2013-11-02(Sat)
小説・さやか見参!(200)
音駒を襲った血飛沫鬼・血塗呂と心太郎との戦いから遡る事数ヶ月、
日吉藩を中心に、とある辻占の噂が話題となっていた。
日吉は金丸や鳥飼からもほど近い場所にあり、街道として旅人で賑わう藩である。
辻占は通りすがりの人々の何気ない声を神託とし吉凶を占うものである。
人通りが少なければ言葉にも希少性が生まれるし、人出が多ければ多くの言葉を拾う事が出来る。
どちらを選ぶかは流派や得手不得手で分かれるのかもしれない。
噂の辻占は多くの言葉から託宣を受けているようだ。
だがこの辻占が噂になっているのには理由がある。
いつ、どこの誰がは分からぬが、ある男が後に噂になるその辻占を偶然に見かけ己の金運を占ってもらおうとしたそうである。
だが辻占(老人だったそうだ)は、『そのような占いはしておらぬよ』と一蹴したらしい。
『なんでだよ、おめぇさん占いを生業にしてるんじゃねぇのかよ』
『物を知らんようだね。わしは辻占をやっておる。辻占いはやっておらんのだ』
『つじうら?つじうらない?そりゃ同じじゃねぇのか?』
『人を見て万象の吉凶を占うのが辻占。人の吉凶を占うのが辻占いじゃよ。商売になるのは人を見る方じゃ』
『じゃあおめぇさんはもっと大きい、例えば天下を占ってるってわけか?』
『時には天下が見える事もある。世界が見える事も、宇宙が見える事も』
『でっけぇ話だな、おい。でもさ、俺だって宇宙の一部、世界の一部、天下の一部にゃ違いねぇ。だったら俺の事だって少しは見えるだろうよ』
男は調子付くと止まらなくなる性格だったようだ。
老いた辻占はやれやれとかぶりを振り、
『占いでなくても良いなら、見てやらんでもないぞ』
と言った。
『は?占いでなくてどうやって見るんだよ?』
『おぬしの事を見てみるだけなら別のやり方がある。ただし望んだ結果が出ると思うなよ』
脅すようにそう言うと、老人は目を閉じた。
そしてそのまま、ゆっくりと時が過ぎる。
最初は何が起きるかと緊張していた男もやがては呆れて
『おいおい、寝ちまってんじゃねぇのか?』
と軽口を叩いたその時である。
老人の目は開かなかったが唇がわずかに開いてもごもごと動いた。
そして…
次にその口から出た声は、高く、若い女のものだった。
『あんた…私が死んだばかりだと言うのにずいぶん遊び歩いてるじゃないか』
『…えっ?』
男がぎょっとする。
『最愛の嫁がこの世に未練を残さないように、せめて立派な葬式を出してやりたいなんてほざいて、私の親族から集めた金でよくも遊べたもんだねぇ、結局葬式も出さずにさ』
男が脂汗を浮かべてわなわなと震えた。
『なに、なに言ってんだおめぇ』
だが老人は眠ったように動かないまま喋り続けた。
『まだ分かんないのかい周造さん、私だよ、病で死んだっきり亭主に弔ってももらえない、あんたの最愛の嫁、おちかだよ!!』
『ひいぃ!』
男はその場で腰を抜かした。
確かに、確かに今聞いている声は妻、おちかの声だったのだ。
『お、おちか!おまえ、なんで』
『決まってるだろ!成仏も出来ないもんでね、ずっとあんたの背中に貼り付いてんのさ!葬式代かっぱらって遊んでる人でなしに金運が回ってくると思ってんのかい!?残念だったね!私が憑いてる内はあんたの運は下がる一方さ!死ぬまでね!』
『ゆ、許してくれ、おちか!!』
男はひぃと情けない声を上げると這いずる様にその場を逃げ出した。
『今さら弔ったって無駄だよ!あの世で私に詫びるんだね!』
老人は生きていた頃のおちかの声で絶叫すると、また眠ったように静かになり、いずれ目を開けた時にはただの年老いた辻占に戻っていた。
たまたまそれを見ていた者が、
『あの世の者を降ろして語らせる霊能者』
として辻占の噂を広めたのである。
この辻占、めったに見つからぬ上に、偶然会えたとしてもめったに降霊はせぬらしいが、運良く願いを聞き入れてもらえた者は、結果の良し悪しはともかく身近に亡くなった者の言葉を聞いているらしい。
そして山吹さやかも遠からずこの老人と出会う事になる。
その吉凶はまだ分からないのだが…
日吉藩を中心に、とある辻占の噂が話題となっていた。
日吉は金丸や鳥飼からもほど近い場所にあり、街道として旅人で賑わう藩である。
辻占は通りすがりの人々の何気ない声を神託とし吉凶を占うものである。
人通りが少なければ言葉にも希少性が生まれるし、人出が多ければ多くの言葉を拾う事が出来る。
どちらを選ぶかは流派や得手不得手で分かれるのかもしれない。
噂の辻占は多くの言葉から託宣を受けているようだ。
だがこの辻占が噂になっているのには理由がある。
いつ、どこの誰がは分からぬが、ある男が後に噂になるその辻占を偶然に見かけ己の金運を占ってもらおうとしたそうである。
だが辻占(老人だったそうだ)は、『そのような占いはしておらぬよ』と一蹴したらしい。
『なんでだよ、おめぇさん占いを生業にしてるんじゃねぇのかよ』
『物を知らんようだね。わしは辻占をやっておる。辻占いはやっておらんのだ』
『つじうら?つじうらない?そりゃ同じじゃねぇのか?』
『人を見て万象の吉凶を占うのが辻占。人の吉凶を占うのが辻占いじゃよ。商売になるのは人を見る方じゃ』
『じゃあおめぇさんはもっと大きい、例えば天下を占ってるってわけか?』
『時には天下が見える事もある。世界が見える事も、宇宙が見える事も』
『でっけぇ話だな、おい。でもさ、俺だって宇宙の一部、世界の一部、天下の一部にゃ違いねぇ。だったら俺の事だって少しは見えるだろうよ』
男は調子付くと止まらなくなる性格だったようだ。
老いた辻占はやれやれとかぶりを振り、
『占いでなくても良いなら、見てやらんでもないぞ』
と言った。
『は?占いでなくてどうやって見るんだよ?』
『おぬしの事を見てみるだけなら別のやり方がある。ただし望んだ結果が出ると思うなよ』
脅すようにそう言うと、老人は目を閉じた。
そしてそのまま、ゆっくりと時が過ぎる。
最初は何が起きるかと緊張していた男もやがては呆れて
『おいおい、寝ちまってんじゃねぇのか?』
と軽口を叩いたその時である。
老人の目は開かなかったが唇がわずかに開いてもごもごと動いた。
そして…
次にその口から出た声は、高く、若い女のものだった。
『あんた…私が死んだばかりだと言うのにずいぶん遊び歩いてるじゃないか』
『…えっ?』
男がぎょっとする。
『最愛の嫁がこの世に未練を残さないように、せめて立派な葬式を出してやりたいなんてほざいて、私の親族から集めた金でよくも遊べたもんだねぇ、結局葬式も出さずにさ』
男が脂汗を浮かべてわなわなと震えた。
『なに、なに言ってんだおめぇ』
だが老人は眠ったように動かないまま喋り続けた。
『まだ分かんないのかい周造さん、私だよ、病で死んだっきり亭主に弔ってももらえない、あんたの最愛の嫁、おちかだよ!!』
『ひいぃ!』
男はその場で腰を抜かした。
確かに、確かに今聞いている声は妻、おちかの声だったのだ。
『お、おちか!おまえ、なんで』
『決まってるだろ!成仏も出来ないもんでね、ずっとあんたの背中に貼り付いてんのさ!葬式代かっぱらって遊んでる人でなしに金運が回ってくると思ってんのかい!?残念だったね!私が憑いてる内はあんたの運は下がる一方さ!死ぬまでね!』
『ゆ、許してくれ、おちか!!』
男はひぃと情けない声を上げると這いずる様にその場を逃げ出した。
『今さら弔ったって無駄だよ!あの世で私に詫びるんだね!』
老人は生きていた頃のおちかの声で絶叫すると、また眠ったように静かになり、いずれ目を開けた時にはただの年老いた辻占に戻っていた。
たまたまそれを見ていた者が、
『あの世の者を降ろして語らせる霊能者』
として辻占の噂を広めたのである。
この辻占、めったに見つからぬ上に、偶然会えたとしてもめったに降霊はせぬらしいが、運良く願いを聞き入れてもらえた者は、結果の良し悪しはともかく身近に亡くなった者の言葉を聞いているらしい。
そして山吹さやかも遠からずこの老人と出会う事になる。
その吉凶はまだ分からないのだが…
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