2011-01-15(Sat)
小説・さやか見参!2(60)
『高陵山には鬼が出るそうな』
西国の北部でこのような噂が流れるようになったのは、ここ一年ほどの話であるという。
かつて鬼神を祠っていたと言われる高陵山だが、今ではその面影はほとんどない。
分け入った場所に朽ちた祠(ほこら)はあるが、それが鬼神を祠っていたものかは定かではない。
ゆえに現在の高陵山は
『鬼神を祠らなくなった山』
と呼べるかもしれない。
『祠られなくなった鬼が出て人を屠るらしい』
そのような噂が流れる下地はあったのだ。
しかし、晴天の下で眺める高陵山の風景にそんな禍々しさはない。
さしたる高さもなく、『山』というよりは『大きな丘』といった印象だ。
ただ緑が少なく岩盤が露出している為、『巨大な岩』にも思える。
それでも麓の田舎道から眺める高陵山は至って普通の山に見えた。
『やっぱり少し塩の香りがするわね』
前方の山から吹いてくる風を受けて、山吹さやかがつぶやいた。
左右で二つに結んだ髪がなびく。
『そうっシュか?おいら全然分からないっシュけど…』
さやかの少し後ろで答えるのは黒い野良着の小柄な少年だ。
『心太郎、あんた鼻も利かないの?ホント駄目な忍者ね』
さやかは振り向きもせず呆れたように吐き捨てた。
『駄目な忍者なんて言われたら、おいらも傷つくっシュよ』
『駄目な忍者が嫌なら三流忍者よ』
『うぅ…さやか殿、相変わらず酷いっシュ…』
心太郎はがっくりとうなだれた。
長い髪を後ろで結んだ心太郎は、小柄で細く顔立ちも整っていて一見女の子にも見える。
まだまだ10歳にもならない下忍だ。
そして、悠々と前方を歩く山吹さやかは15歳になっていた。
左右で結んだ髪型も昔のまま、
動き易い桜色の着物も昔のまま(さすがに大きさは変わっているが)、
そしてまだ可愛らしさの残る顔も昔と同じであった。
ただその瞳の輝きは、『山吹流忍術正統後継者』としての凛々しさと誇りを醸し出していた。
そう。
本来の後継者である兄が死んでから十年、さやかは山吹を継ぐ為の修行に明け暮れていたのである。
そんなさやかに、山吹流頭領の武双から密命が下ったのは一週間ほど前の事であった。
『鬼退治?』
父・武双より命を受けたさやかは思わず聞き返した。
『鬼がいるんですか?…その高陵山って所に?…まっさかぁ!』
『西国では皆信じておるぞ』
『えぇっ?だって…鬼、ですよ?…それはさすがにいないでしょ~』
さやかは頭領に対しても畏まる事がなかった。
しかしそれは二人きりの時に限られていて、しかも武双が『父』の顔をしている時だけであった。
他の配下がいる時、あるいは武双が『頭領』の顔をしている時、さやかは武双配下の一人に徹していた。
空気を察する事が出来るのは道理を解しているからである。
さやかは15にして組織の在り方を、そしてその中での自分の在り方をわきまえていた。
普通の女の子に見えるが、さすがは山吹の次期後継者だ。
『ほぅ、鬼はいないと言うか?
さやか、おまえは普段神仏の力を借りておるのだぞ?
臨兵闘者皆陣列在前。
これを唱えるはそれらのご加護にあやかる為。
神を信じて鬼を信じぬでは道理が立つまい』
『でも…』
『もし鬼は存在せぬと言うなら、高陵山の鬼とは一体何なのか確かめてまいれ。
鬼神であれ何であれ、それが人の世に仇なす者かどうかをおまえの目で見極めてくるのだ』
こうしてさやかは西国の高陵山へと向かったのである。
西国の北部でこのような噂が流れるようになったのは、ここ一年ほどの話であるという。
かつて鬼神を祠っていたと言われる高陵山だが、今ではその面影はほとんどない。
分け入った場所に朽ちた祠(ほこら)はあるが、それが鬼神を祠っていたものかは定かではない。
ゆえに現在の高陵山は
『鬼神を祠らなくなった山』
と呼べるかもしれない。
『祠られなくなった鬼が出て人を屠るらしい』
そのような噂が流れる下地はあったのだ。
しかし、晴天の下で眺める高陵山の風景にそんな禍々しさはない。
さしたる高さもなく、『山』というよりは『大きな丘』といった印象だ。
ただ緑が少なく岩盤が露出している為、『巨大な岩』にも思える。
それでも麓の田舎道から眺める高陵山は至って普通の山に見えた。
『やっぱり少し塩の香りがするわね』
前方の山から吹いてくる風を受けて、山吹さやかがつぶやいた。
左右で二つに結んだ髪がなびく。
『そうっシュか?おいら全然分からないっシュけど…』
さやかの少し後ろで答えるのは黒い野良着の小柄な少年だ。
『心太郎、あんた鼻も利かないの?ホント駄目な忍者ね』
さやかは振り向きもせず呆れたように吐き捨てた。
『駄目な忍者なんて言われたら、おいらも傷つくっシュよ』
『駄目な忍者が嫌なら三流忍者よ』
『うぅ…さやか殿、相変わらず酷いっシュ…』
心太郎はがっくりとうなだれた。
長い髪を後ろで結んだ心太郎は、小柄で細く顔立ちも整っていて一見女の子にも見える。
まだまだ10歳にもならない下忍だ。
そして、悠々と前方を歩く山吹さやかは15歳になっていた。
左右で結んだ髪型も昔のまま、
動き易い桜色の着物も昔のまま(さすがに大きさは変わっているが)、
そしてまだ可愛らしさの残る顔も昔と同じであった。
ただその瞳の輝きは、『山吹流忍術正統後継者』としての凛々しさと誇りを醸し出していた。
そう。
本来の後継者である兄が死んでから十年、さやかは山吹を継ぐ為の修行に明け暮れていたのである。
そんなさやかに、山吹流頭領の武双から密命が下ったのは一週間ほど前の事であった。
『鬼退治?』
父・武双より命を受けたさやかは思わず聞き返した。
『鬼がいるんですか?…その高陵山って所に?…まっさかぁ!』
『西国では皆信じておるぞ』
『えぇっ?だって…鬼、ですよ?…それはさすがにいないでしょ~』
さやかは頭領に対しても畏まる事がなかった。
しかしそれは二人きりの時に限られていて、しかも武双が『父』の顔をしている時だけであった。
他の配下がいる時、あるいは武双が『頭領』の顔をしている時、さやかは武双配下の一人に徹していた。
空気を察する事が出来るのは道理を解しているからである。
さやかは15にして組織の在り方を、そしてその中での自分の在り方をわきまえていた。
普通の女の子に見えるが、さすがは山吹の次期後継者だ。
『ほぅ、鬼はいないと言うか?
さやか、おまえは普段神仏の力を借りておるのだぞ?
臨兵闘者皆陣列在前。
これを唱えるはそれらのご加護にあやかる為。
神を信じて鬼を信じぬでは道理が立つまい』
『でも…』
『もし鬼は存在せぬと言うなら、高陵山の鬼とは一体何なのか確かめてまいれ。
鬼神であれ何であれ、それが人の世に仇なす者かどうかをおまえの目で見極めてくるのだ』
こうしてさやかは西国の高陵山へと向かったのである。
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