2014-12-31(Wed)
小説・さやか見参!(255)
さやかと心太郎が庚申教を調べる為に旅立った頃、幻龍イバラキをはじめとする幻龍組の面々は青峰という本土中部の小藩に拠点を移していた。
かつて藩主や大名を操り天下を平定させるという実験に及んだイバラキだったが、それが逆に人心を荒廃させ社会を歪ませるという事に気付き、新たな策を模索していたのだ。
イバラキが多くの血を流し屍の山を築いてまで作りたいのは『嘘のない世の中』である。
騙す事も騙される事もない世の中。
それがイバラキの理想なのだ。
だがそれは子供じみた願いだという事は自覚している。
人間とは結局騙し騙されるものなのだ。
だからこそ権力者を操ってそれを御法度と定めてみた。
しかし法で抑圧された人々は疑心暗鬼に陥りイバラキの願いとは全く逆の結果を生んでしまった。
そこでようやくイバラキは思い至ったのである。
『人間の心そのものを変えるしかない』
と。
『心』というものを考える時、イバラキの脳裏には必ず山吹たけるの、そして山吹さやかの顔が浮かんだ。
そして一角衆幹部、血讐の顔が浮かんだ。
山吹兄妹と一角衆は対極の性質を持っている。
実直だったたける、感情のままにぶつかってくるさやか。
他人を欺き、人心を操る一角衆。
それはイバラキの思考の根幹に刷り込まれた図式であった。
それを思うとやはり一角衆のやり方は己の望むものではなかろうとイバラキは考える。
しかし、
それでは山吹の性質が理想なのかというとそうではない。
イバラキはいつもここで思考停止してしまう。
たけるやさやかのあり方は本当に理想から外れているのか?
己の感情が、認める事を拒否しているだけではないのか?
そんな疑問が浮かんでくるからだ。
その証拠に、『どこが理想と違うのか』と考えても答えが見つからない。
その証拠に、かつてはたけるに親近感を持っていた。
だがイバラキはそれを認めたくはなかった。
認めてしまっては今の自分が崩壊してしまうような、そんな気がしていたからだ。
やはり、イバラキも感情で動いてしまう忍者なのだ。
一角衆の間者だった妻をして
『愛だの恋だの語る忍びは三流以下』
と言わしめた程度の男なのだ。
考えるまでもない、
こちらが一角衆を否定せずとも、とっくに向こうから否定されていたのだ。
そして否定されたイバラキを癒したのは山吹たけるの
『こっちも言ってやりますよ。愛も恋も知らない者は山吹では忍び扱いされませんけどねぇ、って』
という言葉だったのではなかったか。
やはり、
イバラキは長い間閉じていた瞼を開いて苦笑した。
これ以上は考えない方が良さそうだ。望まぬ結論しか出そうにない。
『あの…』
遠慮がちに声をかけてきたのは炎三兄弟の末弟、灯火丸である。
イバラキの瞑想が終わるのをずっと待っていたのだ。
『用があるのならすぐに声をかければ良いのだ』
灯火丸はかなりの時間傍で待っていた。
その気配には早々に気付いていたが、いつまでも待つような態度であったから放っておいたのだ。
『急ぎじゃなかったから』
子供らしい笑顔を浮かべる。
『気を遣い過ぎだ。まぁ兄二人があれではおのずとそうなるのかもしれんが』
『お恥ずかしい限りです』
灯火丸が笑顔のまま眉間に皺を寄せる。
『あの二人、また悪巧みでもしておるのか』
そう言ってにやりと笑うと灯火丸が驚いて顔をあげた。
『よくご存知で』
『なめるなよ』
イバラキが愉快そうに笑った。
『どうせ拙者の隙をつき、この幻龍組を乗っ取る程度の愚策であろう。馬鹿馬鹿しい』
『全くその通りです。ほんと馬鹿馬鹿しい。助けてもらった恩もあるし力の差も歴然としてるのに。残念な兄達です』
幼い賢弟は本当に残念そうな表情をしてうつむいたが、顔をあげると
『あの二人、一族の再興って夢に浮かされて周りが見えなくなっちゃってるんです。自分達とイバラキ様の力の差すら見えなくなっちゃうぐらいに。幻龍組の乗っ取りだって、僕が聞いても杜撰を通り越してもはや無策なんです』
と一気にまくしたてた。
それから少し黙って、言いにくそうに
『だから…』
と呟いた。
『だから?』
イバラキが訊き返す。
『だから兄達が何かおかしな動きをしても命だけは助けてあげてほしいんです。僕も全力で止めますが、僕の意見を聞き入れる人達じゃないから…もちろんどれだけ痛めつけてもかまいません。でも殺さないであげてほしいんです。浮かれた人達の愚行なんです。大目に見てあげていただけませんか。何卒お願いします』
灯火丸が地面に額をこすりつけて懇願した。
『どれだけ痛めつけてもかまわんと?』
『はい!一向にかまいません!!』
しばらくの沈黙が流れた。
その間土下座していた灯火丸には見えなかったが、イバラキはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
かつて藩主や大名を操り天下を平定させるという実験に及んだイバラキだったが、それが逆に人心を荒廃させ社会を歪ませるという事に気付き、新たな策を模索していたのだ。
イバラキが多くの血を流し屍の山を築いてまで作りたいのは『嘘のない世の中』である。
騙す事も騙される事もない世の中。
それがイバラキの理想なのだ。
だがそれは子供じみた願いだという事は自覚している。
人間とは結局騙し騙されるものなのだ。
だからこそ権力者を操ってそれを御法度と定めてみた。
しかし法で抑圧された人々は疑心暗鬼に陥りイバラキの願いとは全く逆の結果を生んでしまった。
そこでようやくイバラキは思い至ったのである。
『人間の心そのものを変えるしかない』
と。
『心』というものを考える時、イバラキの脳裏には必ず山吹たけるの、そして山吹さやかの顔が浮かんだ。
そして一角衆幹部、血讐の顔が浮かんだ。
山吹兄妹と一角衆は対極の性質を持っている。
実直だったたける、感情のままにぶつかってくるさやか。
他人を欺き、人心を操る一角衆。
それはイバラキの思考の根幹に刷り込まれた図式であった。
それを思うとやはり一角衆のやり方は己の望むものではなかろうとイバラキは考える。
しかし、
それでは山吹の性質が理想なのかというとそうではない。
イバラキはいつもここで思考停止してしまう。
たけるやさやかのあり方は本当に理想から外れているのか?
己の感情が、認める事を拒否しているだけではないのか?
そんな疑問が浮かんでくるからだ。
その証拠に、『どこが理想と違うのか』と考えても答えが見つからない。
その証拠に、かつてはたけるに親近感を持っていた。
だがイバラキはそれを認めたくはなかった。
認めてしまっては今の自分が崩壊してしまうような、そんな気がしていたからだ。
やはり、イバラキも感情で動いてしまう忍者なのだ。
一角衆の間者だった妻をして
『愛だの恋だの語る忍びは三流以下』
と言わしめた程度の男なのだ。
考えるまでもない、
こちらが一角衆を否定せずとも、とっくに向こうから否定されていたのだ。
そして否定されたイバラキを癒したのは山吹たけるの
『こっちも言ってやりますよ。愛も恋も知らない者は山吹では忍び扱いされませんけどねぇ、って』
という言葉だったのではなかったか。
やはり、
イバラキは長い間閉じていた瞼を開いて苦笑した。
これ以上は考えない方が良さそうだ。望まぬ結論しか出そうにない。
『あの…』
遠慮がちに声をかけてきたのは炎三兄弟の末弟、灯火丸である。
イバラキの瞑想が終わるのをずっと待っていたのだ。
『用があるのならすぐに声をかければ良いのだ』
灯火丸はかなりの時間傍で待っていた。
その気配には早々に気付いていたが、いつまでも待つような態度であったから放っておいたのだ。
『急ぎじゃなかったから』
子供らしい笑顔を浮かべる。
『気を遣い過ぎだ。まぁ兄二人があれではおのずとそうなるのかもしれんが』
『お恥ずかしい限りです』
灯火丸が笑顔のまま眉間に皺を寄せる。
『あの二人、また悪巧みでもしておるのか』
そう言ってにやりと笑うと灯火丸が驚いて顔をあげた。
『よくご存知で』
『なめるなよ』
イバラキが愉快そうに笑った。
『どうせ拙者の隙をつき、この幻龍組を乗っ取る程度の愚策であろう。馬鹿馬鹿しい』
『全くその通りです。ほんと馬鹿馬鹿しい。助けてもらった恩もあるし力の差も歴然としてるのに。残念な兄達です』
幼い賢弟は本当に残念そうな表情をしてうつむいたが、顔をあげると
『あの二人、一族の再興って夢に浮かされて周りが見えなくなっちゃってるんです。自分達とイバラキ様の力の差すら見えなくなっちゃうぐらいに。幻龍組の乗っ取りだって、僕が聞いても杜撰を通り越してもはや無策なんです』
と一気にまくしたてた。
それから少し黙って、言いにくそうに
『だから…』
と呟いた。
『だから?』
イバラキが訊き返す。
『だから兄達が何かおかしな動きをしても命だけは助けてあげてほしいんです。僕も全力で止めますが、僕の意見を聞き入れる人達じゃないから…もちろんどれだけ痛めつけてもかまいません。でも殺さないであげてほしいんです。浮かれた人達の愚行なんです。大目に見てあげていただけませんか。何卒お願いします』
灯火丸が地面に額をこすりつけて懇願した。
『どれだけ痛めつけてもかまわんと?』
『はい!一向にかまいません!!』
しばらくの沈黙が流れた。
その間土下座していた灯火丸には見えなかったが、イバラキはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。