2012-04-19(Thu)
小説・さやか見参!(160)
『鳥飼の藩主が出したお触れはね、
虚言妄言蜚語をもって他人を欺くを禁ず。
って内容だったんだって』
それを聞いて心太郎は、少し肩透かしをくらったような気持ちになった。
『お触れ…って、それだけっシュか?』
『そう』
『つまり、嘘とか噂話で他人を騙しちゃ駄目って事っシュよね』
『そう』
前のめりに聞いていた心太郎は身体を後ろに投げ出して脱力した。
『なーんだ。藩主様がどんな無理難題を言ったのかと思ったら、すごく立派な、ってか普通の内容じゃないっシュか』
『そうなのよ』
『人を騙しちゃいけないって事と、藩の人達が態度悪くなる事と関係あるようには思えないっシュけどねぇ。ましてや愛する許婚にまで冷たくなる意味が分からないっシュ』
『そうね。確かにこれだけじゃ意味分かんないでしょうね』
『え?』
心太郎が上体を起こす。
『他にも何かあるっシュか?』
『うん。このお触れにはね、条件が付いてるらしいの。いかなる理由があっても、とか、どんな意図の下にも、とか。つまり、騙す気がなくても結果的に騙したような結果になったら駄目って事ね』
『へぇ…。例えば、約束してた事が何らかの事情で出来なくなったりしたら、それも罰の対象って事っシュか』
『そういう事。それもかなり厳しい罰らしいわよ。場合によっては打ち首』
さやかは恐ろしい言葉を淡々と吐いた。
『えっ!騙す気がなくても!?』
『そう』
『そ、それは厳し過ぎじゃないっシュか!?』
『厳し過ぎよね。しかも、人を欺いた罪人の情報は役所に知らせる義務があるんだって』
心太郎はしばし言葉を失って、うむむと唸っている。
『で、でも、確かに厳しいっシュけど、騙したり騙されたりがなくなるのはいい事…っシュよね?』
『まぁね。でも程度によるわ』
さやかは立ち上がった。
今はもう男装を解いている。
月明りに照らされて髪がなびいた。
『鳥飼の善良な人達はね、些細な事でも故意でなくても嘘をついた人を見つけたら役人に知らせるようになったんだって。それはそうよね。それをしなかったら自分がお咎めを受けてしまうんだから。通報された人は裁かれて、何人も命を落とした。その結果、どうなったと思う?』
さやかに突然問い掛けられて心太郎はとまどった。
『え?…そして誰も嘘をつかなくなった…なんて…違うか。えーと…』
心太郎は考え込む。
さやかは黙って答えを待っている。
心太郎は情報を整理した。
今の話は富男とゆりの破局に繋がらなければならないのだ。
そしてようやく思い至る。
『…あ…、みんな、他人が信用出来なくなった?』
『そう』
さやかがうなずいた。
『この行き過ぎた善意のお触れはね、悪い方に転がってしまったの。嘘をついて密告された者は厳しい裁きを受ける。それを利用する奴が出てきたのね。つまり、気に入らない者、邪魔な者を、嘘つき呼ばわりして片っ端から密告しちゃうの。被害者面してね』
『でも実際は騙されてないんシュよね!?』
『そうよ。でもそんなの本人達同士の事だからね、役人には真偽は分からない。ただ被害者がいる以上、その訴えは本当だとして扱われちゃう』
『あんまりっシュ!冤罪じゃないっシュか!それは申し開き出来ないんシュか!?』
『自分はやってない、嘘なんてついてない、誰も騙してないなんて言ったって聞いちゃもらえないわよ。本物の罪人だって同じ事を言うんだから』
『そんな…』
『そうするとね、みんなが疑心暗鬼になる。誰かが自分を陥れようとしてるんじゃないかって猜疑心が強くなる』
さやかが心太郎に背を向けた。
おそらく悲愴な表情を見せまいとしたのだろう。
『周りの誰も信用出来なくなってね。あいつは自分を密告しようとしてるかもしれない、じゃあこっちが先に密告してやれ、って、みんながそう考えるようになった。そうして罪のない人達が互いに密告し合って、たくさんの人が裁かれた。領民の多くがね、罪人のぬれぎぬを着たくないばかりに、人を欺く本物の罪人になってしまったのよ』
虚言妄言蜚語をもって他人を欺くを禁ず。
って内容だったんだって』
それを聞いて心太郎は、少し肩透かしをくらったような気持ちになった。
『お触れ…って、それだけっシュか?』
『そう』
『つまり、嘘とか噂話で他人を騙しちゃ駄目って事っシュよね』
『そう』
前のめりに聞いていた心太郎は身体を後ろに投げ出して脱力した。
『なーんだ。藩主様がどんな無理難題を言ったのかと思ったら、すごく立派な、ってか普通の内容じゃないっシュか』
『そうなのよ』
『人を騙しちゃいけないって事と、藩の人達が態度悪くなる事と関係あるようには思えないっシュけどねぇ。ましてや愛する許婚にまで冷たくなる意味が分からないっシュ』
『そうね。確かにこれだけじゃ意味分かんないでしょうね』
『え?』
心太郎が上体を起こす。
『他にも何かあるっシュか?』
『うん。このお触れにはね、条件が付いてるらしいの。いかなる理由があっても、とか、どんな意図の下にも、とか。つまり、騙す気がなくても結果的に騙したような結果になったら駄目って事ね』
『へぇ…。例えば、約束してた事が何らかの事情で出来なくなったりしたら、それも罰の対象って事っシュか』
『そういう事。それもかなり厳しい罰らしいわよ。場合によっては打ち首』
さやかは恐ろしい言葉を淡々と吐いた。
『えっ!騙す気がなくても!?』
『そう』
『そ、それは厳し過ぎじゃないっシュか!?』
『厳し過ぎよね。しかも、人を欺いた罪人の情報は役所に知らせる義務があるんだって』
心太郎はしばし言葉を失って、うむむと唸っている。
『で、でも、確かに厳しいっシュけど、騙したり騙されたりがなくなるのはいい事…っシュよね?』
『まぁね。でも程度によるわ』
さやかは立ち上がった。
今はもう男装を解いている。
月明りに照らされて髪がなびいた。
『鳥飼の善良な人達はね、些細な事でも故意でなくても嘘をついた人を見つけたら役人に知らせるようになったんだって。それはそうよね。それをしなかったら自分がお咎めを受けてしまうんだから。通報された人は裁かれて、何人も命を落とした。その結果、どうなったと思う?』
さやかに突然問い掛けられて心太郎はとまどった。
『え?…そして誰も嘘をつかなくなった…なんて…違うか。えーと…』
心太郎は考え込む。
さやかは黙って答えを待っている。
心太郎は情報を整理した。
今の話は富男とゆりの破局に繋がらなければならないのだ。
そしてようやく思い至る。
『…あ…、みんな、他人が信用出来なくなった?』
『そう』
さやかがうなずいた。
『この行き過ぎた善意のお触れはね、悪い方に転がってしまったの。嘘をついて密告された者は厳しい裁きを受ける。それを利用する奴が出てきたのね。つまり、気に入らない者、邪魔な者を、嘘つき呼ばわりして片っ端から密告しちゃうの。被害者面してね』
『でも実際は騙されてないんシュよね!?』
『そうよ。でもそんなの本人達同士の事だからね、役人には真偽は分からない。ただ被害者がいる以上、その訴えは本当だとして扱われちゃう』
『あんまりっシュ!冤罪じゃないっシュか!それは申し開き出来ないんシュか!?』
『自分はやってない、嘘なんてついてない、誰も騙してないなんて言ったって聞いちゃもらえないわよ。本物の罪人だって同じ事を言うんだから』
『そんな…』
『そうするとね、みんなが疑心暗鬼になる。誰かが自分を陥れようとしてるんじゃないかって猜疑心が強くなる』
さやかが心太郎に背を向けた。
おそらく悲愴な表情を見せまいとしたのだろう。
『周りの誰も信用出来なくなってね。あいつは自分を密告しようとしてるかもしれない、じゃあこっちが先に密告してやれ、って、みんながそう考えるようになった。そうして罪のない人達が互いに密告し合って、たくさんの人が裁かれた。領民の多くがね、罪人のぬれぎぬを着たくないばかりに、人を欺く本物の罪人になってしまったのよ』
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