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2019-06-01(Sat)

小説・さやか見参!(284)

「さやか殿、よくぞ耐えましたな」

まるで全てを包み込むような穏やかな声だった。

「だが、あきらめるとはさやか殿らしくもない」

まるで全てを包み込むような優しい声だった。

「あ、あきらめてなんかないわよ!」

さやかは立ち上がる事も出来ないまま虚勢を張った。

「ひと息ついてから反撃するつもりだったんだから!」

漆黒の忍びがふっと笑ったような気がした。

だがさやかにはそれさえもあたたかく感じられた。

「さやか殿、ここからは拙者がついておりまする。さ、お立ちくださいませ」

忍びは慇懃に片膝をついてさやかに手を差し出した。

一角衆の手練れ、血飛沫鬼と血塗呂を前にしてこの余裕はなんなのだ。

油断か?いや違う。漆黒の忍びからは一切の隙が感じられなかった。

その証拠に血飛沫鬼も血塗呂も距離を詰める事すら出来ずにいる。

血飛沫鬼はぺっと唾を吐いて毒づく。

「おい、もういっぺん訊くぞ。てめぇはなにもんだ」

忍びはその声には反応を見せない。

さやかが問う。

「あんた、一体誰よ」

忍びはさやかの手を取って優しく立ち上がらせてこう答えた。

「拙者の名はヤイバ。山吹流免許皆伝の忍びでござる」

「山吹流、免許皆伝?」

山吹には多くの上忍がいる。

だが免許皆伝を与えられた者などほとんどいなかったのではないか。

少なくともさやかには思い当たらなかった。

「それって、ほんとなの」

「無論」

さやかは改めて忍びを見た。

素顔は分からない。

ただ赤い隈取りの無表情な黒い仮面がこちらを見ている。

仮面だけでなく、頭部全体をすっぽりと覆うような兜を着けているようだ。

しかし、わずかに覗く口元がなぜかさやかを安心させた。

左腕にはぎらりと光る異様な手甲。

その手甲の肘からは長い刃が伸びている。

逆手に刀を握っているのかと思っていたが、どうやら手甲自体が鞘のようになっているらしい。
小説用ヤイバ

手甲には山吹流の証ともいえる山吹の紋章が輝いていた。

「まぁいいわ。信じてあげる」

さやかはヤイバの手を振りほどき、血飛沫鬼と血塗呂に向かってかまえた。

本当は立っている事さえつらいはずだが、一旦負けず嫌いを発動したさやかは驚くほどしぶといのだ。

「だったら、やる事は分かってるわね」

「御意」

ヤイバがにやりとした、ような気がして、さやかも笑った。
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2019-05-09(Thu)

小説・さやか見参!(283)

斜面を転がる心太郎の姿が消えた。
その先は切り立った岩場になっていたはず。
だとしたら心太郎はそこに落ちたに違いない。
普段の心太郎ならばなんの問題もないだろう。
だがあれほどの手傷を負って危機を回避出来るとは思えない。

「心太郎!!」

追おうとするさやかを一角衆が制する。
先ほどまで共闘していた炎兄弟や幻龍の者達も操られすでに敵の手の内にいる。

焦るさやかに紅蓮丸の炎が襲いかかった。
跳びのいたさやかに敵が次々と打ちかかってくる。
無数の刃をはじき返しながらもさやかは見逃さなかった。
炎に照らし出された血だまりを。
心太郎が転がった地面に残った大量の血の跡を。
あの小さな身体からこれだけの血が流れ出しているのだ。
早く、早く助けなければ。

「心太郎ー!」

さやかが絶叫した。

「どけ!どいて!どいてよ!!」

駄々をこねる子供のようにわめきちらしながらさやかはめちゃくちゃに刀を振り回した。

「心太郎が死んじゃう!!」

だがその狂乱の刃は血飛沫鬼と血塗呂によって軽々と跳ね返されてしまう。

「やべぇなぁ、あのガキ死んじまったかもしれねぇなぁ」

血飛沫鬼が楽しそうに吼える。
血塗呂も心から愉快そうな顔をしている。
二人ともさやかの焦燥が楽しくてたまらないのだ。
楽しさに比例して攻撃は熾烈を極め、さやかを軽々と崖から後退させた。
さやかは己の意思とはうらはらに心太郎から離されていく自分に絶望した。
自分の力では心太郎を助ける事が出来ない…!

「お願い、どいてよ!もうやめてよ!」

さやかの口から出るのはもはや忍びの事がとも思えない懇願でしかなかった。
だが戦場でそれを聞くような敵などいない。
ましてや相手は血飛沫鬼と血塗呂だ。
さやかの必死の訴えは逆に二人の加虐心に火をつけたようだった。

「いいねぇ!気丈な女の泣き叫ぶ顔ってのは!そそるねぇ!」

血飛沫鬼の刀が、血塗呂の鉤爪がさやかの身体を引き裂いていく。
しかも、あえて致命傷を与えないように、だ。
それら攻撃のひとつひとつが

「おまえには万にひとつの勝ち目もないぞ」

という言葉のようにさやかを追い詰めていた。
そして

どさり

やがてさやかは膝から崩れ落ちた。
次々と繰り出される攻撃で傷付き、戦う事はおろかもはや立ち上がる事も出来ない。
いや、限界はとっくに越えていたのだ。
この華奢な少女はただ気力と気迫で戦い続けていたのだ。
だが、それももう尽きた。
絶対に勝てないという絶望は全ての力を奪い取るのだ。

さやかは座り込んでぐったりとうなだれた。

「守れなかった…心太郎を守れなかった…」

そればかりをうわ言のように繰り返している。
全身から血が流れ出していた。
身体が、まるで自分のものではないように冷たく動かなかった。
でもきっと心太郎は、もっと冷たく、もっと動かなくなってるんだろうと思った。

「もう終わりかよ。もうちょっと遊びたかったなぁ」

血飛沫鬼と血塗呂が迫る。
きっと次はとどめを刺される。
仕方ない。
自分は忍びなのだから。
忍びには相応しい最期じゃないか。
私も、心太郎も。

さやかは、ふっと微笑んだ。


その時、突風が吹いた。
鋭い風はさやかをに迫る忍び達の間を吹き抜けた。
不思議な風だ、とさやかは思った。
血飛沫鬼と血塗呂も一瞬たじろいだように見えた。
自然を熟知し利用する忍びが、どのようなものであれたかだか風に驚くなどありえない事だった。
可能性があるとするならばただひとつ。

人工的な風。

忍びの術による風だ。

もしこれが術による風ならば…

突風が吹きぬけた後一瞬の間を置いて、一角の忍び達が一斉に倒れた。
全員がすでに絶命している。

「やっぱり敵かよ!」

血飛沫鬼が警戒する構えをとった。

風はゆるやかに渦を巻きながさやかの前で移動を止めた。
それはまるでさやかを守っているかのようだった。

「てめぇ…なにもんだ?」

血飛沫鬼が威嚇するかのように低い声で問いかける。
風はその問いに答えず、さやかに向かって

「さやか殿、よくぞ耐えましたな」

と優しい言葉をかけた。

いつしか風はやみ、そこには漆黒の忍びが立っていた。
2018-12-30(Sun)

小説・さやか見参!(282)

爆炎が上がった。
舞い上がった木の葉がめらりと燃え、辺り一面を紅く染める。
紅蓮丸と炎丸が得意とする術だ。
もちろん血飛鬼と血塗呂をはじめとした一角の者達に通用するような威力ではない。
しかしイバラキの配下である幻龍の忍び達は炎の死角をたくみに使い、また敵のわずかな隙をついて見事に一角の手の者を倒していった。
意外にも連携が取れているらしい。
さやかと心太郎は内心で感心しながらも血飛沫鬼、血塗呂と攻防を繰り広げていた。
思わぬ助勢で形勢を立て直す事が出来た。
この好機を逃せばもう勝ち目はないかもしれない。
さやかは攻めた。
山吹紋の鍔を持つさやかの愛刀が縦横無尽に血飛沫鬼を追い立てる。
血塗呂の方はきっと心太郎が食い止めてくれる。
ここは一人だけでも倒さなければならない。
さやかの剣戟が速さを増す。
炎兄弟はその様子を見て

「兄者、あの小娘」
「ええ、これはいけるかもしれませんね」

と勝利を確信しかけていた。
当のさやかも、己の放った刃を血飛沫鬼がぎりぎりで受け止めた瞬間(いける!)と思った。
先ほどまでの血飛沫鬼なら余裕でかわすなりはじき返すなり後の先で反撃するなりしていただろう。
勝機を得てさやかはようやく逆転を果たしたのだ。

(今を逃す手はない!)

受け止められた刀をわずかに引いて突きの態勢に入る。
刹那の出来事だ。
今の状況でこの攻撃をかわす事は出来ないはず。

(勝った!)

だが、さやかの確信はすぐに崩れた。
剣先が向かう先にある血飛沫鬼の顔は
笑っていた。
おそらくさやかの顔が青ざめた。
それもまた刹那の出来事であった。
血飛沫鬼はまだ余裕を残していたのだ。
作戦だったのだ。
罠だったのだ。
さやかはまたしても弄ばれていたのだ。
それを理解した瞬間、

りぃぃーーーん

鈴の音が鳴り響いた。
思わず気を取られた隙にさやかは吹っ飛ばされた。
血飛沫鬼が腹部を蹴り込んだのだ。

「がはっ!」

さやかは口から胃液を飛び散らせながら地面に落下した。
先ほどまで大量にあった落ち葉は炎兄弟の術ですべて燃え、落下の衝撃を和らげてくれるものはなく、さやかは地面に激突した。
急いで起き上がろうとしたが、首を起こしただけで全身に激痛が走る。
痛みに必死で耐えながらもさやかは鈴の音の出所を探した。
鋭い金属音はいまだ木々の中で反響していた。
そこへ

きらり

なにかが光を反射した。
さやかは思わず地面に着いていた手を引いた。

ずさっ

ひやりとする衝撃。
さやかの手があった地面に刀が突き刺さっていた。
おそらく上空から降ってきたのだ。
さやかの物と同じ山吹紋の鍔。
心太郎の刀だ。
さやかは飛び起きて心太郎を探した。
心太郎は少し離れた樹上にいた。
いや、宙に浮いていた。
その向こうに赤い影が見えた。
血塗呂だ。
心太郎が悲鳴を上げている。
心太郎の右肩には血塗呂の鉤爪が突き刺さっていた。
宙に浮いているように見えたのは、樹上に立った血塗呂が鉤爪を刺した心太郎を宙吊りにしていたからだったのだ。

「心太郎!!」

さやかは心太郎を助けようとどうにか身体を起こした。
だがその前に立ちはだかる影があった。
紅蓮丸、炎丸、そして幻龍の青装束達である。

「え…?」

さやかは状況が分からず一瞬硬直した。
そこへ紅蓮丸達が一斉に襲いかかる。
さやかは飛びのいて攻撃をかわした。

「どうしたっていうの!?」

上空から心太郎の声が響く。

「さやか殿!これ!」

さやかは炎兄弟を殴りとばして心太郎を見上げた。
心太郎の影で血塗呂が何かをひらひらと揺らしている。
それは、大きな鈴であった。
揺れるたびに小さくちりりと鳴る鈴であった。

「さやか殿!さっきの鈴っシュ!」

そう。これは庚申の教祖である老人が持っていた鈴だ。
その音で信徒達を操っていたあの鈴だ。
という事はやはり紅蓮丸達も操られてしまったのか。
しかし、もしもその音で人を操る事が出来るのなら、なぜ自分と心太郎は操られていないのか?
青装束に当身を食らわせながら混乱した頭でさやかは考える。
いや、それよりも…
さやかには気になる事があった。
血塗呂が持っている鈴は印籠のようなものに根付のようにして付けられているようなのだが、その印籠に描かれているのが山吹一族の紋章、山吹紋に見えたのだ。

我が一族の紋章をなぜ一角衆が??

さやかは更に混乱しそうな頭をぶんぶんと振って雑念を払った。
とにかく今は心太郎を助けなければ!
群がる幻龍の忍びを振り払い血塗呂に向かおうと構え直したさやかの目に映ったのは
肩を貫かれ宙吊りにされた心太郎に切っ先を突きつけている血飛沫鬼だった。

「心…」

心太郎の名を呼ぼうとしたがその暇はなかった。

「さや…」

さやかの名を呼ぼうとしたがその暇はなかった。

「おせーんだよ」

血飛沫鬼が心太郎を斬り捨てた。

「心太郎!!」

さやかの叫びと心太郎の悲鳴と、血飛沫鬼の嘲笑が交じり合った。
心太郎の身体は地面にぶつかって跳ね返り、山の急な斜面を転がり落ちていった。

「心太郎ー!!」

さやかは絶叫した。
2018-05-17(Thu)

小説・さやか見参!(281)

爆風が木々を揺らした。
落ち葉がばちばちと爆ぜながら舞った。
ほんの一瞬の出来事ではあったがその大きな大きな炎は操られた人々の意識を奪った。
血飛沫鬼と血塗呂も、ほんのわずか、かすかにではあったが隙を見せた。
だがそれでも、さやかと心太郎が危機を脱するには充分だった。
炎から現れた甲冑の男二人はさやかに得意気に顔を向ける。

「山吹さやか!久しぶりだぜぇ!」

勢いだけのがさつな喋り方。
炎一族の次兄、炎丸だ。

「山吹さやか、ずいぶん楽しそうに遊んでるじゃないですか」

慇懃だがイラつく喋り方。
炎一族長兄、紅蓮丸だ。

さやかが少しだけ嬉しそうな顔をした。

「あんた達!炎の馬鹿兄弟!!」

その言葉を聞いて紅蓮丸と炎丸がずっこける。
こういう所が芝居がかっているからシリアスが似合わないのだ。

「ちょっとあんた!せっかく助けてやったのにそれは酷いんじゃないの!?」

紅蓮丸の口調が変わる。興奮した証拠だ。

「相変わらず気持ち悪い奴ね」

軽口を叩いているさやか達の前に血飛沫鬼と血塗呂がゆらりと立った。

「炎一族、何しに来た。山吹を助けに来たか、それとも俺らにやられに来たか」

血飛沫鬼がそう言うと同時に一角の忍び達が周囲でかまえ直した。
だが何故か紅蓮丸は動じなかった。

「あんた達を倒しに来たのよ。イバラキ様の命令でね」
「えっ」

さやかと心太郎が声を上げた。

「二人とも、幻龍組の手下になったっシュか?」
「節操がないというか何というか…イバラキも何でこんな連中を…」
「うるさいわね!あんた達に言っても納得しないでしょうけど、イバラキ様はホントすごい人よ」
「俺達は心からイバラキ様に惚れたんだぜぇ」
「ま、いずれは寝首を掻いてやるんだけどね」

「おもしれぇじゃねぇか」

血飛沫鬼が会話を遮った。
さやか達が身構える。
血飛沫鬼も血塗呂も愉快そうな表情をしていた。
この二人は愉しそうな時が最も危険なのだ。
神経を研ぎ澄まして臨まねば勝ち目はない。

血飛沫鬼が歩を進めながら肩に担いでいた刀を振った。
空気を切り裂く鋭い音が辺りを一瞬で緊張させる。
血塗呂は鉤爪をひらひらと動かしながら迫ってくる。
一角の忍び達も囲みを狭めてくる。

さやかと、心太郎と、そして炎兄弟も戦闘態勢を取った。

「あんた達みたいな馬鹿兄弟と手を組むのはまっぴら御免だけど」
「幻龍組の手下ならなおさらっシュね」
「お互い様よ。そっちはそっちで勝手にやってちょうだい」
「とりあえず俺達幻龍組はこいつらと戦うぜぇ!」

心太郎が炎兄弟の背後に目を向けるといつの間にか幻龍の忍び達が集まっていた。
幻龍は本当に組を挙げて戦うつもりなのだ。

びりびりした緊張感の中で刹那、時が止まった。
炎丸が大きく息を吸った。
そして、

「兄者!いくぜぇ!!」
「炎丸!いくわよ!!」
「心太郎!!」
「はいっシュ!!」

山吹さやかと心太郎、
紅蓮丸と炎丸、
血飛沫鬼と血塗呂、
一角の忍びと幻龍の忍び、

それぞれが一斉に動いた。

静かな森は瞬く間に凄惨な戦場へと姿を変えた。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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