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2011-12-08(Thu)

小説・さやか見参!(120)

イバラキはさやかに近付いた。

戦いを遠巻きに見ていた下忍達も、恐る恐るついて来る。

さやかは完全に気を失っているらしく、うつぶせに倒れたまま動かない。

動いているのは、荒い呼吸に合わせて上下している背中ぐらいだ。

イバラキは、さやかの腰に下がった赤い袋を見た。

そして、

『ふん、やはりか』

と呟いた。

この袋にはイバラキが狙う巻き物が入っている。

もちろん厳重に閉じられてしっかりと封がしてあるのだが、イバラキが目を止めたのはそこではない。

その袋を編んでいる素材だ。

一見すると通常の生地と見分けがつかないが、それは山吹流が使う特殊な繊維で編まれているのだ。

かつて、

イバラキがまだ十二組に属していた頃に教えてもらった事がある。

何から作られるのか分からないが、その繊維はまるで金属のように強い。

斬る事も焼く事も適わない。

つまり、この袋から巻き物を取り出す為には封を解くしかないのだ。

そしてその封に使ってあるこよりもまた同じ繊維で編まれている。

こよりの結び方も特殊で、山吹流だけでも120種類ほどあると言い、正しい解き方は山吹の上忍しか知らぬとの事だ。

もし無理矢理開こうとしたらどうなるか。

繊維に共に織り込まれた発熱素材が炎を上げ、奥義の巻き物を焼いてしまうのだ。

さやか本人か、山吹の上忍に封を解かせるしかない。

『とりあえず、こやつを連れて帰るしかあるまい』


独り言のようなイバラキの言葉に下忍が一斉に動き出し、さやかを捕らえた。

さやかはまだぐったりとしている。

その様子を見てイバラキは、満足したようにうなずいた。

そして、

『さて…』

と振り返り、一点を見つめた。

『今度はおぬし達か』

言葉の先には人の姿はない。

葉の落ちた枝々が時折揺れるだけの静かな風景である。

『戦いが終わるのを殊勝に待っておったのか。ご苦労な事だな』

すると、

『お気遣い感謝するわ』

無人の空間から、それに応じる声がした。

『まぁ見てて退屈はしなかったぜ』

さやかを捕らえたままの下忍達がたじろぐ。

目の前の景色が一瞬ゆらぎ、そこから男女が現われたからだ。

それは一角衆の刺客、断と封だった。
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2011-12-06(Tue)

小説・さやか見参!(119)

動きを封じられたさやかには反撃のしようもなかった。

腕を取ってしまえば押すも引くも思いのまま、

つまり、今のさやかは完全にイバラキの手中にあったのである。

腕を掴んだ勢いを利用して、イバラキはさやかの体勢を崩し、その腹に膝を入れた。

『ぅげぇっ!』

つんのめった所にねじ込まれた攻撃で、さやかの口から胃液が流れた。

がつん

衝撃と共にさやかの記憶が飛んだ。

腹部の痛みに気を取られた瞬間、首筋に手刀が振り下ろされたのだ。

延髄を打たれ意識を失ったさやかが前のめりに倒れた。

だがイバラキは手を緩めない。

倒れる事を許さぬかのように、失神しているさやかの襟を掴んで無理矢理引き起こす。

強制的に覚醒させられたさやかは、朦朧としながらも敵に刀を向けた。

イバラキの脳天を狙った刃にはすでに力は無い。

おそらく意識が混濁したままなのだろう。
戦意が感じられないのだ。

ただ、『忍びの本能』、のようなものだけで戦いを続けているに違いない。

イバラキは己を狙う華奢な腕を鋼の手で掴んだ。

ぎりりと力を入れ、手首を締め上げる。

『うっ』

小さな呻きが聞こえた。

柄を握る指がほどけて刀が落ちる。

勝負はついた。

イバラキがにやりと笑いながら腹を蹴りつけると、さやかは身体をくの字に折ったまま、崩れるように倒れた。

それを踏み付けてイバラキが問う。

『山吹さやか、もう終わりか?』

答えは無い。

『ふん』

背に乗せた足を下ろすと、イバラキはさやかの頭部を蹴りつけた。

倒れた少女は動かなかった。

呻き声すらない。

それをしばらく見て、ふんと鼻を鳴らしたイバラキは、

『さて、それではいただくか。山吹の奥義を』

と楽しげに言った。
2011-12-05(Mon)

小説・さやか見参!(118)

さやかは刀を抜きざま横に払った。

斬れるとは思っていない。

イバラキの猛追を一瞬でも退けたかっただけだ。

鋭い斬撃だったが、イバラキはそれをふわりとかわした。

後方に跳んだイバラキが静かに着地する。

さやかも刀を振った反動を使って後ろに跳ぶ。

ようやく距離が生まれた。

だがこの程度の距離、イバラキなら瞬時に詰めてくる。

さやかは打たれた水月の痛みに耐えて隙なく身構えた。

まさかここまで手も足も出ないとは思わなかった。

やはりイバラキは強敵だ。

イバラキの連続攻撃には『発』『蓄』の他にも特徴があった。

それは『漏』と『補』と呼ばれる技術だ。

これは簡単に説明すれば、隙の出来た場所(漏)を攻める(補)という事であるが、攻撃を補と呼ぶ所に秘訣が隠されている。

これは自らの攻撃で積極的に隙を作り出し、その隙を攻める事で次の隙を作り出す、言わば『攻めの無限連鎖』なのだ。

『発』『蓄』、『漏』と『補』を併用すれば、相手に反撃の機を与えず倒す事も不可能ではない。

加えて『漏』と『補』には絶大な効果があった。

漏というのは物理的な隙だけではない。

『気』が欠けた場所でもあるのだ。

気が欠けた場所を攻めればその威力は数倍にもなる。

『顔を殴られる』と分かって身構えていれば、気を集中出来るので実際に殴られても存外耐えられるものだ。

しかし、完全に油断した(気が欠けた)状態でいきなり殴られた時の衝撃は殊の外大きい。

イバラキは先ほどの攻撃で、上段を連続して攻め、さやかが受けに集中した所で中段を狙っていた。

または中段から上段と、さやかの気を分散させながら戦っていたのだ。

格闘の常套技術ではあるのだが、あれほどの速度、あれほどの正確さで使いこなす忍びを、さやかは他に知らなかった。

わずかに距離を取ったところでイバラキの猛攻は止まらないだろう。

だが、意に反してイバラキは動かなかった。

(!?)

攻めてこない。

今までの高速攻撃が嘘だったかのようにゆるりと立ってさやかを見ている。

(どういうつもり?)

さやかもイバラキを見た。

イバラキは―

仮面の下で笑っていた。

敵は楽しんでいる。

自分をじわじわと追い詰めて楽しんでいるのだ。

小さな獲物を嬲る肉食獣のように。

態勢を立て直すのを待ち、呼吸を整えさせた上で改めて痛め付けるつもりなのだ。

さやかの内側にかっと怒りが燃え上がった。

(馬鹿にしてんじゃないわよ!)

さやかが刀を振り上げて斬りかかった。

まるで攻撃を誘うように両手を広げているイバラキの側頭部を狙って刀を振る。

イバラキはそれを躱し、さやかの背中へ手刀を打ち込んだ。

さやかは体勢を崩し地面に片膝を着いたが、それでもどうにかイバラキの脚目掛けて刀を薙いだ。

きんっ

鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

イバラキは鉄製の脚絆で刀を受け止めていた。

『ちっ!』

さやかは素早く回転して突きを繰り出した。

だがそれすらも易々と躱されてしまう。

さやかは腕を掴まれ身動きが取れなくなった。

通じない。

何もかも通じない。
2011-12-04(Sun)

小説・さやか見参!(117)

さやかは吹っ飛ばされた勢いで地面をごろごろと転がった。

殴られた衝撃で一瞬意識を失ったが、回転しながら覚醒し、どうにか立ち上がる。

水月を打たれたせいで呼吸もままならなかったが、迫る危険がさやかを動かしていた。

立ち上がったさやかにイバラキの連続攻撃が繰り出される。

こめかみ、頭頂部と、しつこいぐらいに急所を狙ってくる拳をどうにか受けたものの、今度はイバラキの肘がさやかのみぞおちに突き刺さった。

『ぐえっ!!』

再びさやかが吹っ飛ぶ。

自ら後方に跳んだおかげでかろうじて骨を砕かれはしなかったものの、その衝撃はすさまじかった。

イバラキの速さ、攻撃の威力、

今まで戦いにおいて引けを取る事のなかったさやかにも、それは未知の領域と言えた。

イバラキの強さの秘密、

それは実際秘密でも何でもないのだが、

例えば『発』と『蓄』。

『発』とは力を発する事、『蓄』とは力を蓄える事である。

力を蓄え、それを発する。

この当たり前の動作に何の秘密があろうや。

だが、秘密はなくとも秘訣はあるのだ。

さやかや他の忍び達も、おそらく初期の修行で学んでいる。

いや、
忍びでなくとも、武術に通ずる者なら心得はあるはずなのだ。

普通ならば、力を発すれば身体は『空』になる。

その『空』の状態から力を蓄え、再び力を発する事になる。

だから遅い。

『空』があるから遅いのだ。

武術の修行では、この『空』を無くす事に腐心する。

『縮める』、ではなく『無くす』、である。

それは上半身と下半身の動きの連動が成せる技であった。

上半身が『発』と時、同時に下半身が『蓄』になっている。

その逆もまた然り。

そうする事によって、普通の者が

『発』→『空』→『蓄』→『発』

と動く所を、

『発』→『発』→『発』→『発』

と動けるようになるのだ。

これならば単純計算で三倍は速い事になる。

無論さやかとてそれを会得しているのだが、年齢の分、積んで来た修行の量が違う。

そして置かれていた環境が違う。

一角衆の間者であった妻、かすみを斬って以来、イバラキは常にに命を賭して修行していた。

己に迫る敵を、

荊木流に迫る危険を感じながら修行してきたのである。

同じ修行漬けの毎日だったとは言え、兄の庇護の元にいたさやかとは比べるべくもない。

(このままでは勝てない)

そう悟ったさやかは背中から刀を抜いた。
2011-12-03(Sat)

小説・さやか見参!(116)

空気が裂けた。

イバラキの右腕がさやかに向かって弧を描いたのだ。

速い。

見えない。

しかし、見えないながらもさやかは反射的に身を低くしてそれを躱した。

唸るような音を上げて、イバラキの背刀が頭上を斬る。

とっさに躱さなければこめかみに強烈な一撃を食らい昏倒していただろう。

しかし安堵する間はない。

イバラキは空振りした腕で手刀を返してきていた。

イバラキの攻撃は速い。

一流の忍びたるさやかが及ばない程の速さなのだ。

さやかは地面を蹴って後ろに跳んだ。

ぎりぎり避けたつもりだったのに、装束の胸元が手刀で裂かれている。

(どうしてっ!?)

さやかは心の中で問うた。

自らの速度を上回るイバラキの攻撃が信じられないのだ。

跳び退いて着地した時にはすでにイバラキの拳が顔面を襲ってきている。

さやかは左腕で受けた。

激痛と共に、じんと骨が痺れる。

痺れが引く間もなく次の拳が飛んでくる。

鋼鉄の義手による攻撃だ。

咄嗟に右腕で受けたさやかは、

『くっ!』

と呻いてよろけた。

あまりの衝撃に腕が折れたのではないかと思ったが、確認する暇はなかった。

がら空きの腹部にはすでに次の一撃が迫って来ていたからだ。

交差させた両腕でイバラキの突きを落とす。

だがその時には鋼鉄の拳がこめかみを打ち抜こうとしている。

(どうしてっ!?)

さやかはもう一度、心の中で叫んだ。

受けたと思った時には次の攻撃が迫っている。

しかも全ての攻撃が的確に急所を狙っている。

これでは反撃の機を掴む事が出来ない。

さやかは義手の拳を躱して、出来るだけ遠くに跳んだ。

距離を置く事で攻撃の機会を作りたかったのだ。

距離を取ったさやかは素早く蹴りを繰り出した。

これまで躱された事のない必殺の蹴りであった。

この蹴りが入ればイバラキといえども怯まずにはいられないだろう。

その隙に態勢を立て直すか、あるいは一旦引くか―

だがそれはどちらも叶わなかった。

さやかの右足はいとも簡単に払い落とされたのだ。

『つぅっ!』

足首に激痛が走る。

イバラキの右手は関節の繋ぎ目を正確に打っていた。

更に間髪を入れず、鋼の突きをさやかのみぞおちに叩き込む。

『がはっ!』

横隔膜を痛打されたさやかが泡を吹いて前のめりになる。

その左のこめかみにイバラキの拳がめりこんだ。

小さな身体が宙に浮くほどの勢いでさやかは吹っ飛ばされた。

力の差は歴然だった。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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