2015-01-18(Sun)
小説・さやか見参!(260)
幻龍の忍び達の足元に倒れた灯火丸はしばらくの間ぴくりとも動かなかった。
『灯火丸!灯火丸!!』
紅蓮丸と炎丸が必死に叫ぶ。
その声が届いたおかげかは分からないが、灯火丸はじわりじわりと上半身を起こそうと動いた。
それを取り囲んでいる青装束達がイバラキを見た。
どうするべきか指示を仰いだのであろう。
それに対してイバラキは小さく顎をしゃくり上げた。
それが何を意味するか、紅蓮丸達の目にも明らかだった。
『も、もうやめてあげて!!』
だがその嘆願は叶わなかった。
あらゆる格闘術を身に付けた忍び集団が一斉に灯火丸に襲いかかったのだ。
肉を打つ音が、床や壁に叩きつけられる音が、幾度も幾度も残酷に響いた。
『あんた達やめなさいよ!やめろって言ってんじゃないのよ!!』
紅蓮丸が必死に叫んだ。
だが床に押さえつけられて動けない状況は変わっていない。
『放せ!!これじゃホントに灯火丸が死んじまうぜぇ!!』
それは炎丸にしても同じ事だ。
声を出すのがやっとでどうする事も出来ない。
二人は涙を流しながらイバラキを見る。
『イバラキ!イバラキ様!殺すなら私を殺してちょうだい!灯火丸はまだ子供じゃないの!!』
『そうだ!そいつは俺達の計画に反対してたんだぜぇ!俺達が無理矢理巻き込んだだけなんだぜぇ!!』
『そうはいかん』
イバラキが冷たく言い放った。
『拙者は裏切り者は絶対に許さんのだ。たとえ子供であってもな』
『だから!イバラキ様を裏切ったのは私達で、その子は』
『灯火丸が裏切ったのは拙者ではない。おぬし達だ』
『えっ?私達?』
紅蓮丸が言葉を失った。
堂内に静けさが戻る。
残虐な処刑はぴたりとやんでいた。
『紅蓮丸、炎丸、おぬし達の企てはとっくに拙者の耳に入っておった』
紅蓮丸は言葉を発する事が出来ずにいる。
『我らに隠し事が出来ると思っていたとはな。おぬし達の一言一動など、ここにいる全員が漏らさず把握しておる』
炎丸がうなだれた。
『全部バレてたってぇのかよ…気付かなかったぜぇ…』
イバラキがわずかに視線を動かした。
もしかしたら灯火丸を見たのかもしれない。
『おぬし達二人は計画が筒抜けだなどと思いもしなかったな?だが、灯火丸は気付いておった』
『あ…』
紅蓮丸が小さく声を漏らした。
そういえば灯火丸はそう言っていた。計画はイバラキにバレていると。
だが自分達はその言葉を取り合わなかったのだ。
『このままでは間違いなく失敗すると確信した灯火丸はな、おぬし達を裏切って拙者に打ち明けに来たのだ』
兄二人は唯一動かせる首を必死に曲げて灯火丸を見た。
横に向いている顔は見えなかったが、うつぶせに倒れた小さな弟はぐったりとして動かない。
全身がぼろぼろで着物は流れた血で赤黒く染まっている。
『この幻龍の中にあって、拙者はどのような裏切りをも許さん。それはおぬしらも存じておろう。灯火丸とてもちろん知っておる。それでもなお、おぬし達を裏切ったのだ。そしてこう言ったのだ。兄達を殺さないでほしい、と』
イバラキはその時の灯火丸の言葉を、必死に地面に額をこすりつけている姿を思い返す。
『兄達が何かおかしな動きをしても命だけは助けてあげてほしいんです。僕も全力で止めますが、僕の意見を聞き入れる人達じゃないから…もちろんどれだけ痛めつけてもかまいません。でも殺さないであげてほしいんです。浮かれた人達の愚行なんです。大目に見てあげていただけませんか。何卒お願いします』
『どれだけ痛めつけてもかまわんと?』
『はい!一向にかまいません!!』
『それは、紅蓮丸と炎丸を、か?それともおぬしも含まれておるのか?』
イバラキがいたずらっぽく訊くと、灯火丸は間髪を入れずに答えた。
『もちろん僕もです。僕も炎一族の人間ですから。むしろ』
『むしろ?』
『僕の命と引き換えに兄達を助けていただけるならそれでもかまいません』
イバラキはふふんと笑う。
『良いのか?そのような事を簡単に口にしても。拙者は子供だろうがかまわず殺すぞ』
灯火丸はごくりと喉を鳴らして、それでも
『もちろん分かってます』
とはっきり答えた。
イバラキは少し黙って、そして立ち上がった。
『灯火丸、おぬしにとって紅蓮丸と炎丸は命を懸けるに値する兄か?』
イバラキの問いかけの声は真剣だった。
だがそれに対する灯火丸の答えは更に真剣なものだった。
『イバラキ様らしからぬ愚問です。兄達にその価値がなければ僕はこのような虫のいい頼みなどしません』
イバラキは回想しながら足元の紅蓮丸と炎丸に話し続けた。
『言っておったぞ。長兄紅蓮丸あってこそ一族の再興が叶うのだと。そしてそれを補佐出来るのは炎丸以外におらんのだと。幼き自分など悲願成就の為の捨て石になれれば本望、と』
紅蓮丸が歯を食いしばった。
不甲斐ない自分に対する悔し涙が床に溜まっていた。
そこへ、
イバラキが急に声を荒げた。
『悲願とは、そのぐらいの覚悟を持って成就を望むものだ!!』
空気がびりびりと震えた。
『貴様らにその覚悟があったか!?どれだけ痛めつけられようと、命を落とす事になろうとも目的を果たす覚悟が!!』
炎丸は涙で濡れた床に額を押し付けてその声を聞いている。
『家族を、兄弟を、まだ幼い弟を犠牲にしても本懐を果たす覚悟が!!』
イバラキは倒れている灯火丸の襟を掴み、引きずって二人の前に放り投げた。
『ひっ!』
思わず目を閉じる。
『目を開いてよく見てみろ』
イバラキの厳しい声に、紅蓮丸と炎丸がおそるおそる目を開く。
そこには、傷と痣にまみれ、腫れ上がって別人と化した灯火丸の顔があった。
思わず目を逸らしそうになる。
『目を逸らすな!しっかり見ろ!貴様らの不甲斐なさが招いた結果だ!灯火丸が命を賭してまで何を伝えたかったのかをしかと思い知れぃ!!』
イバラキがここまで声を荒げるなどめったに無い事だった。
その凄まじさに寺自体がしばらく震えていた。
その間ずっと嗚咽を漏らしていた紅蓮丸だったが、振動が消えると突然声を張り上げた。
『分かったわよ!!覚悟の何たるか!!願いを叶えるとはどういう事か!覚悟ってのは全ての責任を、罪を、罰を背負う意思って事なのね、よーく分かったわ。私はね、これからその覚悟を持って炎一族の再興を目指す!そして、命を懸けてイバラキ!あんたを殺す!灯火丸のかたきを取る!!でも、その前に、幻龍組にはちゃんと恩を返すわ。そして罪滅ぼしもする』
紅蓮丸は睨み付けるようにイバラキを見た。
その目は、恨みがこもったようにも、腹を括って覚悟を決めたようにも見えた。
両方だったのかもしれない。
その瞳に炎を浮かべて、紅蓮丸は叫んだ。
『だからイバラキ様!今度こそ、命懸けであなた様に従います!我ら二名、改めて幻龍の配下にお加え下さい!!』
イバラキは、
何も言わず、しばらく厳しい表情で二人を見下ろしていたが、
にやりと笑うと踵を返しながら
『三名まとめてなら向かえ入れよう』
と言い残し、本堂から出て行った。
その後について他の忍び達も外へ出て行く。
紅蓮丸と炎丸は拘束を解かれ自由の身になった。
『三人まとめてなら、って…まさか?』
紅蓮丸が慌てて灯火丸を抱え起こす。
すると
腫れて血の痕も生々しい灯火丸の唇がかすかに動いた。
『と、灯火丸!?い、生きてる!灯火丸生きてる!!』
炎丸も這うように近付いて弟の顔を覗きこんだ。
『灯火丸!!良かったぜ!本当に良かったぜぇ!!』
号泣して喜ぶ兄達を見て灯火丸は
『お、にぃ、ちゃん、か、かっこ、よかった、よ…』
と、声にならぬ声を吐き出して
再び気を失った。
『灯火丸!灯火丸!!』
紅蓮丸と炎丸が必死に叫ぶ。
その声が届いたおかげかは分からないが、灯火丸はじわりじわりと上半身を起こそうと動いた。
それを取り囲んでいる青装束達がイバラキを見た。
どうするべきか指示を仰いだのであろう。
それに対してイバラキは小さく顎をしゃくり上げた。
それが何を意味するか、紅蓮丸達の目にも明らかだった。
『も、もうやめてあげて!!』
だがその嘆願は叶わなかった。
あらゆる格闘術を身に付けた忍び集団が一斉に灯火丸に襲いかかったのだ。
肉を打つ音が、床や壁に叩きつけられる音が、幾度も幾度も残酷に響いた。
『あんた達やめなさいよ!やめろって言ってんじゃないのよ!!』
紅蓮丸が必死に叫んだ。
だが床に押さえつけられて動けない状況は変わっていない。
『放せ!!これじゃホントに灯火丸が死んじまうぜぇ!!』
それは炎丸にしても同じ事だ。
声を出すのがやっとでどうする事も出来ない。
二人は涙を流しながらイバラキを見る。
『イバラキ!イバラキ様!殺すなら私を殺してちょうだい!灯火丸はまだ子供じゃないの!!』
『そうだ!そいつは俺達の計画に反対してたんだぜぇ!俺達が無理矢理巻き込んだだけなんだぜぇ!!』
『そうはいかん』
イバラキが冷たく言い放った。
『拙者は裏切り者は絶対に許さんのだ。たとえ子供であってもな』
『だから!イバラキ様を裏切ったのは私達で、その子は』
『灯火丸が裏切ったのは拙者ではない。おぬし達だ』
『えっ?私達?』
紅蓮丸が言葉を失った。
堂内に静けさが戻る。
残虐な処刑はぴたりとやんでいた。
『紅蓮丸、炎丸、おぬし達の企てはとっくに拙者の耳に入っておった』
紅蓮丸は言葉を発する事が出来ずにいる。
『我らに隠し事が出来ると思っていたとはな。おぬし達の一言一動など、ここにいる全員が漏らさず把握しておる』
炎丸がうなだれた。
『全部バレてたってぇのかよ…気付かなかったぜぇ…』
イバラキがわずかに視線を動かした。
もしかしたら灯火丸を見たのかもしれない。
『おぬし達二人は計画が筒抜けだなどと思いもしなかったな?だが、灯火丸は気付いておった』
『あ…』
紅蓮丸が小さく声を漏らした。
そういえば灯火丸はそう言っていた。計画はイバラキにバレていると。
だが自分達はその言葉を取り合わなかったのだ。
『このままでは間違いなく失敗すると確信した灯火丸はな、おぬし達を裏切って拙者に打ち明けに来たのだ』
兄二人は唯一動かせる首を必死に曲げて灯火丸を見た。
横に向いている顔は見えなかったが、うつぶせに倒れた小さな弟はぐったりとして動かない。
全身がぼろぼろで着物は流れた血で赤黒く染まっている。
『この幻龍の中にあって、拙者はどのような裏切りをも許さん。それはおぬしらも存じておろう。灯火丸とてもちろん知っておる。それでもなお、おぬし達を裏切ったのだ。そしてこう言ったのだ。兄達を殺さないでほしい、と』
イバラキはその時の灯火丸の言葉を、必死に地面に額をこすりつけている姿を思い返す。
『兄達が何かおかしな動きをしても命だけは助けてあげてほしいんです。僕も全力で止めますが、僕の意見を聞き入れる人達じゃないから…もちろんどれだけ痛めつけてもかまいません。でも殺さないであげてほしいんです。浮かれた人達の愚行なんです。大目に見てあげていただけませんか。何卒お願いします』
『どれだけ痛めつけてもかまわんと?』
『はい!一向にかまいません!!』
『それは、紅蓮丸と炎丸を、か?それともおぬしも含まれておるのか?』
イバラキがいたずらっぽく訊くと、灯火丸は間髪を入れずに答えた。
『もちろん僕もです。僕も炎一族の人間ですから。むしろ』
『むしろ?』
『僕の命と引き換えに兄達を助けていただけるならそれでもかまいません』
イバラキはふふんと笑う。
『良いのか?そのような事を簡単に口にしても。拙者は子供だろうがかまわず殺すぞ』
灯火丸はごくりと喉を鳴らして、それでも
『もちろん分かってます』
とはっきり答えた。
イバラキは少し黙って、そして立ち上がった。
『灯火丸、おぬしにとって紅蓮丸と炎丸は命を懸けるに値する兄か?』
イバラキの問いかけの声は真剣だった。
だがそれに対する灯火丸の答えは更に真剣なものだった。
『イバラキ様らしからぬ愚問です。兄達にその価値がなければ僕はこのような虫のいい頼みなどしません』
イバラキは回想しながら足元の紅蓮丸と炎丸に話し続けた。
『言っておったぞ。長兄紅蓮丸あってこそ一族の再興が叶うのだと。そしてそれを補佐出来るのは炎丸以外におらんのだと。幼き自分など悲願成就の為の捨て石になれれば本望、と』
紅蓮丸が歯を食いしばった。
不甲斐ない自分に対する悔し涙が床に溜まっていた。
そこへ、
イバラキが急に声を荒げた。
『悲願とは、そのぐらいの覚悟を持って成就を望むものだ!!』
空気がびりびりと震えた。
『貴様らにその覚悟があったか!?どれだけ痛めつけられようと、命を落とす事になろうとも目的を果たす覚悟が!!』
炎丸は涙で濡れた床に額を押し付けてその声を聞いている。
『家族を、兄弟を、まだ幼い弟を犠牲にしても本懐を果たす覚悟が!!』
イバラキは倒れている灯火丸の襟を掴み、引きずって二人の前に放り投げた。
『ひっ!』
思わず目を閉じる。
『目を開いてよく見てみろ』
イバラキの厳しい声に、紅蓮丸と炎丸がおそるおそる目を開く。
そこには、傷と痣にまみれ、腫れ上がって別人と化した灯火丸の顔があった。
思わず目を逸らしそうになる。
『目を逸らすな!しっかり見ろ!貴様らの不甲斐なさが招いた結果だ!灯火丸が命を賭してまで何を伝えたかったのかをしかと思い知れぃ!!』
イバラキがここまで声を荒げるなどめったに無い事だった。
その凄まじさに寺自体がしばらく震えていた。
その間ずっと嗚咽を漏らしていた紅蓮丸だったが、振動が消えると突然声を張り上げた。
『分かったわよ!!覚悟の何たるか!!願いを叶えるとはどういう事か!覚悟ってのは全ての責任を、罪を、罰を背負う意思って事なのね、よーく分かったわ。私はね、これからその覚悟を持って炎一族の再興を目指す!そして、命を懸けてイバラキ!あんたを殺す!灯火丸のかたきを取る!!でも、その前に、幻龍組にはちゃんと恩を返すわ。そして罪滅ぼしもする』
紅蓮丸は睨み付けるようにイバラキを見た。
その目は、恨みがこもったようにも、腹を括って覚悟を決めたようにも見えた。
両方だったのかもしれない。
その瞳に炎を浮かべて、紅蓮丸は叫んだ。
『だからイバラキ様!今度こそ、命懸けであなた様に従います!我ら二名、改めて幻龍の配下にお加え下さい!!』
イバラキは、
何も言わず、しばらく厳しい表情で二人を見下ろしていたが、
にやりと笑うと踵を返しながら
『三名まとめてなら向かえ入れよう』
と言い残し、本堂から出て行った。
その後について他の忍び達も外へ出て行く。
紅蓮丸と炎丸は拘束を解かれ自由の身になった。
『三人まとめてなら、って…まさか?』
紅蓮丸が慌てて灯火丸を抱え起こす。
すると
腫れて血の痕も生々しい灯火丸の唇がかすかに動いた。
『と、灯火丸!?い、生きてる!灯火丸生きてる!!』
炎丸も這うように近付いて弟の顔を覗きこんだ。
『灯火丸!!良かったぜ!本当に良かったぜぇ!!』
号泣して喜ぶ兄達を見て灯火丸は
『お、にぃ、ちゃん、か、かっこ、よかった、よ…』
と、声にならぬ声を吐き出して
再び気を失った。
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