2011-12-02(Fri)
腰の巻き物に手を当ててさやかは不敵に笑った。
そのさやかを見てイバラキもにやりと笑う。
この2人のやりとりはいつも不思議だ。
敵同士、
それも宿敵同士だというのに、まるで幼馴染みがふざけて戯れあっているように見える。
だがやはり、互いが互いの命を奪おうと狙っているのだ。
鉄仮面から覗くイバラキの口元が動いた。
『さよう。おぬしが持っている巻き物をこちらに渡してもらおう。
その巻き物に記されてある山吹忍術の奥義、この幻龍イバラキが役立ててやる』
それを聞いたさやかは、口元に笑みを残したまま眉間に皺を寄せ嘲りの表情を見せた。
『役立てる?あなたの天下統一に?』
言い終わった途端に表情が一変し、厳しい目付きでイバラキを睨み付ける。
『はん!冗談じゃないわ!天下も奥義もおさめる人間を選ぶのよ!』
『つまり?』
いつの間にかイバラキの顔からも笑みが消えている。
『あんたが天下を治めるなんて絶対に許さない!この巻き物は死んでも渡さない!』
さやかが鋭く構えた。
『ふっ…死んでも渡さない、か…』
イバラキが脱力する。
さやかは敵の弛緩を感じ取ったが、構えを崩す事が出来なかった。
纏った気配は重い殺気に満ち、まるで闇そのものに思えたからだ。
そう思った瞬間、
『ならば、死ね!!』
怒号と共に、イバラキが目の前に迫っていた。
2011-11-29(Tue)
旋風が止み、舞っていた木の葉がゆっくりと渦を描き、雪のようにひらひらと散った。
その渦の中心に立つ鉄仮面の鬼はさやかに向かい、ゆるりとした拍子で手を叩いた。
『見事!さすがは山吹一族きってのくのいち』
『小馬鹿にした拍手はやめなさいよ、幻龍イバラキ』
『馬鹿になどしておらん。こやつらを一瞬で叩きのめした腕前に感心しただけだ』
『あはっ、そんな連中どれだけ早く倒したって自慢にもならないでしょ。三流以下のへぼ忍者なんだから』
罵られた下忍達が一斉に憤った。
『なぁにぃ!?』
4本の刀が振り上げられた。
『あら、さっきと違って威勢がいいわね。やっぱり親分がいると心強いのかしら?』
さやかの侮蔑の笑みを見て、下忍達は『ぐぅっ』と唸った。
『幻龍イバラキ、こんな程度の低い手下を使ってるとあんたまで舐められるわよ』
『ふっ、確かにな』
頭領にまで見離された下忍達は、捨て犬がすがる時のような目をしてイバラキを見る。
イバラキはそんな手下には目もくれず、その間を割って前に進んだ。
さやかとの距離が縮まる。
さやかは挑発するような笑顔で、腰に下げた巻き物に手を当て、
『これが欲しいんですって?』
と小首をかしげた。
2011-11-25(Fri)
さやかを追って宙に跳んだ青忍者達だったが所詮は下忍、勝負になるはずもない。
4人は空中で強烈な一撃をくらい、無様に地面に激突した。
1人はみぞおちを、1人は喉を、後の2人は眉間を押さえて呻いている。
跳躍のわずかな間に、しかも不安定な姿勢で、さやかは各々の急所に攻撃を食らわせたらしい。
おまけに4人は刀まで奪われている。
倒れている下忍の中にさやかが着地した。
と同時に、4人の足の間に奪われた己の刀が突き刺さる。
『ひっ、ひぃぃ~っ!』
危うく股間をかすめた刃に下忍達は一様に後退った。
さやかはにやりと笑う。
『そこの急所は狙わないでやったんだから。優しいでしょ?』
青忍者はそれぞれ地面に刺さった刀を抜いたが、それを再び構える事はなかった。
すでに戦意を喪失しているのだ。
『帰ってイバラキに伝えなさい、巻き物は諦めた方がいいって』
さやかが冷たく言い放つ。
『ひぃっ』
情けない声をあげて下忍が逃げだそうとした。
そこへ、
『その必要はない』
聞き覚えのある低い声が、樹々の中に響いた。
さやかが身構える。
腰の引けた下忍のうしろで竜巻のように落葉が舞い上がった。
青忍者の装束がばたばたとなびく。
その風が収まった後に現われたのはやはり、銀色に輝く左腕を持った鬼であった。
2011-11-23(Wed)
さやかは余裕たっぷりに腰に手を当て、ずいっと前に進んだ。
青忍者達は刀を振りかぶったまま気圧されて退がる。
そのだらしなさにさやかはため息をついた。
『で、なんの用?』
忍者の1人が答える。
『おまえが持っている巻き物をこちらに渡してもらおう』
『これ?』
『そうだ。その巻き物には山吹流の奥義が記されているはず』
『なに?イバラキの奴、これを欲しがってんの?』
『この乱れた天下を治めるはイバラキ様の使命。その崇高なる志の為には山吹の奥義が必要なのだ!』
さやかは一瞬ぽかんとした後、爆笑した。
『あははははっ!なぁに?イバラキの奴!天下を治めるなんて本気で言ってんの~?超面白いんですけど~!!』
本気でおかしくてたまらないようだ。
意外な反応に忍者達も戸惑っている。
さやかは笑いを落ち着かせようと深く息を吐いて青忍者達を見た。
その眼にはすでに笑いはない。
山吹流の後継たるくのいちの表情に変わっている。
『崇高な志?冗談じゃないわ。イバラキの中にあるのはせいぜい邪心、野心、欲望、自己顕示欲、虚栄心、そんなもんでしょ。いずるにしても胸を張って語れるもんじゃないわ』
『えーい、うるさい!!』
忍者達が気を取り直したように構え直し、さやかを囲んだ。
それをちらりと見たさやかは、涼しい顔のまま
『そんなに欲しいのなら力づくでどうぞ。ただし、覚悟は決めときなさいよ』
と啖呵を切り、言葉が終わるやいなや瞬時に跳躍した。
2011-11-22(Tue)
枝々を通した光が景色をうっすらと緑に染める。
ひやりとした空気がやけに清浄なものに感じる。
林の中を歩く山吹さやかの集中力も周りの空気のように澄んでいた。
この広い林の隅々まで感じ取る事が出来るようだ。
獣達はさやかを気にする素振りもなく落ち着き払っている。
人の気配は微塵もない。
だが―
突然頭上に湧いた気配が降ってくる。
さやかは転がって難なくかわした。
野良着姿が一瞬で桜色の忍び装束に変わっている。
さやかの野良着は、空より襲いかかった青装束の忍び達によって地面に串刺しにされていた。
4人の青い忍びは地面に刺さった刀を抜き、それぞれさやかに向かって構えている。
『やっぱりあんた達か。幻龍組の三流忍者』
侮蔑され昂ぶった4人がさやかに迫った。
『人の気配はしなかったんだけどね。人ならざる…ってゆーか、出来損ない忍者の気配は感じてたわよ。あれで気配を消してたつもり?』
構えようともせず小馬鹿にした調子で喋るさやかに青忍者達が戸惑っている。
『おまけにさ、枝から跳んだ瞬間に殺気びんびん。
動く時こそ静めよって習わなかった?』
さやかは4人の顔をゆっくり見た。
無手の少女1人に対し、刀を振り上げた男4人が動く事も出来ない。
さやかは小さく、
『天狗の正体は幻龍組かぁ』
と呟いた。
その声は少し嬉しそうにも思えた。