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2011-10-04(Tue)

小説・さやか見参!2(100)

山吹の里を出立したさやかは途中の山間で野良着に着替えた。

特別に拵えた厚手の襦袢や、肌に塗った泥や炭が少女の正体を隠していく。

汚れた手甲や脚半、ほっかむりを着けた姿は性別を曖昧にし、一見すれば農夫か樵夫か、ともかく作業を終えた少年にしか見えなくなっていた。

さやかはぼろぼろの風呂敷包みを背負って山を下り始める。

目的地である山吹の分家まで、忍び歩きを使わなければ四、五日はかかる算段である。

少女が一人でそれだけの距離を旅していれば必ず面倒が起こる。

最も多いのは、色目を使う男衆に絡まれる事だ。

身分の上下に関わらず、
職業や年齢に関わらず、
男とは常に色を好むのだと、さやかは飽きるほど聞かされてきた。

たけるや武双、それに雷牙を見ているとそのような実感は全く湧かない。

だが、里の外ではそのような男達を度々目にしたし、中には幼い頃のさやかにさえふしだらな視線を向ける者もいたのである。

美しさと可憐さを併せ持つ現在のさやかならば一層男達の目を惹き付けるだろう。

さやかは昔、たけるに言った事がある。

『男の人って、なんだか気持ち悪いね』

と。

内偵先の大店で、ぎらぎらとした若隠居にべたべたと手を握られた後の素直な感想であった。

まだ五つばかりの幼子を舐め回すように見る若隠居に正直ぞっとしたのだ。

たけるはそれを聞いて、

『男としては恥ずかしい限りだけど』

と言いにくそうにして、

『だからくのいちの術が成り立つのさ』

と答えた。
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2011-10-01(Sat)

小説・さやか見参!2(99)

当たり前だと思っていた幸せを喪失した時の絶望、

心の拠り所を失った虚無、

世の理不尽に対する憤慨、

無力な己に対する叱責…

たけるを亡くしたその苦しさに、さやかは何度命を絶とうと思ったか。

だが、亡霊に取り憑かれながらもさやかは一線を越えなかった

ぎりぎりの所で自らの生に見切りをつけずに済んだのは、ひとえに

『兄のかたき、イバラキへの復讐』

を誓ったお陰だった。

奴は絶対に殺す。

奴を倒すまでは死んでも死に切れない。

復讐を遂げるまでは生き続けてやる。

この想いこそがさやかにとって唯一の蜘蛛の糸だった。

しかし…

心太郎は、さやかの復讐心を不毛だと諭した。

『復讐を遂げるまで死ねない』という想いは、間違いなく『死』へと向かう想いなのだ。

『かたきを取ったら心置きなく死ねる』と考えつつ復讐を誓えば、願いが成就した暁には命を絶つしかないではないか。

兄が死に、かたきを殺し、己までも命を捨てるとなれば、さやかの復讐とは何と不毛な、何も生み出さない行為であろうか。

幼い心太郎はそれを看破したのである。

あれから心太郎とは会っていない。

気まずくて避けている内に、心太郎は別の任務に出てしまったのである。

さやかの心は揺れていた。

父に訊いてみようか。

山吹の頭領、武双はイバラキの事を、そしてそれを憎む自分をどう思っているのだろうか。

父が自分を正式な跡継ぎと決めたのは、兄の復讐を果たさせる為なのだと思っていた。

しかし最近、武双の思惑は別にあるのではないかと感じる事がある。

色々と訊いてみたかったが、父はそれを許さぬ威圧感を放ちながら、ただ、普段通りの修行をさやかに求めた。

修行はさやかにこう諭す。

『心を動かさぬのが忍び。もし心を動かすものあれば、その全てを断ち切るのが忍び』

さやかの心を動かす兄への愛、悲しみ、
イバラキへの憎しみ、怒り、
それらを真っ向から否定せねば忍びは立ち行かぬのだと、頭領、山吹武双は無言で語っているのだ。

唯一自らの命を現世に繋ぎ止めているもの、

感情、

それを捨てねば山吹流の後継者としては失格なのだろう。

横になったさやかは左半身に虎皮の温もりを感じながら、風に晒された腰の右側に手を当てる。

そこには父から託された巻き物が納められていた。

『奥義の一巻』

とだけ説明されたそれを、山吹の分家へ届けるよう命を受けたのである。
2011-09-30(Fri)

小説・さやか見参!2(98)

サンサカの薄桃色に包まれると幸せの記憶が蘇る。

厳しい修業や死と隣り合わせの任務ばかりであったが、当たり前に兄がいて、家族や仲間と笑い合えた日々…

さやかは胸をえぐられるような痛みを感じ、強く目を閉じた。

過去の幸せに浸る為ではない。

かつての『幸せ』を脳裏から振り払う為だ。

しかしもう遅い。

それは既にさやかを満たしてしまった。

過去の幸せを実感するという事は、現在の虚無を実感するという事である。

幸福と不幸は表裏一体だとさやかは思う。

幸福を知らねば不幸を知る事はないし、
不幸に遭わねば幸福は感じられぬものだ。

事実さやかは、兄が健在の頃、それを特別『幸福』だとは思っていなかった。

それはさやかにとって当たり前の日常だったのである。

その日常が壊れた時、さやかは初めて『不幸』を味わった。

不幸を知った時、ようやく過去の自分が『幸福』だったと思い知ったのだ。

少なくともさやかにとって、『過去の幸福』は『現在の不幸』と同義なのである。

(…また亡霊を呼び出してしまった…)

さやかは後悔した。

過去の幸せというのは、たちの悪い亡霊だ。

いつまでも心に取り憑き、成仏するまでは精気を吸い続ける。

幻龍イバラキに兄を殺されて以来十年、さやかはこの亡霊に魂を削り取られ、生きる気力すら失っていたのだ。
2011-09-29(Thu)

小説・さやか見参!2(97)

山吹さやかは河原に座り、遠くに見える山吹の屋敷を眺めていた。

黒光りする瓦屋根が青空から浮き出して見える。

古びた色合いの大きな屋敷は乾燥した空の色と相俟って、巨大な影の塊の様相を呈していた。

しかしその一部に、屋敷の威圧感に似つかわしくない輝きが映えている。

庭に咲くサンサカである。

微かな赤みを忍ばせた白い花達が、太陽の光を照り返している。

川上から吹いた風が、さやかの肌をひやりと撫でた。

膝を抱える腕に思わず力が入る。

さやかは膝を抱えた姿勢のまま、ごろんと横になった。

太陽の熱は寒風にかき消され、身体の下の虎皮の敷き物だけが温かい。

この温かさは雷牙の温かさだ。

雷牙が虎組の頭領となってからも何かとさやかの面倒を見てくれたが、さすがに以前のように会う時間はなくなってしまった。

庭のサンサカの前で三人で話した事を思い出す。

自分と、
雷牙と、
兄、山吹たけると。

おそらくあの時も、今のように冷たい風が吹いていたのだろう。

しかし寒さを感じた記憶がない。

幼い頃は多少の寒さなど、ものともしないのかもしれない。

寒さを感じぬくらい、心が満たされていたのかもしれない。

そう、確かにあの頃は満たされていた。
2011-07-29(Fri)

小説・さやか見参!2(96)

計らずも山中にて再会した三人組、彼らは炎(ほのお)一族の兄弟達であった。

紅い男は長男、紅蓮丸(ぐれんまる)。

赤い男は次男、炎丸(ほのおまる)。

朱い少年は三男の灯火丸(ともしびまる)である。

炎一族の出自は貴族であったと言われている。

更に遡れば豪族であったという説もある。

かつては『仄緒(ほのお)』という姓を持ち、かなりの勢力を誇っていたらしい。

しかしながら時世には逆らえず没落したのが百数十年も昔…

再興を願う仄緒一族は財政を補う為に各地に眠る財宝を探し始めた。

もはや手段を選ぶ余地はなく、盗賊まがいの方法まで使ったそうだが、お宝など簡単に見つかるはずもなく…

もし見つかったところで数えるばかりしかないでは再興など不可能な話であった。

やがて地位を失った仄緒一族には『財宝探し』という目的だけが残り、かくして盗賊・炎一族が誕生した…らしい。

まぁ由来ははっきりせぬが、彼らが宝を求めているのは分かっている。

今とて、兄弟それぞれが宝の噂を聞き、それを追い求めた結果この山にて鉢合わせしてしまったのだ。

『しっかしよぉ』

赤い男、

次兄・炎丸が口を開いた。

『別々のお宝を探してる俺達が同じ山に集まっちまうなんて、噂の信憑性が疑われるってもんだぜぇ』

赤い男は両手を広げ、『お手上げ』といった格好で兄弟達を見る。

三兄弟はそれぞれ別々の秘宝を求めて各地を捜索していた。

その中で知り得た情報…

それは口碑伝承や言い伝えであったり、昔話やただの噂話だったりしたのだが、三種類のお宝の在処がこの山に集約したのでは情報として不自然に思われる。

長兄・紅蓮丸は大きくうなずいた。

『確かに。ワタクシもそう思っていました。
今回の情報はアテになりませんね』

得意気な兄に向かって、幼い灯火丸が無邪気に反論した。

『でもでも、それだけあちこちに噂があるって事は、少なくともこの山に“何か”あるって証拠じゃないかなぁ?』

紅蓮丸と炎丸は同時に弟を見て固まった。

弟の聡明さに驚愕し、自分達の愚昧さに愕然としたのだ。

すかさず紅蓮丸が大きな身振りで声をあげた。

『よく気付きましたね灯火丸!
ワタクシも全く同意見です!
未熟なおまえが自ら気付くのを待っていたのですよ!』

力強く褒められ、素直な末っ子は照れ笑いを浮かべたが、炎丸は兄の厚顔さに恥ずかしくなった。

『情報はアテにならない』と言った舌の根も乾かぬ内に弟の賢察に便乗しようとは…

恥ずかしさのあまり顔を紅潮させる炎丸に気付く素振りもない紅蓮丸は、先程までの様子が嘘のようにきびきびと場を仕切り出した。

『ワタクシの推測通り、この山に何かあるのは間違いないようです!とりあえず三人がかりで手掛かりを調べましょう!』

灯火丸はきらきらした目で長兄に向き直った。

炎丸も仕方なく兄を見る。

『その上で鏡があるようなら炎丸が、』

紅い男が赤い男を見る。

『珠があるようなら灯火丸が』

紅い男が朱い少年を見る。

『そして、剣があるようならワタクシ紅蓮丸が山に残る。
それでいいですね?』

『はいっ!』

灯火丸が答える。

『…はいはい』

炎丸が答える。

紅蓮丸は二人を見てうなづき、

『では行きますよ』

と言った。

次の瞬間、
かすかな砂塵をあげて、三人は姿を消した。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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