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2011-07-01(Fri)

アクションへの道(220)

これ書いて大丈夫かな~。

スポーツイベントみたいなのがあってですね、

そこで、体操の金メダリストが体操教室をするって話がありまして…

その前座みたいな形で僕らがヒーローショーをするって事になったんです。

体操教室の前座ならバク転とかバク宙とか、ちょっと体操らしい事を入れた方がいいんじゃないかという話になりまして、

まぁそーゆー技術を持つメンバーをキャスティングしたんですよ。

そんなこんなでイベント当日…

高名な金メダリストの体操教室という事で、会場には体操チームの少年少女がたくさん!!

やっぱりその道を志す者にとっては憧れの人なんでしょうね。

まずは僕らのショー。

10分の短いショーですが笑いありアクションありで大盛り上がりの大成功!

そしていよいよ真打ちの金メダリスト登場!

会場のテンションが上がります!

まずは挨拶から準備運動、そしてストレッチ…

さぁ、この後どんな体操教室が行なわれるのか…?

金メダリストの技を見れたりしちゃうのか!?

期待は高まります!!

いよいよ金メダリストが口を開きました!!

『今から“アブラハムの息子”を踊りま~す』



…えっ…?



『アブラハムの息子』と言ったら

『アッブラハ~ムに~は~7人の子♪』

という歌に合わせて腕を振ったり頭を振ったりする、アレ?


金メダリストは歌い始めました。

『アッブラハムの息子は7人目~』

やっぱりあの『アブラハムの息子』のようです。

しかも僕らが知ってるのとは歌詞もメロディーも微妙に違う…

金メダリストはフルコーラス歌って踊ってゼェゼェと息を切らせると、突如

『終わりッ!!』

と言い放ってステージを降りて去っていきました。


金メダリストの体操教室?????????


たくさんの少年少女や大人達、そして僕達の頭上にたくさんのクエスチョンマークを残したまま、イベントは終了したのでした。




一体なんだったんだ…


これは2003年のエピソードですね。
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2011-06-30(Thu)

アクションへの道(219)

ジャスティン坂本との初対面。

前回説明したように、マスコットキャラクターのアクターである僕はスタッフとも出演者とも呼べないポジションにいたワケですが、そんな僕からすればジャスティン氏は明らかに『出演者』の1人。

それでも気さくに話してくれるジャスティンに僕もついつい饒舌になってしまい、

『いつか何か一緒にやれたらいいですね~』

なんて言ってしまったりしていました。

メールアドレスを交換させてもらった僕は時々メールを送り、その度に、

『何か一緒にやりたいですね~』

と、しつこくアピールしていました。

実はこの頃すでに『さやか見参!』の腹案があったから、というのもあるのですが…

それからしばらくして、僕はジャスティンが指導を務めていたアクションスクールを見学させてもらいました。

そこは彼の師匠であるハリウッドスターが運営するアクションスクールで、ジャスティンは福岡支部を任されていたのです。

恐る恐る入ってみるとたくさんの元気な子供達の姿がありました。

この子供達がジャスティン坂本の教え子達なのです。

パンチやキック、刀を使ったアクション、体操や中国武術、太鼓など、メニューは多岐に渡ります。

そして何とこのスクール、指導は『英語』で行なわれていました。

『将来のハリウッドスターを育成する』という看板を掲げているだけの事はあります。

それらを全てこなしている子供達ってどれだけすごいんでしょう。

実際2007年の『さやか見参!』でジャスティンの教え子に出演してもらった事があるのですが、すごいアクションを披露してくれました。

僕がジャスティンのスクールを見学に行ったのは1回きりでしたが、この時に見たジャスティンの姿、

優しくも厳しい指導者の姿は僕の脳裏に焼き付いていて、武装をスタートさせた後もお手本にさせてもらってたりするのです。
2011-06-28(Tue)

アクションへの道(218)

僕は『さやか見参!』の元になる企画を個人的に進め始めました。

一番最初に行なったのは、主人公のくのいち『山吹さやか』の衣裳を作る事でした。

『さやか見参!』の企画が次に動きを見せるのは2005年になりますので、そちらはまた後ほど…


しばらくは2003年~2005年の間で印象に残っているエピソードを紹介していきたいと思います。

その時期には僕の中で大きな出来事がありました。

それは

『ジャスティン坂本との出会い』

です。

2007年に創設メンバーとしてアトラクションチーム武装に参加してくれたジャスティン坂本ですが、出会い自体はかなり早かったのです。

この出会いについては今まで何度も書いてますが、今回も改めて…

僕が参加していたテレビ番組の忘年会での事、

僕はいつものように、大勢のスタッフ&出演者の中で、特に誰と話す事もなく片隅で座っておりました。

出演者のタレントさん達はプロデューサーさんやディレクターさん達と話してるし、撮影スタッフさん達はスタッフさん同士で飲んでたりします。

さて、僕の立ち位置はどこなんでしょう。

スタッフさん達の輪に入る事は出来ません。

キャラクターのアクターはは、どちらかと言うと出演者に近いのです。

では出演者の皆さんに混じればいいのでしょうか。

残念ながらそれも無理です。

番組の顔であるタレントさんとキャラクターのアクターは全く違うのです。

出演者と名乗っていいのはキャラクターの外見であって中身ではないのです。

そんなワケで僕はスタッフさんの輪にも出演者さんの中にも入れず、1人で座っていたのです。

そんな僕の所に、僕が話せる数少ないスタッフさんが来て言いました。

『内野さん、新しく入ったリポーター候補がいるんですけど、アメリカでアクションの修行をしてきたらしいですよ』

『えっ、アメリカで?それはすごいですね!』

『シ●ー・コ●ギって知ってます?』

『知ってます知ってます!もちろん知ってますよ!
忍者ブームの立て役者じゃないですか!』

『その人の弟子だったらしいですよ』

『それはホントにすごい!』

『話してみます?』

『話します話します!
是非お願いします!!』

しばらくして僕の所にやって来たのは腰の低いマッチョネス。

笑顔の素敵な男、それがジャスティン坂本だったのです。
2011-06-28(Tue)

アクションへの道(217)

僕はオリジナルショーの案として『忍者ショー』を企画しました。

メジャーヒーローとは毛色の違うもので、衣裳の調達・製作も比較的容易、アクションの幅を広げる事も出来るというのが利点だと考えたからです。

この企画を動かしていたのは後輩のTですが、実質の中心人物はS君、

このブログにもよく登場する、僕の同期のS君でした。

中心人物と言ってもS君が何かをするワケではありません。

彼はアクションの能力は高いのですが、ナイーブ故に行動力に欠けるのです。

つまり、失敗が怖くて動けないタイプなんです。

そうなると必然的に、お膳立ては周りがする事になります。

しかしS君はかなりの気分屋。

機嫌を損ねるとヘソを曲げて何もしてくれなくなります。

なので企画もS君が乗り易いものになってきます。

それがS君が中心人物たる所以なんです。


まぁそんな感じで忍者ショーの企画が立ち上がりまして、当のS君は

『俺は自分からは動かないから、みんなが俺を神輿として担ぎ上げてくれ』

なんて言っておりました。
そんなS君の言葉通りに周りは活動開始に向けて動き出し、それぞれの担当なども振り分けが決まってきました。

S君はアクション担当、

Tは営業担当、

僕は造形やシナリオ製作などの担当。

中古の忍び装束を購入したりして、少しずつではありますが準備は進んでいました。

ここで―

今まで漠然としていたものが形になり始めた事で、S君の腰が引けてしまったようなのです。

新しい事にチャレンジするのは怖い、

それで失敗するのはもっと怖い。

根拠のない自信を糧に生きているS君にとって、チャレンジして失敗する事は自信を打ち砕かれる事なのです。

それなら最初から何もやらない方がいい、

きっとそう思ったのではないでしょうか。

それぞれの役職の名刺を作り、それをS君に渡した時、彼はこう言いました。

『名刺を作るなんて俺は聞いてない!

俺の知らない所で勝手に話を進めやがって!

俺は不愉快だ!この話からは降りさせてもらう!!』

明らかに言い掛かりです。

自分の弱さを認めたくなくて、周りの環境のせいにして逃げたのです。

僕の想像通り、

いえ、想像より遥かに早くプロジェクトは消滅しました。

強い意思と同じベクトルをメンバーが持たなければ、チームを維持するのは困難なのです。

僕は、

何を隠そう、こうなった後の事も考えていました。

残されたTに

『この企画は今後動く可能性があるのかな?』

と聞くと

『いや、もう動かんでしょう』

との答え。

僕は言いました。

『じゃあさ、この忍者ショーの企画、俺が1人でやってもいい?』

設定もデザインも、まだ全て僕の頭の中にしかありませんから、僕以外の人間には進めようがないのです。

Tの許可をもらい、僕は忍者ショーの企画を譲り受けました。

それが現在の

『忍者ライブショー さやか見参!』

なのです。
2011-06-27(Mon)

アクションへの道(216)

自分の所属するチームを潰す計画が持ち上がり、それに荷担する事にした僕。

それは、いきなりクビを切られたベテランアクター達が自分達でチームを興し、徐々に現場を乗っ取っていくというような計画でした。

なぜ僕がそれに協力する事にしたのか。

第1の理由は、彼らの憤りが分かるからです。

チームのシステムが変わった事も教えてもらえず、それによって知らない間にクビになった彼らには復讐を誓う権利ぐらいあると思うんです。

第2の理由は、その計画が上手くいかないと確信していたからです。

自分達でチームを作り、かつての現場を奪っていくには色々な物が必要になってきます。

キャラクターショーの現場というのは、金額が安くて技術が確かなら取れるというものではありません。

人と人の繋がり、すなわちクライアントさんとの信頼関係が必要なんです。

これまで付き合いのあったチームを切り捨て、面識のない新参チームに仕事を頼むクライアントさんはそうそういないでしょう。

どこの現場でだって、クライアントさんとショーチームは上手く付き合っていけるように人間関係を築いているのです。

そこに入り込むだけの強烈な営業力がOB連にあるか?

全くないでしょう。

彼らはベテランアクターであって、営業マンではないのですから。

そして、自分達でチームを作るという事は、オリジナルのキャラクターで勝負していく事になります。

テレビで人気を博しているメジャーヒーローに対し、素人が作り出したオリジナルヒーローで勝負を挑まなければならないのです。

ローカルヒーローやオリジナルヒーローがブームとなった昨今ならいざ知らず、この当時にメジャーヒーローを脅かすオリジナルヒーローを生み出す事は容易ではなかったでしょう。

さらに、『復讐』以外の部分の結束も気になっていました。

彼らを見ていると、

『仲の良い者達で集まって何かやろう』

ぐらいの意識しか感じられなかったのです。

仲良しチームは得てしてリーダー不在になりがちです。

ケンカにならないようお互いに気を遣う為、『みんなの意見を取り入れる』ような曖昧な活動方針になるからです。

しかしそれでチームが発展するハズがありません。

方針を定めるリーダーが必要だし、他のメンバーがリーダーの意見を尊重しなければ進んでいけないのです。

もちろんぶつかり合う事もあるでしょう。

その時にチームが『崩れる』か『固まる』か、それを決定づけるのはメンバー全員の

『チームで進んでいこうとする意思』

だと思うんです。

どうしても意見が合わなくてぶつかり合った時に、

『あーもうオマエらとは意見が合わん!こんなチームじゃやっていけんわ!』

と思うのか、

『あーもうオマエらとは意見が合わん!こんなチームで前に進んでいく為にはどうしたらいいんやろ?』

と考えるのか、

そこが大きな分かれ道なんです。

『チームで進んでいこうとする強固な意思』がなければこれは難しい。

自分達で作ったものは自分達で壊せるからです。

壊してもよいものを壊さずに維持するのは本当に大変なんですよね。

仲間内で作った団体が簡単に自然消滅してしまうのは『維持させようという信念』がないからなんです。

自然消滅を避ける為にも、強い意思を持つリーダーの存在は不可欠だと思います。

そして、

OB達の反乱計画には必要な全ての要素が欠けているように見えたのです。

計画を推し進めて、もし成功したならば

(現場乗っ取りは無理なので、活動が軌道に乗るという意味での成功)

OB達の成長になるし、失敗すれば厳しさを知る事でそれも成長に繋がるだろう、

なんて考えから僕は協力する事にしたのです。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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