグイグイ飲んでしまった為に足元がおぼつかなくなってました。
だって皆さんがビール瓶持って隣に立ってらっしゃるんですもの!飲まないワケにはいかないじゃないですか。

ゆきにたしなめられてウーロン茶を飲む代表でした・・・

会場の使用時間が終わり、我々は漫画先輩が経営するBAR『ショッカー』へ。
ここで『パワーシティオーイタ』のショーDVDを観たりして楽しく熱く交流したのでした。
色んなチームがあって、それぞれ色んなやり方・考え方があり、苦労があり楽しみがあり、そんな事を語り合える貴重な時間でした。
オリッチさんと練習内容などについて話しながら、ゆきの方を見ると・・・

や、やばい!
ゆきが襲われている!!
誰に!?
睡魔に!!

完全にトリップしているゆきの横顔を見て、三次会への参加は断念。
二次会終了と共にホテルへと逃げ帰るアトラクションチーム武装でした・・・


翌朝、チェックアウトの11時に合わせてロビーでゆきと合流。ブラリと駅周辺を散策。
ここで『府内焼き』なるものを発見!
さっそく・・・
府内焼き
ゆきはウズラを、僕はピザ味をチョイス。
う・・・うまい!!
回転焼き状のタコ焼きというかお好み焼きというか、生地フワフワ、キャベツシャクシャクで美味でした♪

それから車に乗り込んで福岡へ。
途中、別府湾SAで昼食タイム。
ゆきは温泉卵の月見うどん、僕は鶏天と別府湾SA名物と書いてあったシラス丼
別府湾
シラス丼、チョ~うめぇ!!

お腹を満たした我々はチームの事やショーの事を語り合いながら帰ってきたのでした。

KHNの皆さん、そしてゆき、本当にお疲れ様でした!!
2009-12-20(Sun)

ただいま!

大分から帰ってきました!

諸々と書かなきゃいけませんなぁ。

でもその前に大分でお世話になった皆さんにお礼のメールをしてからですな。
2009-12-19(Sat)

アクションへの道(24)

ヒーロー役に入れていただき、大きな舞台に立つチャンスもいただき、ますますキャラクターショーにのめり込んでいたこの年の夏、親友が死にました。

アクションで、とかではなく単なる事故でしたが。

彼は中学時代の親友で、オリジナルヒーローの自主映画を一緒に撮った仲でした。
ヤスエという愛称で呼ばれていた彼はこの時専門学校に通っていましたが、僕がショーの世界に引きずり込んで、何度か現場に入ったばかりでした。

翌日の現場が夏の夜祭りで集合が遅かったので僕は夜更かしをして明け方寝たばかり。
午前中、知人のN君から電話がかかってきたのですが、それに出た事も記憶にないぐらい寝ぼけていました。
昼前に起きて現場の準備をしていると、母が僕に言いました。
母『N君はあんなに早く何の用やったと?』

僕はまったく記憶がありません。
僕『N?Nがどうかしたと?』
母『N君から電話があったやんね。覚えとらんと?』

そう言われて考えてみると…
ようやく記憶が蘇ってきました。

僕『…もしもし…』
N『あ、俺Nやけど、寝とった?』
僕『…うん…』
N『じゃあさ、今から話す事は現実味がないかもしれんけど夢じゃないけん、しっかり聞いてね。』
僕『…うん…』
N『ヤスエが死んだよ。』
僕『…』
N『どうも事故らしい。詳しくは分からないけど。何か分かったらまた連絡するけん。』
僕『…うん…』

そして僕は再び眠りについて、そのやり取りを忘れてしまっていたのでした。

慌てて家にあった新聞を見ましたが事故の記事はありません。

走ってコンビニに行き、いくつかの新聞を見ると、1つだけ事故の記事を載せているものがありました。

地元の山道…峠と呼べるほどのものでもない所ですが、そこで友達を助手席に乗せてドライブ中にカーブを曲がり切れずガードレールを突き破り6mの崖を落ちたそうです。
助手席の友人は怪我で済んだのですが、ヤスエは即死だったらしいと聞きました。
実は彼の親が新しい車を買ったばかりで、彼は調子に乗って連日その山道を飛ばしていたのでした。
かくいう僕も事故の前日、ヤスエの運転で同じ道を走っています。
その時彼はあるカーブで

『このカーブを曲がり切れんかったら俺は崖から落ちて死ぬやろうね。』

と言っていましたが、図らずもそれは翌日に現実になってしまったのです。

集合時間が近付いていたので、僕は混乱したまま事務所に向かいました。

事務所に着くと、集まったメンバー達が道場で楽しげに話していました。
この時の光景は何故か頭にこびりついています。

僕はしばらくその話に耳をかたむけてから、一段落ついた所でキャスティング担当の社員に言いました。

僕『スミマセン、ヤスエの奴、これから現場に入れなくなりました。』
社『どうした?』
僕『いや、あいつ死んだんですよ』
社『おいおい、そんな事は冗談でも言うなよ』

そう言った社員に新聞の切り抜きを見せると顔色がサァッと変わったのを覚えています。

僕はそのまま現場に行ってショーをしたのですが、放心して魂が抜けてたような気もするし、親友が死んだというのに普段通りだったような気もするし、結局この日の事は自分でもよく分かっていません。


彼の事故を悲しむつもりはないんです。自業自得ですから。
助手席に乗ってた友人が気の毒だし、事故が前日だったなら僕も被害にあってたかもしれません。
何より残されたお母さんが一番可哀想です。


漫画家のゆうきまさみ先生の初期の作品がコミックス化された時、ゆうき先生の友人でもあるとり・みき先生があとがきを書いておられました。

まだ2人が売れる前、若さゆえに馬鹿らしくも楽しかった毎日を過ごした事がつづってあって、今では取り返せないその思い出を、
『もう一度だけ言わせてもらう。あの時は本当に楽しかったぜ』
と締めてある文章でした。

僕は青春の楽しさや大人になる切なさ、そして仲間との友情に溢れたこのあとがきが大好きでよく話題にしていたのですが、その度にヤスエが
『じゃあアンタが成功して本を出したら俺があとがきを書いてやるよ。中学時代は本当に楽しかったぜ、ってな。』
と言ってくれていました。

もしこの先、僕が成功して万が一、本を出すような事があっても、あとがきに

『あの時は本当に楽しかったぜ』

と書いてくれる親友がいなくなった事だけが少し悲しいのでした。


今回はアクションどころかショーの話ですらないじゃないか…
次回はバッチリ本題に戻しますよ!

次回告知!
『初めてのしゃべり!』
見るでヤンス~♪


~余談~
ヤスエが事故った山道ですが、昔から
『深夜に13カーブを通ると首なしライダーが追いかけて来る』
という話がありました。
口裂け女ブームの後には
『13カーブで首なしライダーが巨大な鎌を持って追いかけて来る』
に変わっていて笑いました。

事故からしばらくして県外の知り合いから
『あの山、13カーブで赤いロードスターが追いかけてくるらしいね!』
と言われました。
赤いロードスター、それはヤスエが事故った車です。

あぁ、アイツも都市伝説になったのか…

と感慨深くなりました。
しかしそれから後に
『首のないドライバーが赤いロードスターで追いかけて来るらしい』
『大きな鎌を持っているらしい』

という噂を聞いた時にはかなりウケてしまいました。

ヤスエ、鎌はやめとこうぜ(笑)
2009-12-18(Fri)

今年最後の練習!!

な~んてタイトルにしたけど、実はもう1回やるかも。
でも正式な練習日は昨日12月17日が今年最後です。


時間ギリギリに練習場に到着すると、施設のコミュニティプレイスではすでに、バナティプレに加えて、ジョー、そして見学に来て下さった『リエ姉さん』がお菓子を食べながら歓談中でした。

時間になり練習室へ。
着替えたりアップしたり諸々準備をしたりして、19時20分から練習開始。

まずは木刀を腰に当てて歩法からです。
腰を落として摺り足で動くこの練習を、最近は音楽1曲分とかでやってます。大体4分強ぐらいですかね。
前進で1曲、後退で1曲、剣を振りながら1曲、って感じです。

それから型。
構え重視の型Aを6回(僕・バナティ・プレの3人で2回ずつ号令をかけたので計6回)。
2周目では納刀を変えたりしてます。

次は攻撃重視の型B。こちらも6回。
1周目はしっかり構えて斬る、2周目では連続的に斬るというような変化をつけています。

武装初心者のジョーには形を少しずつ覚えてもらって、それを繰り返してもらっています。
もう何回か練習に来れば、とりあえず一緒に型が出来るようになるでしょう。

ここからは2人1組になってのメニューです。

まずは剣合わせ。
打ち込みを柳受け。
横面を八双受け。
久しぶりに蹲踞での剣合わせもやりました。
バナティとプレはすっかり動きを忘れていました。
トホホ・・・

すっかり忘れていたと言えば・・・

ここで剣殺陣をやるつもりだったのに忘れてた!!
今思い出しました!!
僕の方がトホホだよ・・・

・・・ってなワケで剣メニューは終了。
ここで阿部さん亮ちゃんが到着しました。
阿部さんの練習参加はかなり久し振りです。

一旦休憩を挟んだ後、阿部さん・亮ちゃんも加えて手技の基本。

剣の基本は以前より時間をかけてやっていますが、手技足技は時間短縮に務めています。
しかも回数を減らす事無く、です。
どうするのかと言うと、技から技へ移行する時のインターバルを極力省いて連続でやるのです。

てなワケで連続になった分今までよりキツいですが体力は付きそうです。

突き(中段・上段)、手刀(横打ち・縦打ち)、裏拳(中段・上段)、突きを落として上段裏拳、受け(上段・外・内・下段)、殴り2種。
それから2人1組メニュー。

まずは上記の『受け』四種。

そして『突きを落として上段裏拳』
甲が出した中段突きを乙が落として返す手で上段裏拳を叩き込む練習です。
これは裏拳を出す方だけでなく、受ける方も練習です。
殺陣では技をくらう方の技量が大切なのです。

それから、甲の手刀での攻撃を乙が避けて立ち位置を入れ替わり、甲のパンチを乙が止めて・・・

・・・説明が難しいな。

僕らの中では
『山々スカシ、入れ替わって右殴り、止めて腹・顔』
で伝わる組み合わせ動作です。
手抜きで申し訳ありませんがそんな練習もしました。

続いては足技です。
蹴り(前・回し・足刀)。
それから、前後の的を左右の足で交互に蹴る練習。
詳しい説明は省きますが、蹴りというよりも、脚を大きく振り回すストレッチです。
体重移動の練習にもなると思っています。

↓以前の画像↓
0903の練習(ストレッチ)

手技・足技が終わったところで久し振りに素手の殺陣。
剣殺陣は忘れてたけど、こっちは忘れずにやりましたよ♪
いつもやってる剣殺陣をベースにして、1対2の簡単な手をつけました。
覚えてもらって、まずは亮ちゃんから。
1217亮ちゃんA
1217亮ちゃんB
続いてバナティ。
1217バナティ
そしてプレ。
1217プレ
この3人がやってる間、カラミの動きを阿部さんがジョーに教えていました。
という事で、次の阿部さんにはジョーにも絡んでもらいました。
1217阿部さん
ジョーは武装の殺陣に絡むのは多分初めてです。
これまでは大学のサークルでの殺陣をやっていたジョーですが、それと並行して武装流もマスターしてほしいと思います。

殺陣が終わったところで休憩を挟んで、今度は3組に分かれてもらいました。
バナティとプレは棒殺陣、
阿部さんと亮ちゃんは棒の回し、
さきほどやって来たばかりの時枝にはジョーに剣殺陣指導をしてもらう事に。

↓鬼コーチの雰囲気をかもし出す時枝↓1217時枝

棒殺陣はもう少し簡単に進むかと思っていたのですが、なかなかどうして。
技を単発でやるのと流れの中でやるのは全く違うようです。
おまけに相手とのタイミングや距離もあるのですからなおさらです。
完成は来年に持ち越しですね。

阿部さん亮ちゃんコンビも次からぼちぼち棒殺陣をやってもらいたいと思ってます。
ジョーは短い剣殺陣をやっていました。
時枝の教え方は非常に参考になります。

ここで残念ながら終了時間が近付いて参りました。
最後はみんなで、久し振りのバランスアップ!
片足立ちになり、上げてる方の脚で連続蹴りを出すというものです。
3種類ほどありますが今回は一番簡単なのを。

これで2009年の練習は全て終わりです。

練習後は見学のリエ姉さんを囲んで食事会でした。
食事会の開始が22時45分だったので短い時間で切り上げましたが、大勢(と言っても8名)で交流出来た事が楽しかったです。
武装は練習後や現場後にみんなで食事するなんて風習がないので・・・

あらためて、見学に来て下さったリエ姉さん、
練習に参加してくれたみんな、
どうもありがとうございました!!





2009-12-18(Fri)

練習でした!

…が、今からは更新不能です…

陽が高くなった頃に頑張って練習報告を書きたいと思います。

おやすみなさい。
2009-12-17(Thu)

今年最後の・・・?

今日は多分今年最後の練習です(もしかしたらもう1回ぐらいやるかもですが)。

何をしようか・・・じゃなくて、どのぐらいやろうか。
むしろ、どのぐらい出来るかな?・・・と悩んでます。

今日の深夜か明日か分かりませんが、練習報告書きますね♪
2009-12-17(Thu)

アクションへの道(23)

大会と呼ばれるショーの合同リハの話を書いてきましたが、最後の方はもうリハの内容よりも、一緒に入ってた大先輩カップルが大喧嘩して大変だったとかそんな話しか思い浮かばないので割愛します・・・


本番当日。

イベントは、1部が歌のコーナー、2部がショーになっています。

正直・・・

当日の事もほとんど覚えてないんです!緊張して!!

いくつか覚えている事を書くと・・・
まず、


控え室に入ったら衣裳がキャラクター毎にキチンと並べられていた事。

当たり前なのかもしれませんが、僕がいたチームではこんな光景見た事なかった。
本来は僕のような下っ端の役目だろうけど。
教えてくれたらやったのになぁ~・・・

イエローの衣裳と一緒に肉じゅばん(身体を太く見せる為に衣裳の下に着込むもの)が置いてあって、
「あ、他の人達はこんなんを着てやってんのか・・・」
と驚いたり落ち込んだりした事。

イエローはドスコイ体型なので、普通体型の人が入る時は太く見せる為にそーゆーものを着込んでたんです。
僕はTシャツ1枚でちょうど良かったですけど・・・

お客さんをお出迎えする時のベルトのバックルがプラスチックで感動した事。

ショーで使うベルトはバックルが刺繍だったんです・・・

本番直前、緊張してガチガチになっていた僕に、他のチームの先輩が
「始まったらこっちのもんやけんね」
と言ってくれた事。
これはかなり気持ちが楽になりました。

リハで何度もダメ出しされていた所を本番でも間違えてしまった事。

演技で不用意に動いた為に、カッコ良く登場したレッドにぶつかってしまった事。


そんな感動や反省や学習があり、記憶もあやふやなままイベントが終了。
ステージ上に出演者が集まって最後の挨拶が行なわれました。

締めの挨拶をするのは司会を務めた歌のおにいさん。
現在アニソン界の『アニキ』と呼ばれているお方です。
アニキの締めの言葉に全員が
お疲れ様でした!!
と答え、余韻を残して解散・・・

前回書いたようにこの時のメンバーには、現在武装で共にショーをしている先輩・阿部もいたのですが、彼は当時から何気に面白い一言を言い逃げするヒット&アウェイ気質がありました。
この挨拶の直後も僕のそばにやって来て、

「内野、ミ●キさん(アニキ)に一際大きい声で挨拶しよったやろ。俺は見逃さんかったよ」
そう言うと、近付く時と同じスピードで離れていくのでした。

確かに僕は緊張して声がうわずった為に挨拶が大きくなってしまったのです。

「あの人は細かい所見てるんだなぁ~」

と感心してしまいました。


当日だったか後日だったか忘れましたが、打ち上げが行なわれ、僕も参加しました。

・・・この時の記憶も確かではありません・・・
口に入れたものが影響してるのかな・・・?

時々武装を手伝ってくれる吉田にいやんもメンバーとしていたのですが、彼としゃべり始めたのはこの打ち上げがきっかけだったかも。

年はタメなのですが、ショーのキャリアは僕よりはるかに長く、おまけに顔が怖くて口数が少なかったのでそれまで話しかける事が出来なかったのです。
赤ら顔の彼は意外に面白くて気さくな男でした。

↓↓武装を手伝ったてくれた時の吉田にいやん(一番奥)
吉田にいやん

この時の記憶で一番覚えている事・・・
それは同じチームの大先輩の事です。

大先輩は当時、一匹狼みたいな男に見えました。
動けば最高にカッコ良く、偉い人にも媚びない姿勢は僕の憧れでした。

彼はお酒を酌してもらうのも嫌いです。
手酌派です。
この時も黙って手酌で飲んでいた彼の所に、瓶ビールを持った偉い人
「お疲れ様です!」
とやって来ました。

この偉い人がどーゆー立場かというと、この業界でこの仕事をしていたら多少なりとも顔色をうかがわなくちゃいけない立場の人です。
おまけにショーメンバーなんて(僕も、その大先輩も)ただのバイトですから。
僕なら「はは~っ!」と言ってひれ伏してもやりすぎではないでしょう。

大先輩は当然のように偉い人のお酌を断りました。
偉い人は今回のショーがどれだけ良かったか、関係者の中でどれだけいい評判だったかを熱く語りました。
すると大先輩は目を合わせる事もなく、

「俺はあんたらの為にショーをしよるんやない。子供達の為にやりよるんやけん」

と吐き捨てました。
それを聞いた当時の僕は

「うおおぉ~っ!カッコイイぜ!孤高の一匹狼!!」

と思って、ますます彼をリスペクトしました。


それから20年近くが経過し・・・

僕は大先輩にその話をして言いました。

「当時はカッコイイ~!って思ったんですけど、あの態度、社会人としてはどうですか!?
嘘でも最初に

『そうですか?ありがとうございます』
って言ってから
『でも本当に喜ばせたいのは子供達ですからね』
って言えば良かったじゃないですか!
仕事の付き合いだってあるんだから、もっと考えて下さいよ!」


大先輩に大説教です。
時が僕を変えたのかもしれません・・・


・・・って、今回はアクションの話が全くなかった・・・
申し訳ない・・・
2009-12-16(Wed)

我が弟

突然ですが、僕は5人兄弟の次男坊です。
ちなみに全員男です。
みんな柔道をやっていたむさ苦しい兄弟です。

まぁそれはさて置き・・・

一番下の弟は僕が高校1年の時に生まれました。
16才離れています。
この弟は小さい時から僕のショーを観てきました。

僕はショーやショーのビデオを見せて弟の反応を観察し、参考にしていました。
でもおかげで弟は純粋な見方が出来なくなってしまったようです。

弟が5才の時、僕がイエローを演っているショーのビデオを一緒に観ていました。
弟は僕がイエローに入ってる事を知っています。
でもテレビの世界を信じてる部分も残っていました。

弟「ねぇ兄ちゃん?」
僕「ん?」
弟「このイエローは兄ちゃんやろ?」
僕「そうよ~」
弟「じゃあこの戦闘員は本物?」

・・・僕は言葉に詰まりました。
信じてる部分は信じさせててあげたい!
しかし・・・

僕「ああ、本物よ」
弟「なんで本物の戦闘員と兄ちゃんが戦いよると?」
僕「ぐむ・・・」

やはり、子供は子供なりに色々考えるんでしょう。甘く見ていました。
僕は自分の言葉の矛盾にしばし考え込みました。
答えを思いつく事が出来ない僕に弟は

弟「そうか!兄ちゃんのチームは人手不足だから、本物の戦闘員に手伝ってもらいよるんやね!?」

虚構と現実が完全に混じり合っています!
チームが人手不足というシビアな現実を知っていても、まだファンタジーは失われていなかった!!

子供ってすごいなぁ~・・・と思った僕でした。


2年後、弟は7歳。

近所のお祭りに出かけた僕は、縁日で弟が好きなヒーローのお面を買って帰りました。
家に着いて弟に渡すと
弟「兄ちゃんありがとう!嬉しいけどさ、僕はレッドよりグリーン方が嬉しかったな」
と言うのでした。
僕「ああ、そうやったんか。すまんな、先に聞けば良かったね」
と答えると
弟「いいよ。でも子供がみんなレッドを好きとは限らんよ」
などと言うのでした。
これも当然といえば当然なのですが、やはり子供の口からそれを聞くとハッと気付かされるものがありました。


これからまた2年後、弟が9歳の時、僕の後輩達がやっているショーを観に連れて行きました。
その時の彼はもはやファンタジーのかけらも無く、まるで裏方さんのように、

「う~ん・・・ピンクの声とイエローの声、逆の方が良かったね」

などと客席で分析しているのでした。

そこまで裏事情に通じておきながら、それでもショーが好きでサインを欲しがる彼を見て、

ああ・・・こいつは間違いなく俺の弟だ・・・

と実感するのでした。

そんな弟も、もう二十歳を越えました。
俺も年取るワケだよ・・・トホホ・・・


↓↓カメラマンとして武装を手伝ってくれた弟(左端)
撮影会
2009-12-16(Wed)

アクションへの道(22)

普段のショーに加えて合同リハに励む僕だったが、2分の殺陣を覚える苦労は並々ならぬものだった・・・


僕の物覚えはすこぶる悪い。
今まで10秒前後しかやってなかった殺陣が今回は2分。
覚えられるワケがない!

家に帰ってソッコーでノートに手(段取り)を書き写す。
文字で説明しきれない所は絵を描いて覚える。
ノートを見ながら何回も何回も動いてみる・・・

こうして翌週のリハまでにようやく殺陣を覚える事が出来たのでした。

よかった~♪ふうぅ~~っ。

ひと安心♪

かくして翌週のリハは・・・

殺陣の秒数を削る所から始まりました。

なんですと~っ!?


・・・なるほどなるほど・・・
最初は長めに付けておいて、削る事で調節していくのね。
殺陣だけでなく、アイデア作業にはこの方法が効果的です。
ちなみに僕の2分の殺陣は・・・

25秒になりました。

なははははっ、ま、そんなもんか。
仕方ねぇや、この中で一番ヘタだし。



しかし、個人で出るシーンは短くとも、他のキャラクターと登場してる時間ってのはいっぱいあるワケです。

前回書いたように、イエローにはアクションらしいアクションはほとんどありません。
他のヒーロー達が戦ったりやられたりしてる時もあまりやる事がないのです。
ではイエローは何をするべきなのか?


間を埋めるべきなのです!
それこそが演技であり殺陣なのです!


それは普段のショーではやった事がありませんでした。


ブラックが敵に向かっていく、
「次は俺が行くぞ!」という芝居をする。

ブラックがやられる。
それを見てひるむ。

その隙にブルーがかかっていく。
劣勢を感じてかまえる。

ブルーがやられて戻ってくる。
それをかばうが、向かってくる敵と対峙して後ずさる・・・


何もやってないシーンでもこれだけの事が出来るのです。
これはまだ新人の域を出てなかった僕には新鮮な体験でした。

このシーンではどう動くか?
それを考えるのが楽しくて仕方ありませんでした。

僕は今でも格闘技のような殺陣よりも感情が見える殺陣が好きなのですが、その因子はこの時に生まれていたのだと思います。

・・・まぁこれが災いして、後に先輩達に
「エセ殺陣の内野」
との悪名をいただく事になるのですが・・・

それはもうちょい先のお話。

~つづく~
2009-12-15(Tue)

技と殺陣

このブログの「アクションへの道」で、殺陣が組み立てられる工程を見て感動したって話を書きました。
僕がそれを見る事が出来たのは幸運だったかもしれません。

「あっ、これを殺陣というのか」

と気付くきっかけになったからです。

殺陣って何なのか、分かってない人は多いと思います。
もちろん僕も分かってるとは胸を張って言えません・・・
しかし自分の考えの範囲内で言うならば・・・

殺陣っていうのは演技、芝居の事です。

殺陣に芝居が含まれるとか、芝居に殺陣が含まれるとか、
そんな話じゃありません。
殺陣≒芝居
ではなく
殺陣=芝居
なのです。

これが分からなくては、少なくとも現代の殺陣なんか出来やしないでしょう(歌舞伎や能はまた少し違うでしょうが・・・)

これはショーを経験してきた後輩達に話してもなかなか伝わらないもので、
「演技は出来るけど殺陣は出来ない」
なんて事を平気で言う子がいたりします。

これ、
「算数は出来るけど計算は出来ない」
に近いものがあります。

これと似たような勘違いで、
技=殺陣
だと思ってる子もいます。

技・・・
例えばパンチ、キック、ガード、バク転・・・色々ありますが、これを連続してやったから殺陣が出来上がり、ってワケにはいかないのです。また、映画やテレビで見た殺陣を形だけ真似してもそれは殺陣にあらず、です。

どう例えたらいいか・・・
さっきと同じ感じで例えてみましょう。

技は数字だと思って下さい。
殺陣は算数だと思って下さい。


数字がなければ算数は出来ません。
しかし、どれだけの数字があっても、それだけでは算数にはなりません。

足す、引く、掛ける、割る、イコール等の記号が必要なんです。
その記号というのが演技・・・
演技力、演出力という事です。

まぁ、これはあくまで僕個人の意見なので「違う!!」という方も当然いらっしゃるでしょうが、どうか大目に見て下さいね♪
しかし殺陣、立ち回り、アクションを名乗る以上は
「殺陣とは何か」
を考えていた方がいいかもしれません。

このブログでも何度も書きましたが(いずれ「アクションへの道」でも詳しく書くと思いますが)、ある高名な殺陣師の先生は
『実から虚を作るのが殺陣、
虚から虚を作るのは殺陣に非ず』

とおっしゃっていました。

実を知らぬ僕は本当の殺陣を作る事は出来ないと思いますが、それでもこの言葉の意味だけはいつも噛み締めていたいと思っています。
2008フェスタ
2009-12-14(Mon)

アクションへの道(21)

合同練習にて、あまりの緊張に心折れそうになりながらも、台本に自分(イエロー)のセリフが2言もある事に何とか踏みとどまった僕であった・・・


翌週、いよいよ本格的なリハがスタートした。

舞台をやってらっしゃる方は驚くかもしれないが、僕がいたチームは(他の所は知りません)演出家とか舞台監督に当たる立場の人はいませんでした。

もちろん最終決定権を持ってるリーダー的な人はいるんですが、全体を見るワケではありません。

レッドがメインのシーンではレッド役におまかせ、
ピンクがメインのシーンではピンク役におまかせ、
怪人がメインなら怪人におまかせ、
といった感じでした(だからこそゴールデンウィークに新人戦闘員が勝手な演出をやれたのですが)

これは自由にのびのび出来ます!
自分がやりたい事をやれるので、色んなアイデアを盛り込む事が出来て、バリエーションが増えます。
しかし!
欠点をあげるならば、ショー全体の整合性がなくなってしまう事があります。

例えば、戦隊のショーで、主役5人にそれぞれアクションシーンが用意されていたとしましょう。

もし、5人がみんな、ガンガン動いて蹴り技を使いたがるタイプだったらどうなるか?
時代劇のような剣殺陣が好きな5人が集まっていたらどうなるか?

最初から最後まで同じようなアクションシーンが続く事になります。
演ってる本人達は気持ちいいのでしょうが、子供から観たら、ヒーローの色が変わるだけでやってる事はみんな同じです。
それでは飽きてしまいます。

また、こういった例も考えられます。

前半、ピンクが素手で悪役を追い詰めていたのに、後半レッドが剣を持ってるのに負けてしまう・・・
「レッド弱っ!!」
みたいな。

だからこそ全体を見る演出は必要です。

「このシーンは戦ってる感じを出したいから蹴り技メインでいこう」
とか、
「ここでは画的な綺麗さが欲しいから時代劇みたいに演って」
とか、
「ピンクは武器があったから対等に戦えたけど、レッドは素手だったからピンチになった事にしよう」
とか、ショーの中のメリハリを付けるのが演出です(アクションシーンに限らず)

素手のアクションでピンチに陥っていたヒーロー5人が、最後の最後で揃って剣を持ったら『反撃開始!』って雰囲気になりません?
そーゆー事を考えるのが演出です。

この合同リハで、僕は初めてそれを目の当たりにしたのでした。
ヒーロー達の個性を出しながら、魅せる所は魅せ、危機感が必要ならそれを出し、盛り上げるべき所には華やかさを加える・・・

すごい!
アクションってこうやって作られるのか!!


僕の感動は並々ならぬものがありました。
・・・しかし、何故ウチのチームはこれをやらないんだろう??

しばらく経ってウチのメンバーに、
「なんでウチには演出家がいないのかな?」
と聞いたところ、
「そんなんがいたら自分の好きな事が出来んやん!」
と言われました。

どうやら僕がいたチームは、個人個人が自由に動いて切磋琢磨していくスタイルだったようです。

これは一長一短で、ズバ抜けた個性を持った個人が生まれる可能性を秘めながら、総合力にムラが出る危険性があるスタイルです。

正しいのか間違ってるのか、正解があるのかないのか分かりませんが、僕は決して嫌いではありません(武装のスタイルは違いますが・・・)

リハに話を戻しましょう。

イエローのアクションシーンを付けてもらう時間がやってきました。
まず・・・尺が長い!!
トータルで2分近くあったんじゃないかな!?
普段のショーではほとんど個人のアクションシーンはなかったし、たまにあっても10秒~15秒ぐらい。
2分となると未知の領域です。
そして、アクション、と言っても、殴る蹴るはほとんどありませんでした。

僕が入っていたイエローというのは以前も書きましたがドスコイキャラ。
戦いが嫌いで戦いが苦手で運動能力も低いけど、気は優しくて力持ち。
そんなキャラでした。
だからとにかく、担ぐ、振り回す、投げる、転がすといった、ちょっとコミカルな力技のオンパレード。

なるほど。イエローはお笑いを担当すればいいんだな。

と気が付いたのでした。

~つづく~
2009-12-14(Mon)

イバラキとさやか

未熟なせいかもしれない。
誰でもそうなのかもしれない。


僕はショーの台本を書くと、自分の中にあるものを全て露呈してしまう。

なので、台本を書くと自分の事がよく分かる。

『忍者ライブショー さやか見参!』
の悪役、幻龍イバラキは完全に自分の投影だと思う。


他人に認められないコンプレックス、
認めてもらいたい願望、
見返してやりたいという野心、
人間不信、
でも本当は信じたい希望、
社会に対する否定、
その否定すら社会のルールの上に成り立っているという矛盾、
未来なんてなくなればいいという絶望感、
未来がどうにか良くならないかという願い…


このイバラキの内面は気持ち悪いぐらい僕そのものだ。
わざと出してるワケじゃないけど、さらけ出し過ぎて恥ずかしいぐらいだ。

対する主人公・山吹さやかは、僕の『理想』の投影だ。

世の中には夢や希望がある、だから頑張ればいい結果が生まれるハズ…

というポジティブ面を請け負っているキャラクターが山吹さやかだ。

『努力が報われるとは限らない』
『叶わない夢もある』

と思っている僕(イバラキ)にとって、さやかは真っ直ぐ過ぎる。
だから2人は対立するのだろう。

…でも多分だけど、イバラキは、夢や希望を信じてるさやかの事がちょっと羨ましいんだと思う。

さやかは社会に傷ついてひねくれてしまったイバラキを可哀想に思ってるんじゃないだろうか。


実際は命のやり取りをしている2人だけど、心の底では理解し合っているのかもしれない。
2009-12-13(Sun)

アクションへの道(20)

通称『大会』と呼ばれるショーに出演する事になった僕。

このショーは3つのチームが合同で行ないます。
ウチのチームからは僕を含めて6名が入る事になりました。

この6名の中には現在武装で共に汗を流している阿部もいます。
初めての状況で緊張しまくっている僕にとって、この温厚な先輩の存在がどれだけありがたかった事か!!

さて、このショーのリハーサルですが、当然ながら各チームが揃っての合同リハになります。
週に1回で4~5回行なうのでトータルすると1ヶ月ぐらいの準備期間です。

各チームの精鋭達・・・
ベテランと呼ばれる大先輩達の中に入っての1ヶ月・・・

怖いよ~!
怖いよ~!!

初回は合同リハと言うよりも合同練習でした。
ショーの仕切りは、九州最大手の某アクションクラブ。
練習内容もそのチームのメニューに準じています。
さて・・・どんな練習なのか・・・戦々恐々・・・

な、なんじゃこりゃ!

基本もウチとは全然違うやないけ!
き、きつい!!

トランポリン!?
未経験ですけど!?
跳ぶんですか!?
私が!?

・・・マット無いですけど!?
えっ!?
みんながキャッチしてくれるから大丈夫!?
そんなぁ!!
ひええぇぇ~っ!!!


・・・といった感じで、終始パニクっていた僕なのでした。

うぅ・・・
練習後には完全に打ちのめされて心が折れている僕・・・

しかし帰り際にショーの台本を渡されて復活!!

どんな内容なんやろ!?
イエローはどんな見せ場があるんやろ!?
セリフは・・・??


イエローのセリフは二言だけでした・・・
ちょっぴり残念だけど仕方ない!
うおぉっ!気合い入ってきたぜ!

~つづく~
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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