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2017-04-24(Mon)

小説・さやか見参!(280)

「あんたら…」
さやかがそう呟くのと
「おまえ達…」
心太郎が声を絞り出したのはほぼ同時だった。
それは突如現れた赤と白の兄弟、血飛沫鬼と血塗呂に向けられたものだった。
さやかと心太郎はこの二人と幾度か刃を交えていた。
そしてその強さを思い知らされていた。
「さやか殿、こいつらがいるって事は…」
「ええ、もう間違いないわよね」
言葉には出さなかったがさやかと心太郎の脳裏には

一角衆

の三文字がはっきりと浮かんでいた。
それを察したのか赤い羽織の男が改めて名乗りを上げる。
「俺は血飛沫鬼、こいつは血塗呂。一角衆の忍びだ」
血塗呂と呼ばれた白い羽織の男がへへへと笑ってさやかを見た。
気が付くといつの間にか老人の姿が消えている。
正面にいたというのに、視界の中にいたというのに、さやかは老人がいつ消えたのか全く分からなかった。
そしてやはり気付かぬうちに、
さやかと心太郎は薄墨のような集団に取り囲まれていた。
一角衆の下忍達だ。
「へぇ、なるほどね」
さやかが感心したような馬鹿にしたような微妙な笑みを浮かべる。
この言葉と笑みには何の意味も無い。
気付かぬ間に取り囲まれた悔しさを取り繕おうとしたが何も浮かばなかっただけである。
山吹さやかは負けず嫌いなのだ。
さやかの強がった表情を見て血飛沫鬼が吹き出す。
「変わらねぇなぁガキの頃から」
「はぁ!?」
さやかが睨む。
「そういえばあんた、血飛沫鬼、前もそんな事言ってたわね。私と昔会った事があるって」
「まだ思い出してくれねぇのかい。寂しいなぁ血塗呂」
血塗呂が大仰に悲しそうな表情を作ってうなずく。
「それじゃあ」
血飛沫鬼がさやかを見た。
その瞳は先ほどまでのものとは全く違っている。
ただ重く、ただ暗い。
「思い出させてやるぜぇ」
声が鋭い冷たさを発している。
血飛沫鬼と血塗呂が戦闘態勢に入った証拠だった。
この二人がこの空気を漂わせたら、あぶない。

血飛沫鬼が白い軌跡を残して宙に跳んだ。
と思った時には血塗呂の鉤爪がさやかと心太郎に迫っていた。
さやかと心太郎は左右に分かれて跳び退いた。
そのさやかを空中から血飛沫鬼が襲う。
血飛沫鬼はさやかの動きを読み上空で樹枝を蹴って方向転換していたのだ。
突進してきた血塗呂は心太郎に狙いを定め縦横無尽に鉤爪を振り回している。
血塗呂の攻撃をかわそうとした心太郎の背後から下忍達が襲いかかってきた。
刀を向けると薄墨装束の下忍は野良着の男に姿を変えた。
いや、男を盾にしたのだ。
男は鈴の音で操られた庚申の信徒であった。
心太郎が慌てて刀を止める。
操られているだけの善良な人間を斬るわけにはいかない。
躊躇した心太郎の後頭部を鉤爪がかすめる。
血塗呂の追撃は続いているのだ。
心太郎が血塗呂と下忍と庚申教徒を相手に苦戦している間、さやかもほぼ同じ状況で戦っていた。
数の上で不利である。おまけに盾にされている者達を攻撃する事は出来ない。
なにより血飛沫鬼・血塗呂の二人が強敵なのである。
紅白の兄弟は戦いながらも曲芸のような動きで立ち位置を入れ替えて襲ってきた。
血飛沫鬼を退けた途端に血塗呂が襲ってくる、血塗呂の一撃を防げば血飛沫鬼の斬撃が迫ってくる。
いつしかさやかと心太郎は防戦一方となっていた。

(まずい)
さやかが小さく舌打ちをする。
完全に心太郎と引き離された。
正面には血飛沫鬼がいる。
後方には下忍達がいる。
下忍達の前には盾にされた人々がいる。
少し離れた所で同じように追い詰められた心太郎が見える。
(まずい)
さやかがもう一度舌打ちをした。
その時

さやかと心太郎の周りで大きな火柱が上がった。
血飛沫鬼と血塗呂は動じなかったが下忍達は一瞬たじろいだ。
その隙にさやかと心太郎は大きく跳躍し危機を脱する事が出来た。
「この炎は…」
さやかが目を向けると、炎の向こうに赤い、そして紅い甲冑の男達が立っていた。
「驚きましたか、我らが術のすごさに」
「これでも手加減してやったんだぜぇ!」
その声を聞いた途端さやかは嬉しいようなめんどくさいような気持ちになり
「あんた達ぃ」
と気の抜けた声を発した。
そこにいたのは炎丸と紅蓮丸の二人であった。
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2016-12-05(Mon)

小説・さやか見参!(279)

老人の刃がさやかの心臓めがけて振り下ろされる。
(間に合わない!!)
そう思いながらもさやかは懐剣を突き出す。
さやかが動き出した時、すでに老人の刃は身体までわずかの所に迫っていた。
決して諦めたわけではなかったが、さやかは(死んだ)と思った。

かきーん

さやかは一瞬その音が何なのか理解出来なかった。
それは薄皮一枚の所で懐剣と刃がぶつかり合った音だった。
さやかは敵の攻撃をどうにか防ぐ事が出来たのだ。
しかしさやかの脳内は、助かった、と思うより、何故!?という疑問に支配されていた。
先ほどの攻撃はいくらさやかといえども奇跡が起きねば防げぬ速度だったのだ。
なぜ奇跡が起きたのか。
老人の顔を見た瞬間その疑問はすぐに解けた。
敵は最初から本気で刺す気はなかったのだ。
あえてさやかに受け止めさせ、ぎりぎりまで追い詰めて楽しんでいるのだ。

『やあっ!』
心太郎が斬りかかる。
老人はふわりと離れる。
さやかは跳ね上がるように立ち上がり、心太郎と並んでかまえる。

『追い詰められた表情も悪くないぞ』
老人がにやつきながら言う。
『はぁ!?』
意味の分からない言葉にさやかが嫌悪感を示す。
『なぁに、おまえの顔を見ているとある方を思い出すのだ。よく似ておるのでな』
『ある方?』
さやかの問いを老人は流す。
『まぁ似ておるのも当たり前か。ふふふ』
『さっきから何を言ってるっシュか!』
心太郎の苛立った怒声も流される。
『ただそのお方は決して喜怒哀楽をお見せにならんのだ。まったく残念でならん。拙者はあのお方の苦悶の顔が見てみたい』
さやかが眉をしかめる。
『よく分からないけど、あんたが変態っぽいって事は分かったわ』
『その蔑んだ表情も良いぞ。おまえが様々な顔を見せてくれるおかげで、拙者はあのお方の感情を見たような気になれる』
『やっぱり全然理解出来ないけど、あんたが真性のド変態だって事は確信が持てたわ』
そう言ってさやかが短剣をかまえた時、

『そうそう。このお人は変態なんだよねぇ。正解』

と声がした。
そしていつの間にか、二人の男が老人の両隣に立っていた。

『なっ』
心太郎は驚きが声にならなかったようだ。
現れたのは赤い羽織の男と白い羽織の男。
狂気をはらんだ目とへらへら笑った口元。
そう。
一角衆の血飛沫鬼と血塗呂である。
2016-09-28(Wed)

小説・さやか見参!(278)

さやかと心太郎に顔を向けた庚申教の信者達にはいずれも表情がなかった。
まるで良く出来たからくり人形のように体躯のみを動かして二人に向かって走ってくる。

『ばれてたなんて、しくじったっシュ!』
『いいえ、私達は完璧だった。あいつが、あの老人がうわてだったって事よ』
『やっぱり庚申教と一角衆は繋がってたんシュね!』

さやかと心太郎は木から木に飛び移りながら逃げた。
信者達を振り切る事は忍びである二人には容易い。
戦って傷つけるわけにもゆかぬゆえ、ひとまず退散し、改めて策を練るのが賢明であると思われた。
だが、

『ふふふ、久しぶりだな山吹さやか』

今まさに飛び移ろうとした樹の大枝の上に先ほどの老人が姿を現した。

『いつの間に!?』

さやかと心太郎は驚愕をあらわにしながらも空中で体勢を変え、まるで落下するが如く地面に急降下した。

直角に進路を変え、今度は走った。
しかし

『必ず来てくれると思っていたぞ』

老人は細い枯れ枝の陰からゆっくりと歩み出て二人の前に立った。

『くっ!』

さやかが跳躍する。
それは一気に樹上に到達するほどの跳躍力だった。
それなのに、

さやかの前には老人が立っていた。
いや、さやかと同じ速度で同じ高さを跳んだのだ。

さやかと老人は空中で対峙した。

『さっきから何よ!私の事知ってるの!?』
さやかの声は怒気を含んでいた。

しかし老人はそれを意にも介さず柔らかく答える。

『覚えてはおらぬか。まぁ無理もない。あの時おまえはまだ幼な子であったからな』

『えっ!?』

怪訝な顔をしたさやかを急に白刃が襲った。

老人が抜刀したのだ。

さやかがぎりぎりでかわすのと二人が着地したのはほぼ同時だった。

さやかが転がって距離を取ろうとする。
だが老人も同じように転がってそれを阻む。
そこに心太郎が飛びかかった。

『おまえ、一角衆っシュか!!』

心太郎の短刀が老人に振り下ろされる。
だが老人はそれを自らの刀で受け流した。
受け流された心太郎は自身の勢いでつんのめって転倒する。

『心太郎あぶない!』

さやかが叫んだ時、老人の刀は心太郎の心臓を狙って振り上げられていた。
さやかは跳躍し、刀を持つ老人の腕を蹴り上げる。
その隙をついて心太郎が離れる。
老人は蹴られた勢いを利用して回転し、着地しようとしたさやかの足を蹴りで払った。
体勢を崩したさやかの身体が地面に叩きつけられる。

(まずい!)

背中から地面に落ちたさやかは一瞬呼吸がつまり隙を作ってしまったのだ。
この状態で攻撃されたら対処出来ないかもしれない。
さやかは必死に身構えて懐剣を取り出した。
2016-09-20(Tue)

小説・さやか見参!(277)

それまで談笑していた庚申教信者達の声がぴたりと止まった。
さやかと心太郎が目を向けると、信者達の前に作務衣姿の老人がゆっくりと近付いているのが見えた。

『えっ!?いつの間に!?』

さやか達は決して気を抜いていたわけではない。
むしろ神経を研ぎ澄まし周囲の気配を探っていたのだ。
それなのに姿を現すまで気付けなかった。
いや、さやかと心太郎が気付いたのは老人の気配を察知したからではない。
老人に気付いた信者達に動きがあったからだ。
つまり二人は最後まで老人の気配に気付かないままだったのである。
老人が只者でない事は明白だった。

『あれが教祖なのかしら』

さやかと心太郎は距離を詰めずに様子を伺う事にした。
忍びに気配を読ませぬほどの男なら警戒しないわけにはいかない。

信者達は老人に頭を下げた。
畏まった風ではなく、そこには親しみのようなものが感じられる。

老人が口を開く。

『今日も大変だったね』

ねぎらいの言葉に一同が笑顔で応えた。

『月に一度、皆がこうして庚申の山に向かい手を合わせる事で御猫様の御慈悲をいただけるのです。もともとは人に仇なしていた御猫様がこうして安寧にしていられるのだから皆の祈りの力がいかほどのものか、きっと感じてもらえているね』

そこからはしばらく老人の柔らかい声がするばかりだった。
薄暗くなった森の中で説法のような世間話のような話が続いた。
男の話術は実に巧みで、見事に聞き手を引き込み、笑わせ、そして教えを説いた。

(あの男、忍びかもしれない)

さやかはそう思った。
先ほどの気配の消し方といいこの話術といい、さやかには非常に馴染み深いものに感じられたのだ。

『さて、もう暗くなるからそろそろお開きにしようか』

老人がぽんと手を打った。
信者達が姿勢を整える。
最後に挨拶をして集会が終わるのだろう。

(何も起きなかったわね)

さやかが小声で心太郎に告げる。
まぁ一般の信者達が参加する集会で何かが分かるとも思っていなかったので教祖とおぼしき男に出会えただけでも収穫はあった。
後は老人を追跡し庚申教の中心に近付くだけである。
さやかがそう考えていると

『そうそう、最後に』

と老人の声が響いた。

『御猫様は皆を守って下さるありがたい存在だが、決して信心を忘れてはいけないよ。皆も知っての通り御猫様は元は恐ろしい化け猫だったからね。開祖が調伏する前の御猫様は人間を喰らい大蛇を喰らっていたんだよ』

信者達は神妙な顔でそれを聞いている。
老人はゆっくりと袂に手を入れ、

『今の御猫様は大蛇どころか』

宵闇に鈍く光る鈴を取り出し

『龍さえ喰らう事が出来るんだよ』

さっきまでと違う低い声でそう言って、鈴をりんと鳴らした。

鈴の音は森に響き渡り、信者達は全員身体を硬直させた。

森の中には一瞬で不吉な気配が漂った。

『さぁお前達も、こざかしい龍を屠っておいで』

そう言われて信者達は一斉にさやかと心太郎の方を見た。

老人も二人の方に顔を向ける。

今まで見えなかったその右目には、なぜか闇が宿っているように見えた。
2016-08-31(Wed)

小説・さやか見参!(276)

庚申教の人々は後方のさやかと心太郎に気付く事もなく歩いていく。

最初こそ談笑しながら、まるで野良仕事に向かうかのような雰囲気であったが、森を抜け山に差し掛かるととても話が出来るような状況ではなくなり、皆必死に足を進めた。

老人や子供が登るにはけっこうな傾斜である。

おまけに太陽が高くなり気温も上がってきた。

各々杖にしがみつくようにして歩いているのが見える。

『うはぁ、これを月に一度やってんシュか。庚申教も大変っシュね~』

心太郎が呆れたように呟いた。

『元は山岳信仰なのかしら。そういえば教祖は山伏だって話もあったわね』

さやかは冷静に答える。

軽口を叩けるほどさやかと心太郎には何の苦もない道程なのだ。

しかしながら先を進む人々も、体力的にはきつそうだが決してつらそうだったり厭そうだったりではない。

後方から時折見える表情が充実していた。

皆この険しい道のりを自発的に歩んでいるのだ。

信仰とはそういったものなのだろう。

やがて陽が中天から傾いた頃、全員が山頂に到着した。

最後は若者達が老人や女子供に手を貸しながらの登頂であった。

そして庚申教の信者達は、休憩するよりも先に、西の方角に向かって祈りを捧げた。

『西ね。庚申山がある方角だわ』

『じゃあやっぱり』

『ええ。ここでの謎を解いたら今度は西へ向かいましょ』

さやかが様子を伺いながらそう言うと心太郎が小さくうなずいた。

それから人々は、しばしの休憩のあと今度は同じ経路を辿って山を下った。

『参拝…礼拝?…どっちか分かんないっシュけど、それ以外は特に何もしないっシュね』

『ほんとね。教主とかそーゆー人が来るのかと思ってた』

二人は肩透かしをくらって若干気落ちしたまま後について山を下りた。

夕暮れになり人々が山から森に差し掛かるとさやかの気落ちが諦めに変わった。

ここで得られる情報は特にない、
無駄足、無駄な時間だった、

そう思ったその時だった。

森を包む空気が変わったのは。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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