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2010-11-30(Tue)

小説・さやか見参!(20)

荊木の砦から山中に分け入った中に、いつ、誰が、何の為に置いたのか分からぬ石像がある。

現在は落ち葉や泥に埋まりかけている小さな神像だ。

くちなわは何をするでもなく、ただその像を眺めていた。

幼少の頃は薄暗い山中に白く浮かぶこの像が薄気味悪く感じたものだが、これが女神様だと聞いてからは不思議と親しみを覚えたのである。

戦に巻き込まれて死んだ母の面影を見ていたのかもしれぬ。


だが今は―

かすみの面影を重ねてしまう。

今のくちなわにとって、荊木の砦にいるのはツラい。

かすみとの想い出が多すぎるのだ。

だからかすみとの想い出のないこの山中に来てみたのだが…

女神様を見たのは失敗だったか。

気がつくと背後に男が近付いている。

くちなわは振り返りもせずに問う。

『笑いに来たのか、それとも責めに来たか』

そこに立っているのは山吹たけるであった。

『なぜそう思うんです?私にはあなたを笑う理由も責める資格もない』

『ふん』

『そもそも、くちなわ殿の身に何が起きたのかも知らない』

『俺が未熟ゆえこうなった。それだけの話よ』

吐き捨てるようにそう言ったが―
くちなわは何かに思い至り、小さく笑った。

『ふふ…ある程度の予想は付いておるのであろう?おぬしはともかく山吹の頭領が気付かぬはずはない』

『かしらは…一角衆の仕業だと言っておりました』

『やはり。どこの組も頭領というのは侮れぬものだな』

言葉が弱い。

いつもの敵対心に満ちたくちなわとは思えぬ。

これこそが本当のくちなわなのであろう、とたけるは思う。

『たける』

くちなわがたけるに呼び掛けた。

見る者が見ればそれだけでも信じられぬ光景であろう。

たける本人とて、くちなわが自分にどのような感情を持っているか充分分かっている。

だが、たけるはさらりと受ける。

『なんでしょう?』

『おぬしほどの才ある者から見れば、俺などは未熟に過ぎんのであろうな』

皮肉とも自虐とも取れる問いである。

『未熟?くちなわ殿が?』

たけるは驚いた。

『私はくちなわ殿をそのように思った事はありませんよ。』

『ふん。本心を言え』

『千里眼とも呼ばれるミズチ様の愛弟子くちなわ殿なら、私の言葉の真意が分かるはず。流派は違えど尊敬すべき先達だと思っておりますが』

くちなわはたけるの意外な言葉に素直に驚いた。
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2010-11-30(Tue)

小説・さやか見参!(19)

雷牙が真顔に戻ってたけるに訊く。

『くちなわ殿…あれからどうしているだろうか…』

『あぁ。俺も気にはなるが…今は誰とも会いたくはないかと思ってな。
特に俺とは』

『一体なにがあったのだろうなぁ…』


くちなわは、かすみとのやりとりを誰にも明かさなかった。

真相を知るミズチはもはや言葉を発する事が出来なくなっていたから、何が起きていたのか今や誰にも分からぬ。

『くちなわ殿が理由もなく奥方を斬るわけもないし…』

雷牙はくちなわとかすみを思い出す。

『俺はけっこう好きだったんだがな、あの夫婦。…まぁくちなわ殿はいけすかないとしても、かすみ殿を愛していたのは分かる…』

雷牙は寂しそうな顔をした。

『あの偏屈が…女房には心を許してたわけだろ…それを斬った時の気持ちってなぁ…どんなもんだろうかね…』

たけるが口を開いた。

『うちの頭領が…』

雷牙がたけるの顔を見る。
たけるは遠くを見ながら独り言のように語っている。

『あの日親父は、ミズチ様とお会いする約束があって荊木に向かっていたんだ。
くちなわ殿の住まいの前で異変に気付いて…
戸を開けるとちょうど、かすみ殿が斬られた後だったらしい。


たけるは目を細めて、悲しそうな顔をした。

『くちなわ殿はな、もう動かないかすみ殿のそばに座って、かすみ殿の髪を、冷たくなった頬を、撫でていたそうだ。』

思い浮かぶその情景が雷牙の胸をえぐる。

『寂しいような穏やかな顔で、自ら裂いたのどを、指のない手を、ずっと撫でていたそうだよ。
ただ黙って…』

雷牙の目に涙が浮かんでいた。

この男も非情に徹しきれぬ忍びなのだ。

たけるが続ける。

『俺は妻がいないからな、妹に置き換えて考えてみるんだ。
もし、もし仮に将来、俺がさやかを斬らねばならなくなったとして…』

『待て、そんな事はないだろう』

『例え話だよ。
たとえばさやかが敵に回って、俺がさやかを斬ったとしよう』

『うむ…』

『そんな事を想像するとな、浮かぶんだよ、頭の中に。
手をつないだ感触とか、笑った顔、怒った顔、泣いた顔、俺を呼ぶ声、何気ない言葉、あいつが俺に花を摘んできてくれた時の事とか…
そんな事が次々と浮かぶんだ。

実際にさやかを斬った後にそれを思い出したら…
俺は正気じゃいられないかもしれない…』

『では…くちなわ殿も…』

『早く立ち直ってくれるといいが…壊れてしまう前に…』


だが、たけるの心配をあざ笑うように、くちなわを破滅に導く企ては着々と進められていた。
2010-11-29(Mon)

小説・さやか見参!(18)

今、たけるの本当の技量を知る者はわずかである。

妹であるさやかと…


『相変わらず見事だな』

不意に男の声がした。

さやかが驚いて振り返ると…

年の頃はたけると同じぐらいか。

長身。
こけた頬。
無精髭。
鋭くも優しい眼。
獣のように締まった筋肉に見慣れぬ黄と黒の毛皮を纏っている。

さやかの表情が明るくなった。

『雷牙!!』

男の名は雷牙。
虎組の跡取りである。

この男こそさやかと共に、たけるの技を知る人物であった。

さやかが駆け寄る。

『もう、雷牙!びっくりさせないでよ!』

『すまんすまん、でも気配を消したつもりはないぞ。
おまえが気付かなかっただけだ。なぁたける』

『あぁ。さやか、雷牙はもう一刻も前からその辺りにいたぞ』

『うそっ!』

『な?水の中のたけるが気付くんだから、ここにいて気付かないさやかが鈍いって事だろ』

『う~~っ!おにいちゃんは天才だから何でも分かっちゃうの!私は…私はどうせ天才じゃないもん…』

負けん気の強いさやかは涙声になった。

たけるがさやかの背を軽く叩く。

『泣くなよさやか。雷牙の口が悪いのは今に始まった事じゃないだろう?
それにな、俺は天才でも何でもない。
いつも言ってるだろ?努力の分だけ上達するんだって。
さやかも今まで通り修行を頑張れば俺ぐらいにはなれるさ。』

さやかはすねたように黙ってうつむいていたが、

『分かったか?』

とたけるに頭をなでられ、

『うん!』

と笑顔になった。

そして

『私もやってみる!』

と池に飛び込んでいったのだった。

それを見て穏やかな笑顔を見せる二人の男。

『天才なんかじゃない、か…』

雷牙がつぶやく。

『充分天才だと思うがねぇ。俺もおまえに負けないぐらい修行してるつもりだが…』

おどけた表情で首をかしげる。

『おまえに勝てたためしがない』

たけるはふっと笑う。

『手加減するからだろ』

『おまえを相手に手加減なんかする余裕あるもんか。いつも力の差を感じてがっかりするよ』

『そうなのか?…でも、俺にとっておまえは目標なんだ。おまえがいてくれるから俺は頑張れてる』

『なんだよ気持ち悪りぃな』

また二人で笑った。

たけると雷牙。

親友にして、次世代の十二組を担うはずの二人だった。
2010-11-29(Mon)

小説・さやか見参!(17)

山吹の砦には相変わらず爽やかな風が吹いていた。

砦から少し離れて下るとさほど大きくない池がある。

その池の淵に、桜色の装束を着けた女の子が座っている。


―くちなわとかすみの惨劇が起きて数日経っていた―


女の子、山吹さやかは水面と太陽の動きを交互に眺めている。

どうやらかなり長い時間そうしているようだった。

やがて、
水面にたけるが顔を出した。

ぷはぁ、と息を継ぐ。

『おにいちゃん!!』

さやかは兄が戻ってくるのを待ちきれずはしゃいだ。

『おにいちゃん!すごいすごい!いつもよりずっと長かった!!』

『うん。こつを掴めたみたいだ。これなら半日は軽くいけるな』

事もなさげに答える兄をさやかは尊敬の眼差しで見つめた。

今たけるが行なっている修行は、山吹流では『調息』と呼ばれているものだ。

簡単に言えば、長時間呼吸を止める技術、という事になるだろうか。

身体内部を仮死状態に近付ける事で酸素の消費量を極端に少なくするのだ。

この調息は本来、地中水中に潜み敵の動向を探る為の術である。

この術を会得するには、まず浅い水中(もしくは土中)に仰向けになり、竹筒で呼吸する所から始まる。

慣れるに従って徐々に竹筒を細くし、空気の出入りを少なくしていく。

それを続ける事で、やがては竹筒無しで水中、土中に潜む事が出来るようになるのである。

しかしそれとて肉体を動かした場合や精神的に動揺した場合は上手くいかない。

わずかでも興奮状態になると仮死を維持出来なくなるからだ。

しかしたけるは違っていた。

どう違うのか?

本来なら安静が絶対条件のこの術を、肉体を動かしながら成す事が出来たのである。

仮死の肉体を自在に操れるという矛盾を超越出来るたけるの技量とはいかほどのものか、
並の忍びには想像もつくまい。

このような離れ業をやってのけるのは山吹の中でも、いや、十二組の中でも山吹たけるただ一人であった。

たけるの修行法は自らが編み出したもので独特である。

全身に重りをつけ水底に沈み、山吹に伝わる剣術の『型』を繰り返し練るのがたける流だ。

呼吸を止めながら動くという鍛練といえば簡単だが、言うは易し行なうは難しである。

この方法なら、演じた型の回数で潜水時間を測る事が出来るので、誰にも知られず一人で行なえるという利点もあった。

改めて言うが、忍びの術は人に知られぬが鉄則なのだ。
2010-11-28(Sun)

小説・さやか見参!(16)

くちなわは問う。

『次はどうする?足を鳴らせば足を斬る。歌を歌えばのどを裂く』

かすみは鮮血したたる両腕をぶらりと下げ、それでも気丈だ。

『こうなっちゃもう伝える事もないさ。あたしが死んで終わり。荊木流頭領ミズチと刺し違えるんだからね、上出来だよ』

『なぜ…』

くちなわは語尾を飲み込んだ。

『なぜ?なぜこんな事をしたかって?ははっ!おまえさん、おかしな事を訊くねぇ。』

かすみはくちなわの眼を見据えて言った。

『任務だからでしょ。与えられた任務はただ実行する。それが忍びってもんじゃないか。あたしはあたしの仕事をしただけだよ』

『違うっ!!』

くちなわが声を荒げた。
かすみが真顔に戻る。

『おまえが一角衆のくのいちだという事は分かった。
ならば任務をこなすのも当然…ただ…』

くちなわは言い淀んだ。
核心に触れるのが怖いのだ。

『なぜ俺を裏切った?おまえの心に、俺にすまないと思う気持ちはあるのか?』

胸のつかえを一気に吐き出す。

『おまえと出会ってから数十年、俺は、おまえとは心が通じておると思っていた。俺の心も全て預けたつもりだ。良い想い出もツラい記憶も共有してきたはずだ。それなのにおまえは俺を裏切って平気だったのか?おまえの心に葛藤があったのかどうか、それが俺は知りたい』

懇願するようにまくしたてるくちなわは悲痛な面持ちをしていた。

『葛藤があったのなら、俺も少しは救われる』

くちなわは真顔でかすみを見つめた。

かすみも真剣な顔でくちなわを見ていた。

…が、やや上目づかいのその顔はまた意地の悪い笑顔に戻って

『おまえさんは忍びに向かない男だねぇ』

とつぶやいた。

『葛藤?任務を遂げるのに何の葛藤がいるんだい?あたしゃあんたを愛しております、だから裏切れませんよぅ、って?』

くちなわはくちびるを噛み締めた。

『さっきも言ったろ?与えられた任務をただこなすのが忍びだよ。そこに葛藤なんてあるもんか。あたしはね』

かすみはくちなわに顔を近付けて言った。

『おまえさんと出会って、おまえさんを裏切るのが任務だったんだよ』

妖艶に笑う。

かすみは舞うようにくちなわから離れた。

『そうさ、ただのお役目。だから後悔も葛藤もないのさ。もちろん、愛もね』

『おまえさんはよくあたしに言ったね。好きだとか愛してるとか。少なくとも一角ではこう言われてるよ』

ぴたりと動きを止めてくちなわを見据える。

『愛だの恋だの語る忍びは三流以下だ、ってね』

くちなわは、何かを振り切るように眼を閉じた。

かまわずかすみは続ける。

『だからおまえさんの愛の言葉を聞く度にあたしはこう思ってたんだよ。
あぁ、これは容易いね、って!あっはっはっはっは!』

かすみが感情を爆発させたように笑った。
小屋を取り囲んだ獣や鳥達も一斉に、あざ笑うように鳴いた。

瞬間、

くちなわの刃は、
かすみののどを貫いていた。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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