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2015-01-18(Sun)

小説・さやか見参!(260)

幻龍の忍び達の足元に倒れた灯火丸はしばらくの間ぴくりとも動かなかった。

『灯火丸!灯火丸!!』

紅蓮丸と炎丸が必死に叫ぶ。

その声が届いたおかげかは分からないが、灯火丸はじわりじわりと上半身を起こそうと動いた。

それを取り囲んでいる青装束達がイバラキを見た。

どうするべきか指示を仰いだのであろう。

それに対してイバラキは小さく顎をしゃくり上げた。

それが何を意味するか、紅蓮丸達の目にも明らかだった。

『も、もうやめてあげて!!』

だがその嘆願は叶わなかった。

あらゆる格闘術を身に付けた忍び集団が一斉に灯火丸に襲いかかったのだ。

肉を打つ音が、床や壁に叩きつけられる音が、幾度も幾度も残酷に響いた。

『あんた達やめなさいよ!やめろって言ってんじゃないのよ!!』

紅蓮丸が必死に叫んだ。

だが床に押さえつけられて動けない状況は変わっていない。

『放せ!!これじゃホントに灯火丸が死んじまうぜぇ!!』

それは炎丸にしても同じ事だ。

声を出すのがやっとでどうする事も出来ない。

二人は涙を流しながらイバラキを見る。

『イバラキ!イバラキ様!殺すなら私を殺してちょうだい!灯火丸はまだ子供じゃないの!!』

『そうだ!そいつは俺達の計画に反対してたんだぜぇ!俺達が無理矢理巻き込んだだけなんだぜぇ!!』

『そうはいかん』

イバラキが冷たく言い放った。

『拙者は裏切り者は絶対に許さんのだ。たとえ子供であってもな』

『だから!イバラキ様を裏切ったのは私達で、その子は』

『灯火丸が裏切ったのは拙者ではない。おぬし達だ』

『えっ?私達?』

紅蓮丸が言葉を失った。

堂内に静けさが戻る。

残虐な処刑はぴたりとやんでいた。

『紅蓮丸、炎丸、おぬし達の企てはとっくに拙者の耳に入っておった』

紅蓮丸は言葉を発する事が出来ずにいる。

『我らに隠し事が出来ると思っていたとはな。おぬし達の一言一動など、ここにいる全員が漏らさず把握しておる』

炎丸がうなだれた。

『全部バレてたってぇのかよ…気付かなかったぜぇ…』

イバラキがわずかに視線を動かした。

もしかしたら灯火丸を見たのかもしれない。

『おぬし達二人は計画が筒抜けだなどと思いもしなかったな?だが、灯火丸は気付いておった』

『あ…』

紅蓮丸が小さく声を漏らした。

そういえば灯火丸はそう言っていた。計画はイバラキにバレていると。
だが自分達はその言葉を取り合わなかったのだ。

『このままでは間違いなく失敗すると確信した灯火丸はな、おぬし達を裏切って拙者に打ち明けに来たのだ』

兄二人は唯一動かせる首を必死に曲げて灯火丸を見た。

横に向いている顔は見えなかったが、うつぶせに倒れた小さな弟はぐったりとして動かない。

全身がぼろぼろで着物は流れた血で赤黒く染まっている。

『この幻龍の中にあって、拙者はどのような裏切りをも許さん。それはおぬしらも存じておろう。灯火丸とてもちろん知っておる。それでもなお、おぬし達を裏切ったのだ。そしてこう言ったのだ。兄達を殺さないでほしい、と』

イバラキはその時の灯火丸の言葉を、必死に地面に額をこすりつけている姿を思い返す。

『兄達が何かおかしな動きをしても命だけは助けてあげてほしいんです。僕も全力で止めますが、僕の意見を聞き入れる人達じゃないから…もちろんどれだけ痛めつけてもかまいません。でも殺さないであげてほしいんです。浮かれた人達の愚行なんです。大目に見てあげていただけませんか。何卒お願いします』

『どれだけ痛めつけてもかまわんと?』

『はい!一向にかまいません!!』

『それは、紅蓮丸と炎丸を、か?それともおぬしも含まれておるのか?』

イバラキがいたずらっぽく訊くと、灯火丸は間髪を入れずに答えた。

『もちろん僕もです。僕も炎一族の人間ですから。むしろ』

『むしろ?』

『僕の命と引き換えに兄達を助けていただけるならそれでもかまいません』

イバラキはふふんと笑う。

『良いのか?そのような事を簡単に口にしても。拙者は子供だろうがかまわず殺すぞ』

灯火丸はごくりと喉を鳴らして、それでも

『もちろん分かってます』

とはっきり答えた。

イバラキは少し黙って、そして立ち上がった。

『灯火丸、おぬしにとって紅蓮丸と炎丸は命を懸けるに値する兄か?』

イバラキの問いかけの声は真剣だった。

だがそれに対する灯火丸の答えは更に真剣なものだった。

『イバラキ様らしからぬ愚問です。兄達にその価値がなければ僕はこのような虫のいい頼みなどしません』


イバラキは回想しながら足元の紅蓮丸と炎丸に話し続けた。

『言っておったぞ。長兄紅蓮丸あってこそ一族の再興が叶うのだと。そしてそれを補佐出来るのは炎丸以外におらんのだと。幼き自分など悲願成就の為の捨て石になれれば本望、と』

紅蓮丸が歯を食いしばった。

不甲斐ない自分に対する悔し涙が床に溜まっていた。

そこへ、

イバラキが急に声を荒げた。

『悲願とは、そのぐらいの覚悟を持って成就を望むものだ!!』

空気がびりびりと震えた。

『貴様らにその覚悟があったか!?どれだけ痛めつけられようと、命を落とす事になろうとも目的を果たす覚悟が!!』

炎丸は涙で濡れた床に額を押し付けてその声を聞いている。

『家族を、兄弟を、まだ幼い弟を犠牲にしても本懐を果たす覚悟が!!』

イバラキは倒れている灯火丸の襟を掴み、引きずって二人の前に放り投げた。

『ひっ!』

思わず目を閉じる。

『目を開いてよく見てみろ』

イバラキの厳しい声に、紅蓮丸と炎丸がおそるおそる目を開く。

そこには、傷と痣にまみれ、腫れ上がって別人と化した灯火丸の顔があった。

思わず目を逸らしそうになる。

『目を逸らすな!しっかり見ろ!貴様らの不甲斐なさが招いた結果だ!灯火丸が命を賭してまで何を伝えたかったのかをしかと思い知れぃ!!』

イバラキがここまで声を荒げるなどめったに無い事だった。

その凄まじさに寺自体がしばらく震えていた。

その間ずっと嗚咽を漏らしていた紅蓮丸だったが、振動が消えると突然声を張り上げた。

『分かったわよ!!覚悟の何たるか!!願いを叶えるとはどういう事か!覚悟ってのは全ての責任を、罪を、罰を背負う意思って事なのね、よーく分かったわ。私はね、これからその覚悟を持って炎一族の再興を目指す!そして、命を懸けてイバラキ!あんたを殺す!灯火丸のかたきを取る!!でも、その前に、幻龍組にはちゃんと恩を返すわ。そして罪滅ぼしもする』

紅蓮丸は睨み付けるようにイバラキを見た。

その目は、恨みがこもったようにも、腹を括って覚悟を決めたようにも見えた。

両方だったのかもしれない。

その瞳に炎を浮かべて、紅蓮丸は叫んだ。

『だからイバラキ様!今度こそ、命懸けであなた様に従います!我ら二名、改めて幻龍の配下にお加え下さい!!』

イバラキは、

何も言わず、しばらく厳しい表情で二人を見下ろしていたが、

にやりと笑うと踵を返しながら

『三名まとめてなら向かえ入れよう』

と言い残し、本堂から出て行った。

その後について他の忍び達も外へ出て行く。

紅蓮丸と炎丸は拘束を解かれ自由の身になった。

『三人まとめてなら、って…まさか?』

紅蓮丸が慌てて灯火丸を抱え起こす。

すると

腫れて血の痕も生々しい灯火丸の唇がかすかに動いた。

『と、灯火丸!?い、生きてる!灯火丸生きてる!!』

炎丸も這うように近付いて弟の顔を覗きこんだ。

『灯火丸!!良かったぜ!本当に良かったぜぇ!!』

号泣して喜ぶ兄達を見て灯火丸は

『お、にぃ、ちゃん、か、かっこ、よかった、よ…』

と、声にならぬ声を吐き出して

再び気を失った。
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2015-01-15(Thu)

小説・さやか見参!(259)

破れ寺
縛り上げられた紅蓮丸と炎丸が本堂に転がされたのは計画が失敗して間もなくの事だった。

興奮冷めやらぬ二人は左右から取り押さえられ身動き出来ない中でも強気な姿勢を崩していない。

『ふん!今回は失敗しましたが次こそは必ずあなた方の寝首を掻いてやりますからね!』

『そうだぜぇ!炎一族の力、思い知らせてやるぜぇ!!』

そう言って暴れる二人に幻龍の配下は呆れた表情を隠せなかった。

『おまえ達、本気でそう言っているのか』

傍らに立つ上忍がそう訊いた。

『はぁ!?』

紅蓮丸が喰ってかかる。

『本気で次の機会があると思っているのか』

『もちろんよ!今度は間違いなく』

『おまえ達はここで死ぬのだぞ』

その言葉に紅蓮丸はきょとんとした顔をした。

『…え…?』

紅蓮丸は炎丸を見る。

弟も同じように鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていた。

『それってどういう事よ』

紅蓮丸が女言葉になっている。

感情が高ぶった時だけでなく混乱した時もこうなってしまうのだろう。

『どうもこうもない。おまえ、組織に歯向かっておいて生きて許されると思っていたのか?』

他の忍び達も厳しい声を上げた。

『反逆を企て失敗したのだ。殺されて当然であろう』
『よもやその覚悟もなくイバラキ様を裏切ろうとしたのか?』

周囲に濃密な殺気が立ち込めた。

それは空気だけで炎兄弟を震え上がらせるに足るものだった。

『ちょ、ちょっと待ちなさいよ!私達は誰も殺してないじゃないの!それなのに殺されるなんて筋が通らないわよ!』

『上手くいけばイバラキ様を亡き者にする手筈であったのだろうが』
『その計画を実行した事が死罪に値するのだ』
『そういう事だ。おまえ達は、今ここで、殺す』

紅蓮丸と炎丸が押し倒された。

床に押さえつけられ身動きが取れず、二人は無様に

『あ、あわ、あわわわわっ』

と震える事しか出来なかった。

そこへ、

『まぁ待て』

という声と共に、

幻龍イバラキが現れた。

『イ、イバラキ!!』

紅蓮丸が思わず声を上げる。

だが、紅蓮丸と炎丸が驚いたのはイバラキの登場にではなく、その後ろに立っている灯火丸の姿に対してであった。

『灯火丸!?』

『あんた、無事なの!?』

そう問われて、灯火丸はただ申し分けなさそうにうつむいた。

その態度を見て紅蓮丸が眉間に皺を寄せた。

『まさかあんた、私達を裏切ったわけじゃないわよね…?』

炎丸が横にいる紅蓮丸とイバラキの後ろにいる灯火丸を交互に見て

『えっ?…えーっ!?おまえ、兄弟を裏切ってイバラキに寝返ったってのかぁ!?そりゃないぜぇ!!』

と声を荒げた。

『静かにしろ!!』

と中忍が二人の顔を床に押し付ける。

そこへ

『灯火丸の事は、まぁ置いておけ』

とイバラキが近付いてきた。

それだけで、先程まで配下達が放っていた殺気をはるかに凌駕する威圧感があった。

『何かを成すというのは常に命懸けだ。どんな些細な事であってもな。成すれば生き、成せねば死す。その覚悟を持って臨むのが夢であり野望だ』

イバラキは紅蓮丸の目を見る。

『悲願と言ってもいい』

それは兄弟が掲げる炎一族の再建を指しているのだろう。

『その夢や野望や悲願が大きければ大きいほど己が懸けるものも大きくなる。他人を巻き込めばなおさらだ。奪うものも、失うものも大きくなる。おぬし達はそこまで考えた事があるか?』

紅蓮丸がかすかに目を伏せる。

『ないであろうな。この期に及んで生きて帰れるつもりでいたぐらいだ。おぬしらなど真に命を懸けた事などない甘っちょろい青二才にすぎん』

炎丸が悔しそうに唸ったが反論は出来なかった。

イバラキはかまわず続ける。

『もし自分一人が命を懸けるのなら、失敗したところで失うのは己の命だけだ。だが、他の者を巻き込んだならばその者達の命も懸けねばならなくなる。今回の件で言うならば、紅蓮丸、炎丸、そして灯火丸。この三つの命を懸けたという事だ』

紅蓮丸がはっとして灯火丸を見た。

幼い弟はただうつむいている。

『そしておぬし達の企ては失敗した。それは死を意味する』

イバラキの冷たい声が響いた。

汗ばむような季節だというのに紅蓮丸は凍るような寒さを感じた。

震えは大きくなるばかりで一向に止まる気配はなかった。

きーーんという空気の張り詰める音が聞こえた。

だが、

その緊張感を破ったのは意外にもイバラキだった。

『ふふっ、だがな』

すぐにでも殺されるかと恐怖で目を閉じていた紅蓮丸と炎丸が驚いてイバラキを見た。

イバラキの口元は愉快そうに歪んでいた。

『灯火丸と約束したのだ。おぬし達は殺さぬと。だから殺さずにおいてやる』

その言葉に兄二人の表情が明るくなった。

『灯火丸!あんた!!』

その歓喜の声をイバラキが遮る。

『もちろん無条件ではない。そうだな?灯火丸』

イバラキが灯火丸を見る。

灯火丸も視線を返す。

緊張した笑顔でゆっくり頷き、静かに目を閉じる。

その雰囲気に呑まれて紅蓮丸と炎丸が言葉を失う。

その瞬間、

鈍く重い衝撃音と共に灯火丸の小さな身体が吹っ飛ばされ板壁に激突した。

木っ端が吹き飛んで床に散らばる。

どうやらイバラキが強力な蹴りを叩きこんだようだった。

壁にぶつかって倒れた灯火丸の口からは真っ赤な血が流れていた。

イバラキは素早く近付くと灯火丸の襟を掴んで高く持ち上げ背中から床に叩きつけた。

板が割れ、誇りと木片が舞う。

割れた床にめり込んだ灯火丸の腹部をイバラキが躊躇もなく踏みつけた。

『ぐはっ!!』

苦悶の声と共に上がった赤い血飛沫がイバラキの足袋を汚した。

『灯火丸に出した条件とはな、兄二人の命を助ける代わりにおぬしの命をいただく、というものだ。そして』

イバラキは倒れている灯火丸に再び蹴りを入れた。

『こやつはその条件を呑んだ』

吹っ飛んだ灯火丸は下忍達の間を抜けて床に転がった。

『灯火丸!!』

紅蓮丸と炎丸が絶叫した。
2015-01-08(Thu)

小説・さやか見参!(258)

灯火丸が想像した通りの光景を目の当たりにするまでそう時間はかからなかった。

紅蓮丸と炎丸が捕らえられ荒れた境内に連行されたのはほぼ同時であった。

両脇から腕を極められた紅蓮丸は『逃げないってば!いい加減に離しなさいよ!』などと騒ぎながら引き摺られてくる。

よく見ると幻龍の忍び達の野良着が所々焦げているので得意の火遁で急襲したのだろう。

縛りあげられて連れてこられた炎丸は全身びしょ濡れでおまけに猿轡をかまされていた。

騒々しい炎丸の事だ、縛られてなお大騒ぎしたのだろう。

こちらも火遁を使ったのだろうが場所が川辺では分が悪い。

水浸しにされて術を破られたのだ、きっと。

そういえば山吹の少女にも水浸しにされて負けたのではなかったか。

幼い灯火丸から見ても兄の姿は無様の一言に尽きた。

何故この程度で作戦が上手くいくと思ってしまったのだろう。

おそらく、伝説の鏡や魔剣に操られた経験が自分を見失わせているのだと灯火丸は思う。

それらに操られている時の二人は、それはすさまじい力を発揮したらしい。

炎丸は山吹の後継者を、紅蓮丸は幻龍の配下をかなり苦しめたのだという。

灯火丸はてっきり兄達のいつものホラ話だと思っていたが、これはイバラキからも聞いたので嘘ではなさそうである。

もちろん鏡や剣がなくとも二人は常人離れした手練れである。

それだけの修行を積み秘技を体得しているのは灯火丸も知っている。

だが、

実力で言えば幻龍の忍びには遠く及ばない事など火を見るより明らかなのだ。

それすらも分からなくなる程に宝具(呪具かもしれないが)に操られた影響力とは強いものなのだろうか。

何にしても兄二人は本人達の予想に反して、そして灯火丸の予想通りに敗北し捕らえられてしまったのだ。

こんなにあっさり決着がついた謀反もなかなか無いのではなかろうか。

『にいちゃん…』

か細く呟く灯火丸に向かって紅蓮丸は

『灯火丸!何故か失敗しちゃったわ!まさかこんな事になるなんて!』

と叫んだ。

『何故か、ねぇ…』

灯火丸は苦笑いを浮かべた。
2015-01-07(Wed)

小説・さやか見参!(257)

夜が明けた。

いよいよ炎一族が謀反を決行する日が来たのだ。

幻龍の忍び達は普段と変わらぬ様子だ。

これから食料を調達する為に二手に分かれ、一班は山へ、もう一般は川へと向かうという。

紅蓮丸と炎丸も好機と見たのか率先して同行を願い出た。

忍び達の後について山へ向かう紅蓮丸と、意気揚々と紅蓮丸に手を振って川へ向かう炎丸の後姿を見て灯火丸は憂鬱になった。

いつもならイバラキの手下と行動を共にする事など嫌がる二人なのだ。

従ったとしても渋々といった様子を隠さない二人なのだ。

そんな二人が意気込んでついて行くなんて、自ら勘ぐってくれと言っているようなものではないか。

謀があるならば普段通りを装った方がいいに決まっている。

いつもやらぬ事をやっては敵の注意を引いてしまうのに。

間違いなく企ては失敗する。

灯火丸は確信している。

しかし、少しだけ安堵もしていた。

失敗したとしても命を奪われる事はないと知っているからだ。

イバラキは灯火丸の嘆願を条件付きで飲んでくれた。

条件の一つは、計画をイバラキに漏らさない事である。

たかだか紅蓮丸の立てる計画ごとき知っても知らずとも大差ないという余裕でもあろうし、どの程度の策を弄してくるのかと楽しみにしている風でもあった。

そしてこれは推測に過ぎぬが、灯火丸を守る為でもあったのではないか、と思われる。

作戦まで漏らしてしまっては灯火丸は兄達を完全に裏切った事になってしまうからだ。

イバラキの本心は分からぬが、灯火丸はきっとそうだと思っている。

イバラキは手下達にもこの件を伝えなかった。

これもまた余裕の表れであろう。

我が配下ならばお粗末な計略に嵌る事もなかろうし、万が一見抜けなかったならばそこまで、という厳しさなのだ。

さて、

灯火丸は辺りを見渡した。

自分の役割はイバラキを引き付けておく事だ。

どんな杜撰な作戦だとしても本気でやらねば申し訳が立たぬ。

灯火丸はそう考えていた。

それは兄達にではなくイバラキに対しての思いだった。

『灯火丸』

不意に声をかけられて振り返ると、いつの間にか幻龍イバラキが立っていた。

先ほど周囲を見渡した時にはいなかったはずだが。

だがイバラキの力量を思い知らされている灯火丸は少しも驚かなかった。

イバラキをここに引き付けておく口実を作らねばと灯火丸が口を開きかけたその時、イバラキが何かを差し出した。

それは古びた巻物であった。

『これは』

『読んでみよ。荊木に伝わる医術書だ。かつては山ほども積まれていたのだがな、現存しておるのはほんの十数巻。これはその中のひとつよ』

『どうして、これを?』

イバラキは灯火丸の問いには答えなかった。

『人体というのはな、それ自体が熱を発しておるのだ。そしてその熱というのは常に細胞によって制御されている。制御出来ねば身体が耐えられぬゆえにな。だがもしも、その熱を意識的に制御出来るようになったならば…荊木流ではこのような研究も行なわれていたのだ』

そう言うと、もう一度巻物を差し出した。

イバラキの真意を知った灯火丸はうやうやしく頭を垂れ

『いたみいります。ありがたく』

と巻物を受け取った。

それからイバラキは本堂に上がると座して黙した。

何も聞かずとも灯火丸の役割を察しているのだろう。

灯火丸も隅に座って目を閉じた。

もうしばらくしたら、イバラキの配下に返り討ちにあった兄達が捕らえられてここへ戻ってくるのだろう。

自分にはもうそれを待つ事しか出来ないのだ。
2015-01-05(Mon)

小説・さやか見参!(256)

深夜になった。

静かである。

元々栄えていない青峰の町は日が暮れるとことんど人通りがない。

夜が更ければ言わずもがなである。

当然そんな時間に町外れの破れ寺になど近付くものはいない。

この寺こそ幻龍組の現在の根城であった。

幻龍組は下忍まで全て合わせるとゆうに百人を超える大きな組織になっていた。

荊木の頃から従えている者だけでなく、イバラキに戦いを挑み、敗れたのちに従属を願い出てきた忍びなどの他流派をも取り込んでいった事で組織を拡大したのである。

無論いたずらに配下を増やす事はイバラキの望む所ではなかったが、『他者の心を従える』という事を知る為にそれらを受け入れてきた。

イバラキは自分の理想とする天下統一の為に実験と布石を重ねているのだ。

闇夜に温かい風が吹いた。

寺のあちこちで割れた壁板がかたかたと音を鳴らす。

だが荒れた本堂で眠りについている幻龍の忍び達は誰ひとり目を覚まさなかった。

もちろん何かあれば全員が一瞬で飛び起き戦闘態勢に入るのだが。

彼らは眠っていても必要な音とそうでない音を聞き分ける事が出来るのだ。

当然この寺に忍び込む者や逆に抜け出る者がいたら全員が間違いなく気付いてしまうのだが…

『ふふふ、上手く抜け出す事が出来ましたね』

『あいつら寝ちまったら目ぇ覚まさねぇからな。楽勝だぜぇ』

寺から離れた土手の草むらで押し殺した声がする。

『なに言ってんの。みんな起きてたよ。全員気付いてたよ』

それは寺を抜け出し密談している紅蓮丸・炎丸・灯火丸の兄弟だった。

『まったく、おまえは心配性ですね』

『まだガキだから仕方ないぜぇ』

『決行は明日ですからね、灯火丸、おまえもそんな弱腰では困りますよ』

『ねぇ、やめようよ。イバラキ様を裏切るなんて嫌だよ。炎にいちゃん助けてるの手伝ってくれたじゃん』

そう言われて声が大きくなる。

『何を言ってるのです!奴らの手を借りなくてもワタクシは炎丸を助け出す事が出来たのですよ!』

『無理だって』

『そうだぜぇ!俺様だって自分の力で逃げ出す事も出来たんだぜぇ!』

『無理だって』

幼い声は『はぁ』と溜め息をついた。

兄達のこの根拠のない自信はなんなのだろうか。

『幻龍組を乗っ取って炎一族を再興するなんて無理だよ』

呆れたように言葉を吐く賢明な弟に、兄は力強く説いた。

『覚えておきなさい。やる前から無理だなどと言っていては何も成し遂げられないのですよ』

『それは少しでも勝算がある場合の話でしょ』

『子供にゃ難しいかもしれねぇがな、見る前に跳べって事もあるんだぜぇ』

『崖から跳ぶのはナシでしょ。もう…正直言って、お兄ちゃん達が何か企んでる事なんて、とっくにイバラキ様にはバレてるよ!』

この告白は兄達を止める最後の切り札だった。

見透かされているのに無理に謀反を決行する者はいないだろう。

普通ならば。

だが紅蓮丸と炎丸は一瞬顔を見合わせてから

『バレてる?無い無い無い無い!』

と大声で笑い始めた。

やはり普通ではないのだ。

『これだけ慎重に事を進めたのです。バレようがないではありませんか』

のんきな笑い声を聞いて灯火丸はがっくりとうなだれた。

やはりこの二人に自分の言葉は通じないのかと己の無力を痛感したのだ。

そして仕方なく

『分かったよ…もちろん策はあるんだよね?』

と訊いた。

『もちろんです。炎丸と考えた最強の作戦ですよ』

『どうするの』

紅蓮丸が自信ありげにふふふと笑う

『今あの寺にいるのは中忍三名、下忍十五名、そしてイバラキです。我々を除いて十九名』

『他の連中は各地に散らばってて少なくとも明日までは帰ってこないらしいぜぇ』

『うん、それで?』

『中忍下忍で十八人ならワタクシと炎丸が力を合わせれば倒せるハズです。なので灯火丸、あなたがイバラキの別の場所に引き付けなさい。その間に手下はワタクシ達が片付けますから』

『そして最後に手下を失って一人になったイバラキを倒す!まぁ多少はてこずるだろうが敵は一人、我ら炎三兄弟が力を合わせれば倒せるハズだぜぇ!』

灯火丸は愕然としながらもどうにか言葉を発した。

『そ、それだけ…?』

しかしその声は兄には届かなかったようだ。

『イバラキを倒せば我らが頭領。そうなれば戻って来た他の手下も大人しく我々に従うでしょう』

『人数が増えてしかも全員が手練れの忍者だったらこれからのお宝探しも資金集めも簡単にいくぜぇ!』

『ようやく炎一族を再興する日が来たのです!』

涙声だ。どうやら紅蓮丸は感極まっているようだ。

『兄者!ようやく報われるぜぇ~!!』

どうやら炎丸は号泣しているようだ。

『炎丸~!』
『兄者~!』

抱き合って泣いている兄二人を見て、灯火丸は別の意味で涙が出そうになっていた。

『無策だ…やっぱり無策だ…』

悲しい呟きをかき消すように夜空に

『炎丸~!』
『兄者~!』

という声が響き渡っていた。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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