fc2ブログ
2011-01-27(Thu)

小説・さやか見参!2(70)

空が晴れ渡っている。

むき出しになった高陵山の岩肌は日光を受けて眩しく見える。

夜の景色とは正反対に神々しさすら感じるほどだ。

暗い洞窟の中にもかすかに光が差し込んで柔らかな明るさを作り出している。

そこではさやかと心太郎が寝る準備をしていた。

昼の内に睡眠を取って、夜が更けたら祠に向かう予定なのだ。

今夜には全て終わらせる。

さやかはそう決めていた。

鬼の正体を突き止めたらそのまま里に帰ろう。

帰りは寝ずに歩く事になるから今の内に心太郎を休ませておこう。

どうせまた『眠い』だの『休みたい』だの言うに決まっているが、甘やかさずに歩かせよう。

少しは成長してもらわなければ。

そんなさやかの心中も知らず、心太郎は

『良かった~!これだけ明るかったら安心して眠れるっシュ!…おいら、夜だったら怖くて眠れなかったっシュよ…いつ鬼が出るかもしれないし…』

と虎の毛皮を敷いた。

すでに横になっているさやかは

『体力を温存しとかなきゃいけないんだから。黙って寝なさい。病み上がりなんだし』

と言って背中を向けた。

心太郎はさやかに渡された解熱や鎮痛に効く丸薬を口に放り込んでから横になると、

『さやか殿も、たまにはゆっくり休んだ方がいいっシュよ』

と言って目を閉じた。

さやかの寝息に誘われるように心太郎もすぐに眠りに落ちた。

先ほどの丸薬には睡眠を促す成分が含まれていたのかもしれない。

心太郎が完全に寝入った気配を感じてさやかが身体を起こした。

眠っていなかったのだ。

気配を消して心太郎が寝付くのを待っていたのである。

さやかは祠に向かった。

昨日、底なし沼の向こう側を調べなかったのは失敗だった。

あの鬼が実体を持つのなら、沼の向こうから現われたのは間違いない。

底なしの泥地ゆえ人は通れぬと高を括って途中で探査をやめてしまった事が悔やまれる。

あの沼とて全ての者が渡れぬわけではない。

少なくとも自分は、
いや、
それなりの力量を持った忍びなら沈む事なく簡単に歩く事が出来るのだ。

そういった『特殊な能力』を持たない者が鬼の正体だと、さやかは勝手に思い込んでいたのだ。

『私もまだまだ未熟…』

祠に向かって走りながらさやかはつぶやいた。

兄なら、
山吹たけるなら、
そのような失敗はしないのに。

そう考えると気持ちが沈む。

未熟な己に絶望する。


実際にはたけるとて失敗する事があるのかもしれない。

しかしさやかの中での『完璧な兄』という偶像は、たけるの死によって揺るぎないものとなっていたのだ。

いつまでも兄を超えられない焦燥がさやかの心に深く刺さっている。

死者を追っても追いつけぬのに―

さやかはそんな事も分からぬほどに疲弊していた。

十年前のあの日から。
2011-01-25(Tue)

小説・さやか見参!2(69)

暗い山中をさやかと心太郎は音もなく走っている。

二人は万が一に備えて忍び装束に着替え、刀を背負っていた。

走りながら心太郎が辺りの様子をうかがう。

『静かっシュね…山吹の里とは大違いっシュ…』

『獣の声がしないのよ。ここは山吹と違って獣が生きる為の草木がないから』

じっさい高陵山にはまばらに樹々があるばかりで、それもほとんどは枯れかけていた。

心太郎の黒い装束はもちろんだが、さやかの桜色の装束も、この朽ちた世界では闇に染まっている。

祠に着いた。

心太郎は荒れた祠を見るとさやかの腕を掴んだ。

『この祠、ぼろぼろで怖いっシュ…いかにも鬼を祠ってるって感じっシュ…』

『昼間に見たら普通だったわよ』

さやかはそう言って冷たく手を払った。

『底なし沼はこっちよ』

さやかは進もうとしたが、心太郎は動かなかった。

『どうしたの?』

『さやか殿…明かり…点けてもいいっシュか?』

『はぁ!?そんなものなくたって見えるでしょ!?まさか見えな…』

心太郎は慌てて遮った。

『違うっシュ違うっシュ!ちゃんと見えてるっシュよ!でも明るい方が安心出来るって言うか気持ちの問題って言うか…』

『弱虫!あんたそれでも男なの?それでも忍者なの?それでも山吹の血が流れてんの!?それでも私の弟子なの!?
…もう…
勝手にすれば!?』

心太郎は半べそで明かりを灯した。

持ち手の付いた小さな皿に、蝋だか油だか分からぬ物がどろりと塗りつけてある。

石を打つと芯に火が移り、辺りを照らし出した。

先ほどの会話から分かるように、明かりなどなくても忍びならば周囲を見る事が出来る。

実際明かりを灯したところで見える景色は変わらない。

だが心太郎は何故か暗闇が怖かったのだ。

鬼の伝説を聞き、その祠を前にしているせいかもしれない。

桜色の装束が浮かび上がると心太郎はほっとした声を出した。

『やっぱり、さやか殿が見えると安心するっシュ』

『あんた…私を守るんじゃないの…?全然役に立たないじゃない。…父上はどうしてあんたみたいな駄目駄目三流忍者をお供に付けたのかしら…』

さやかは道中、何度もこの『何故』を繰り返していた。

『おいら頭領に呼ばれて直々に命じられたっシュよ。』

心太郎は山吹武双の声色を真似た。

『すまぬがさやかの為に命を張ってくれまいか。あやつを守れるのはおまえしかおらん。心太郎、頼むぞ』

言い終わった瞬間、心太郎は頭をぽかりと叩かれた。

『痛っ』

『嘘ついてんじゃないわよ。なんで父上があんたなんかに頼るのよ』

『嘘じゃないっシュよ!本当にそう言われたっシュ!』

『しかも私を守れるのがあんたしかいないですって?はんっ!悪い冗談だわ!』

吐き捨てるようにそう言って沼に進もうとしたさやかは急に足を止めた。

『…さやか殿…?どうしたっシュ?』

『何かいる…!』

『えぇっ!?』

二人は闇を凝視する。

全ての音が闇に吸収されてしまったかのような静寂。

長く、重たい時間が流れた。

気配を感じる事が出来ない心太郎は、さやかと闇を交互に見ていたが、突然

『あっ!』

と声をあげた。

沼の上に突如炎が、

鬼火のような青白い炎が浮かんだのだ。

そしてその炎は揺らぎながら、

ぎらぎらとした何かを照らし出した。

さやかがつぶやく。

『あれが…』

心太郎が裏返った声を出す。

『お、鬼ぃっ!?』

炎を照り返すそれは、人々が噂していた通りのものだった。

真っ赤な眼を持った四本角の生首。

宙に浮かぶ左腕にはたくさんの蛇のようなものが絡み付き、やはり炎を反射させて光っていた。

『噂は本当だったっシュ…鬼の首と腕が…出たっシュ…』

震えて動けない心太郎には見向きもせず、さやかは鬼に向かって駆けた。

『さやか殿!?』

己の重量を消して泥の表面を走る。

その軽さは足跡すら残らないほどだ。

しかし―

さやかがそこに辿り着く前に、炎と共に鬼は姿を消した。

辺りを見渡したが何者かがいた様子はない。

宙に現われ宙に消えたとしか思えなかった。

さやかは沼の上に立ち尽くした。

その表情は険しい。

『…心太郎!』

『は、はいっシュ!』

『明日の夜、もう一度ここに来るわよ』
2011-01-24(Mon)

小説・さやか見参!2(68)

『あ、さやか殿!』

祠から戻ると心太郎は目を覚ましていた。

『大丈夫だったっシュか?』

上半身を起こしていた心太郎が立ち上がろうとする。

『まだ休んでて。あんたこそ大丈夫なの?』

『今度こそ本当に大丈夫っシュ!…でも…お腹すいたっシュ…』

さやかは片膝を付いて心太郎に顔を寄せた。

『あんたねぇ。私は食事も摂らずに朝から走り回ってたんですけど!あんたはただ寝てただけでしょ!?』

『う…そう言われれば確かにそうっシュ…申し訳ないっシュ…』

うつむいた心太郎の額にさやかが掌を当てる。

『熱はだいぶん下がったみたいね。陽が完全に落ちたら一緒に行くわよ』

そう言って腰の袋から蛇肉の燻製を取り出し心太郎に渡した。

心太郎の顔がぱあっと明るくなる。

受け取った燻製を齧りながら

『それらしい所は見つかったっシュか?』

と訊くと、さやかは若干自信なさそうに

『うーん…怪しいのは多分この辺りかなぁって所はあったんだけど…』

と答えた。


先ほど鬼神の祠に手を合わせた後、さやかは更に奥に進んでみた。

何か手掛かりがあるとするならこの辺りしかないと思ったからだ。

少し進むと足下が岩から土に変わった。

足を踏み入れるとわずかに沈み込む。

かなり水分を含んでいるようだ。

構わずに歩を進めると、ますます深く沈んでいく。

さやかは用心して一旦岩場に戻った。

そして枯れた木の枝を拾うと、今度は身体の重量を消して湿った土の上にふわりと乗った。

不思議な事に、さやかは柔らかい土に沈む事なくみずすましの様にすいすいと進んだ。

そして半ば辺りで枝を泥中に刺してみる。

すると一尺はあろうかという枝は手元まで簡単に埋まり、底に当たる気配はなかった。

さやかは枝を抜いて数歩進み、また枝を刺した。

数ヶ所で試してみたがどこも同じ結果である。

忍びの術でも使えれば別だが、そうでない者がうかつに足を踏み入れればたちまち泥の底に飲み込まれてしまうだろう。

つまりこれは底なし沼なのだ。

大きく窪んだ場所に雨水や土砂が堆積して出来たのだろうか。

干上がっていないところを見ると、岩から水が染み出しているのかもしれない。

迂回して奥に進めないかと思ったが、左右を絶壁に切り立った岩山に挟まれていて足を着ける場所がない。
自分達のような忍びならともかく、これでは人は通れまい。

さやかは奥に進むのをやめた。

そうして他の場所を調べてから洞窟に戻ってきたのだ。

何かあるなら祠の辺りしかない。

いや、

祠の辺りしか思い当たらない、というのが正直な所であった。

そして、さやかと心太郎は日暮れを待って祠に向かう事になったのである。
2011-01-23(Sun)

小説・さやか見参!2(67)

高くなった太陽が少しずつ西に向かい始めた。

緑の少ない高陵山では陽の光を遮るものは少ない。

岩ばかりの殺風景に、日光を浴びた桜色の着物が映える。

山吹さやかは岩の上を跳ねるように山頂に向かっていた。

おそらく祠に続くと思われる道を、

道とも呼べないような、岩壁に挟まれた狭い隙間ではあるのだが、

それを発見したのだ。

どうやらこの山に人の気配はない。

ならば忍びの能力を駆使しても差し支えはあるまい。

さやかは風のように走り、獣のように跳ねた。

そしてようやく、鬼を祠ったと言われる祠に到着したのである。

場所さえ知れればさやかには何という事もなかったが、里の者達がここまで来るのは大変な重労働であったろう。

山を登り、岩を登り、道なき道を進まなければならないのだ。

神か鬼かは分からぬが、敬虔な信仰の対象だった、という事である。

それが今では、祠は荒れ、御神体も正体が分からぬほどに朽ちている。

麓の村に若者の姿はなく、さやかと心太郎は、やっとの思いで農作業に勤しむ年寄りばかりを見かけた。

あの老人達にここへ足を運べというのは酷だ。

鬼神が祠られなくなったのも時代の流れやもしれない。

さやかは祠にかかった砂や石をきれいに払い、そして手を合わせた。

ここに伝説通り鬼が祠られているとして―

さやかは鬼に同情していた。

ただの伝説だとは分かっている。

それでも、

鬼が一体何をしたと言うのか。

1人の娘を必死に愛しただけだ。

娘がそれを拒み、山の神にすがったのは仕方ない。

しかし、なぜ山の神が気を持たせるような条件を出したのか、それがさやかには分からない。

例え無理難題だったとしても、それを成せば娘をくれてやると言われれば鬼が必死になるのは分かりきった事ではないか。

事実、鬼はその条件を呑み、力の限り屋敷を築いたのだ。

神の予想を上回るほどの努力で。

おそらく鬼は、その屋敷で娘と睦まじく暮らす未来を夢見ていたに違いない。

どんなにつらくとも、それが心の支えになっていたはずだ。

しかし神はそれを裏切った。

自らが約束した条件にも関わらず、卑怯な手段で鬼を騙したのだ。

これが神の所業だろうか。

人さえ守れば鬼などどう扱ってもいいのか。

鬼に何の非がある?

鬼である事が非だと言うなら、生まれた事が大罪なのか。

鬼は、人を愛する事も許されぬのか。

鬼とはまるで―

感情を持つ事を許されぬ我々忍者のようではないか。

さやかは目を閉じ、手を合わせたままつぶやいた。

『山の神もその娘も、祟られて当然よ』

鬼などは存在せぬと分かっている。

だが、鬼と呼ばれ忌み嫌われる者はいるのだ。

さやかは、自分もその中にいるのだと認識していた。

鬼神を哀れむ気持ちは眷属に対する想いである。

その想いに鬼神が応えるように強い風が吹き、薄い雲が太陽を遮った。
2011-01-22(Sat)

小説・さやか見参!2(66)

さやかが洞窟に戻ると、心太郎は虎の毛皮にくるまってすやすやと眠っていた。

寝返りを打ったせいか濡らした手拭いは地面に落ちている。

額に手を当てると、熱は若干下がっているようだ。

さやかは安堵のため息をついた。

手拭いを拾い、近くの水で洗ってから固く絞る。

どこかでわずかに湧いた水が流れて岩の窪みに流れこんでいるのだ。

さやかはそれを手ですくって飲んだ。

喉に染みる。

しかし山吹の水とは味が違うようだ。

こちらの方が若干飲みにくい。

緑の豊富な山吹の水と岩ばかりの高陵山では水の味まで違うのか。

鉱物の影響があるのかもしれない。

海の側でもあるし、鉱床がある可能性も考えられる。

そういえば…

さやかは思い出す。

ここへ来る途中、山の麓の目立たぬ集落で、製鉄所らしき建物を何軒か見た。

この付近で採れた鉱石を加工していたのだろうか。

しかし、さやかの見た所そこは使われぬようになって四年から五年は経っていた。

ならばもう採石は行なわれていないのかもしれない。

そんな事を考えながら洞窟に戻り、先ほど湿した手拭いを心太郎の額に乗せる。

心太郎は少しだけ反応したが目を覚ます事はなかった。

楽しい夢でも見ているのか、その寝顔は無防備に微笑んでいる。

『少しは緊張感を持ちなさいよ。駄目忍者』

さやかは小さな声で悪態を突いた。

しかしその声に邪気は感じられない。

身体からずれ落ちた毛皮をかけ直し、傍らに小さな花を置く。

途中で摘んだ白い花だ。

その茎に葉は一枚も付いていなかった。

薬学の知識を持つ謎の人物の仕業だろう。

本当に小さな花だが、薄暗い洞窟では白い花弁が輝いて見える。

もし自分がいない間に心太郎が目を覚ましても、これがあれば一度戻ってきた事が分かるだろう。

三流忍者は世話が焼ける…

さやかは何だか少しおかしくなって、微笑みながら洞窟を出た。

さっきはこの洞窟の西を調べた。

次は東だ。

さやかは人の通った痕跡を求めて再び走り出した。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード