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2011-03-18(Fri)

小説・さやか見参!(80)

これまで十数年イバラキを監視してきた断と封であったが、突如現われたこの邪衆院 天空という男の存在は全く知らなかった。

いつから幻龍組にいたのか。

どの地位にいる忍びなのか。

どのような技を持つのか。

一切が謎に包まれていた。

断と封にとって、相手が並の忍びなら素姓など関係ない。

一瞬触れて仕留めるだけの話だ。

しかし…

この男は二人の手に負える相手ではない。

様々な角度から繰り出される蹴りを躱すのでやっとである。

気の流れを断とうにも懐に飛び込めない。

目に見えぬ速さで繰り出される脚を掴むのも不可能であった。

『ちっ!』

攻撃を躱しながら断が舌打ちする。

こんなに苦戦を強いられるなどこれまでなかった。

苦戦どころか防戦一方だ。

やっかいなのは蹴りの速さだけではない。

軌道が自在に変化する事だ。

直線と思えば円を描いて、

振り回してきたかと思えば突き刺すように、

右脚が来るかと思えば左脚が、

その変化は多様で、とても先を読む事は出来ない。

封は顔を狙ってきた蹴りを躱そうと身を反らした。

その瞬間に蹴りは急降下し、封の膝を砕こうとする。

どうにか片足を上げて避けると封は必死の体で飛び退いた。

『な…なんなのよあんた…化け物じゃないの…?』

怖れの混じった本心だった。

今まで戦闘において化け物と呼ばれてきたのは断と封の方であった。

ゆるりゆるりと動き、触れるだけで相手の命を奪う二人にその呼び名は相応しい。

だが

この邪衆院 天空という男は全く逆の『化け物』だった。

相手に反撃の隙を与えないほどの攻撃量と速さ、そして破壊力。

忍びの世界でも比類ない、と封は思う。

『な、なんで…』

断がうわずった声を出した。

天空は動きを止めて、不思議そうな顔で断を見た。

『なに?どうした?』

『なんでおまえみたいな凄腕がイバラキの下にいるんだよ!』

断は知らず知らず敵を称賛している。

封も続いた。

『あんたなら天下獲れるんじゃないの?』

冗談のつもりだろうが、それだけとも思えない口調だ。

それを聞いて天空は大袈裟に笑った。

『あぁ~、それは無理無理!だって…』

断と封は天空の言葉を待った。

天空は二人に向かっておどけた仕草を見せ、

『俺、イバラキ様には敵わないからさぁ』

と言った。


断と封の表情が凍った。

二人が知るイバラキの腕前は決して一角衆を凌駕するようなものではなかったのだ。

いつの間に…

二人がかりで全く歯が立たぬ邪衆院 天空。

その天空をも上回るという幻龍イバラキ。

封は

『…嘘でしょ…』

と呟く事しか出来なかった。
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2011-03-16(Wed)

小説・さやか見参!(79)

普段は人の気配すらない高陵山で、二つの戦いが行われていた。

鬼神を奉じた祠の前では山吹さやかと幻龍イバラキが。

そこから離れた岩場ではイバラキの配下と一角衆の断と封が。


月明りを遮るものすらない狭い岩場にいくつもの骸が転がる。

断と封は舞う様にふわりと動くだけで敵を倒していった。

傍から見たならば、幻龍の忍びがばたばたとせわしく動いた挙句に自滅したとしか思えないだろう。

残り十名足らずの忍び達は断と封に完全に呑まれていた。

常に隙を探して刀を右へ左へ、上へ下へと動かして牽制を繰り返す。

二人が動けばびくついて後退る。

これでは素人も同然だ。

万が一にも勝てる見込みはない。

月を背負った封が言った。

『断、どうする?最後までやる?私は飽きたから逃してもいいけど』

それに答える断は正面から月の光を浴びている。

『俺も飽きてるけどさぁ。逃がすのも癪なんだよね』

言葉を交わした二人の間を

びゅん!


と何かが斬った。

飛び退いて離れた二人は初めて驚きの表情を見せた。

『おいおい…ここまで油断させといて狡いぜ』

『大鉈でも飛んできたかと思ったわよ』

断と封が顔を向けた先には、

男がいた。

袖のない黒装束から伸びたむき出しの両腕は異様な太さで、筋肉の繊維がありありと見て取れた。

短く刈り込んだ髪。

口元だけが覆面で隠され、光のない瞳から思考を読む事は出来ない。

『おまえ、いきなりどこから出てきやがったよ』

口を開いた断の目の前で空気が真一文字に斬り裂かれた。

断と封がさらに退がる。

その隙に下忍達は姿を消した。

突如現われた黒衣の男はたった一人で断と封を圧倒している。

封は珍しく額に汗がにじむのを感じた。

『驚いた…大鉈どころか…』

男が右脚をすっと上げた。

封が言葉を止める。

そう。

この二人をして二度も驚愕させた大鉈とは男の脚、つまり鋭い蹴りだったのだ。

『なんだよその蹴り…国でも見た事ないぜ…』

国、とは海を隔てた二人の故郷である。

『そんな技が…ってか、おまえみたいな遣い手がいるなんてな…』

『あんたも、幻龍組なの…?』


問われた男の目が形ばかり笑った。

『そう。幻龍組の、邪衆院 天空』

覆面越しの声は場違いに明るかった。
2011-03-16(Wed)

小説・さやか見参!(78)

輪となって断と封を取り囲んだ幻龍組の中忍下忍およそ数十名は一斉に2人に打ちかかった。

半数は側面から、半数は跳躍して上空から。

これならば中にいる敵に逃げ場はない。

しかし次の瞬間、瓦礫が倒壊するように輪が崩れた。

空中で体勢を崩した者達がばらばらと着地し体勢を整えている。

地上でなぎ倒された者達は慌てて構え直している。

その混沌の中に断と封は涼しげに立っていた。

二人はどうやって窮地を逃れたのか?

いや、逃れたなどという生易しいものではない。

絶体絶命の危機を瞬時に逆転したのだ。

しかし断と封にとっては造作もない事であった。

二人はただ、目の前にいた忍びの攻撃を払っただけなのだ。

断は地上の敵を、封は空中の敵を。

忍び達の刀が届く直前、二人は同時に蹴りを放った。

異国の武術で多用される、円を描くように脚を振り回す蹴りだ。

これならば狭い範囲でも威力を減少させずに当てる事が出来る。

二人の蹴りは見事に敵の腕を捕らえた。

地上の一人は右に、空中の一人は左にそれぞれ吹っ飛んだ。

こうなると密着せんばかりに円陣を組んでいたのが仇となる。

吹っ飛んだ忍びは隣りの忍びに、隣りの忍びは更に隣りにぶつかって一瞬で瓦解を招いたのだ。

封は蹴り終わったまま空中に上げていた長い脚をすっと降ろして冷たい眼で笑う。

『馬鹿ね、あんた達。逃げ場を塞いだつもりだったんでしょうけど』

『そんなに密着してちゃ危ないぜ。一点を崩せば全体が崩れちまう』

そういいながら断は、にやにやと下忍の一人に近付いた。

『身をもって分かったろ』

鼻が触れんばかりに顔を寄せた断に下忍が刀を突き出した。

断はわずかに身をかたむけ刃先をかわす。

右手で軽く下忍の腕を捌くと、その腕をすかさず左手で掴む。

断が掴んだ親指に力を入れると下忍は

『ぐっ!』

と妙な声を出した。

その瞬間に断の右手は敵の腕のつけねに移動し、やはり親指でぐいと掴んでいた。

下忍は目を見開いて倒れ、それから動く事はなかった。

『一点が崩れれば全体が崩れるように』

断がゆるりと立ち上がった。

幻龍組の刺客達はその姿にたじろいだ。

戦闘に長けた忍びを軽く触れただけで絶命させた不気味な男の眼は、

『一点の気の流れが止まれば身体全部が止まっちまう』

まるで獲物を屠る直前の獣のようだったからだ。

恐怖に駆られた数名が断に打ちかかっていったが、同じ様に軽く触れられて命を落とした。

断はめんどくさそうに呟く。

『気を断つのが俺の得意技でね』

一方、

封にも数名が斬りかかっていた。

断の技に怖れをなした臆病者共が

『女の方が容易かろう』

という甘い考えで向かって行ったのだ。

しかし結果は似たようなものだった。

攻撃を舞うように避けた封は、敵の身体を撫でるように突いた。

封に触れられた者達が瞬時に命を落とす事はなかった。

しかし一拍置いて、全員がもがき苦しみながら昏倒したのだ。

倒れた者達は胸や喉をかきむしりながら悶絶している。

追撃しようとしていた忍び達が青ざめて踏み止どまり、まるで化け物を見るかのように封に視線を送った。

『殺すのは好きじゃないの』

月に照らされた長い黒髪が風にそよぐ。

『でも、気を封じれば身体の機能は止まる』

封の瞳に、少しだけ妖しい光が灯った。

『機能が止まったら苦しい?…苦しいわよね』


断と封、

その名は各々の技に由来していたのだ。
2011-03-01(Tue)

小説・さやか見参!2(77)

まるで想いを交わす恋人同士の空気から一転、さやかとイバラキはお互いに向かって走り出した。

さやかの電光の様な打ち込みをイバラキは鈍く光る義手で跳ね返す。

さやかが距離を取った。

その隙にイバラキも刀を抜く。

鍔に山吹紋が刻まれた

かつて兄妹のものだった刀が敵として向かい合っている。

イバラキがジリジリと沼の方に進んだ。

さやかも同じ方向に動く。
ゆっくりと一歩、二歩、
少しずつ歩みは速くなり、やがて二人は向き合ったまま沼の上に走り出していた。

本来ならば全てを呑み込むはずの底無し沼に足跡すら残さない忍びの術を心太郎はただ呆然と見ているしかない。

二人の因縁に果たして自分が関わって良いものか考えていたのだ。

山吹の忍びとしては共にイバラキを討つのが正しいと思う。

しかしさやかはそれを望んでいない気がする。

『おいら…おいらどうしたらいいっシュ…?』

寂然たる山中に甲高い剣戟だけが響いた。


『始まったわね』

さやかとイバラキの戦いの地から離れた高い岩場で艶のある女の声がする。

『ほんとかよ。こんな場所からよく分かるな』

応えたのは呆れたような感心したような男の声だ。

皓々とした月が、すらりとした髪の長い女と、両腕を枕にして仰向けに寝転がった小柄な男を照らしている。

『あんただって気を感じる事ぐらい出来るでしょ?』

『あぁ、無理無理、俺にはあんな遠くの気は読めねぇよ』

男は小馬鹿にしたような口調でへらへらと答える。

二人が動く度に派手な装束がきらきらと月光を反射した。

『だん、それはあんたにやる気がないからでしょ?』

『やる気なら満ち溢れてるぜ。心配すんなよ、おふう』


断と封。

二人は一角衆の忍びだ。

かつて術を用いて山吹の配下を操りイバラキを追い込んだのは断と呼ばれる小柄な男だった。

つまり、

かつてのくちなわが十二組を裏切り幻龍イバラキとなったのは、

イバラキが山吹たけるの命を奪い、現在さやかと敵対しているのは、

間違いなくこの者達が元凶なのである。

あれから十年。

いまだ一角衆は幻龍イバラキの動向を窺っていたらしい。

なにやらの因縁があるのかもしれぬが、それは今は分からない。

『どうする?おふう』

『どうするったって行くしかないでしょ。頭領の命令なんだから』

『しかし屈辱だよなぁ。「どちらかだけでいいから片付けて来い」なんて。山吹も幻龍も揃って始末しろって言ってほしかったぜ』

一角衆の頭領は断と封に

『もしも山吹さやかと幻龍イバラキが邂逅を果たしたならばどちらか片方を討つべし』

との命を下していたのだ。

さやかとイバラキ、

この二人が揃う事が一角衆頭領にとってどんな災厄をもたらすというのだろうか?

断と封も分からぬままだが、頭領の命令に疑問を持つ事などない。

『なぁおふう、どっちかっつったらどっちを殺りたい?』

断が上半身を起こして訊いた。

『あんたは山吹の娘を殺りたいんでしょ?』

『よく分かるな』

『三十年近く組んでるのよ。そのぐらい分かるわ。あんたは可愛い女の子をいたぶるのが大好きな変態だものね』

『確かに。外れちゃいねぇ』

変態呼ばわりされて断は笑っている。

『私は…どちらかと言うとイバラキと殺り合ってみたいかな。女同士なんて気が乗らないし、それに…』

『それに?』

断の問い掛けに封は妖しい笑みを浮かべて

『あーゆー周りが見えなくなってる馬鹿正直な男はけっこう面白いのよ』

と答えた。

断は欠伸をして面倒そうに立ち上がる。

『その面白さは俺にゃあ分かんねぇな。…ま、何にしてもよ』

にやり。

『その前に少し遊べるぜ』

封も笑う。

『そうね。楽しめるといいけど』

言葉が終わらぬ内に、突如現われた壁が二人を取り囲んだ。

断は『やれやれ』といった顔でぐるりと周囲を見る。

二人を取り巻いた壁の正体はイバラキの配下、数十名の忍び達であった。

手に手に刀をかまえる敵を前に封は

『あら、たくさんいるわね』

と舌なめずりをしてつぶやいた。
2011-02-28(Mon)

小説・さやか見参!2(76)

『こ、こいつが…』

心太郎がおののいている。

十二組を裏切った男、
山吹たけるのかたき、
さやかの宿敵、

幻龍イバラキ。

今まで何度もさやかからその名を聞かされてきた。

そして、幾度も繰り返し語られた過去は心太郎の中で物語と化し、イバラキという忍者はあたかも伝説上の怪物のように認識されていた。

それが―

実在していた。

当たり前なのだがそれでも不可思議な感覚だ。

これまで架空の悪役に過ぎなかった登場人物が現実に立っている。

まさか巷で噂されている高陵山の鬼がこの男だったとは―

『さやか、よく拙者だと気付いたな』

イバラキが口を開いた。

『そんなの、最初っから分かってたわよ』

さやかは斜めにあごを上げ、得意げな顔でイバラキを見下した。

見下されたイバラキは―

にやりと笑う。

さやかが強がる時の表情など熟知しているのだ。

さやかは虚勢を見抜かれて顔を赤くした。

取り繕うように声を張る。

『…と言いたい所だけど、気付いたのは今日よ』

『で、あろうな。昨夜は拙者と気付いた様子はなかった』

『嫌な奴』

心太郎は二人の会話を不思議な気持ちで聞いていた。

十年ぶりに出会った宿敵とこんなに普通に言葉を交わす事が出来るものなのか?

お互い、必ず殺すと誓った相手だというのに―

『なるほど~。この山に潜んでたのは、その腕を造る為だったのね』

『ほう。よく分かるな』

『この辺りには鉱床があるみたいだから。海のそばだし。いい鋼が採れるんでしょ?』

そう。

イバラキの左腕は、

山吹武双に斬り落とされた腕は鋼の義手になっていたのだ。

そして山吹たけるに大火傷を負わされた顔面にも鋼の仮面が着けられていた。

月明りを反射する仮面と義手だけが闇に浮かび、『暗闇の生首と左腕』という鬼神の噂になったのだろう。

噂になったという事は誰かに見られたという事だ。

イバラキともあろう忍びが人の気配に気付かず目撃を許すなどありえない。

あえて見せたのだ。

何故?

鬼が出るという噂が流れればこの山に近付く者はいなくなる。

高陵山を根城として活動する為の計略だったのだろう。

『この山に眠る鉱石は特殊でな。硬さと柔らかさを併せ持つ鋼を造る事が出来るのだ。それなくしてこの腕を完成させる事は出来なかった』

心太郎はそれを聞いて、はっと思い至る事があった。

『…あ、それじゃ山の麓にあった製鉄所は…』

『小僧、察しがいいな。さよう。この腕はそこで造った物だ』

イバラキは心太郎に腕を見せた。

なるほど、

蛇が絡み付いているように見えたのは金属製の管だったか。

それは金属でありながら。イバラキの動きに合わせて柔軟にうごめいている。

これを造る為に特殊な鋼が必要だったのだろう。

『製鉄に一年、製作に三年、繋ぐのに一年、そして自在に動かせるようになるのに五年もかかった…』

話しながらイバラキは自分の左手を見た。

握ったり開いたりを何度か繰り返して独り言のようにつぶやく。

『ここに至るまでの痛みたるや、何度も死ぬが楽と思うたわ…』

さしものイバラキと言えど、義手を使いこなす為には血の滲む努力が必要だったらしい。

『この腕を造り上げ、そして使いこなせるようになるまでは隠密裏に動かねばならなかった。あえて鬼の噂を流させたのは人を寄せ付けぬ為よ』

やはりそうだったか。

『陽のある内は地下に籠り腕と神経の接続を調整し、そして夜更け毎に動きの感覚を取り戻す為の修行を繰り返す、そんな五年間だった…』

心太郎にはよく見えぬが、おそらくイバラキは昔を懐かしむような遠い目をしている。

『そして…ようやく動きを取り戻した時、おぬしが来た』

イバラキはさやかをちらと見た。

『この十年、おぬしを…いや、おぬし達山吹への恨みを忘れた事はない』

呪詛を吐く悪の忍者は何故か、
嬉しそうに思えた。

そして

『私もよ。あなたの事を忘れた日はないわ』

そう答えるさやかもまた何故か

嬉しそうだった。

幼きゆえ、いまだ色恋を知らぬ心太郎ではあったが、子供ながらに

『これではまるで、恋人同士の邂逅ではないか』

という思いをぬぐえなかった。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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