2010-12-14(Tue)
小説・さやか見参!(40)
荊木砦のはずれの森には高い杉の木立ちがある。
その中の一際高い樹木のてっぺんに痩せた女が立っていた。
長い髪を束ねる事もなく、風に吹かれるがまま晒している。
その姿はただ、美しかった。
長いまつ毛に縁取られた切れ長の瞳は、地上の凄惨な光景を凝視している。
そこでは、
山吹の軍勢がただ一人の男を亡き者にせんと怒濤の勢いで迫っていた。
だがその勢いを持ってしても、ただ一人の男を止める事は出来ない。
『くちなわ…』
女の紅い唇が動いた。
『なかなかやるじゃあないか、あの男』
女の足元から男が声をかける。
『惚れたのか?』
女は視線も向けず、唇の片方をわずかに上げて答える。
『惚れないよ。馬鹿だね。あんな狂気じみた男はまっぴらごめんさ』
『ははっ、俺達一角衆の方がよっぽどいかれてるだろうがよ。俺も、おふう、お前もな』
『まぁね。でも私は違う。いかれてる自覚があるからね。だん、あんたもそうだろ?』
『どうだろうねぇ』
『だん』と呼ばれた男は、『おふう』の足元にある細い枝の上に仰向けに寝転がっていた。
両手を枕にし、足を組んで気楽な体勢である。
しかしこれを支えているのは鳥が泊まっても折れそうな、か細い枝なのである。
男が『よっ』と身を起こす。
枝は揺れもしない。
『だん』と『おふう』。
『断』と『封』は常に二人で行動する忍びであった。。
生まれついての忍びではなく、元来は武芸者の流れを組む者達だ。
よって忍び装束も他の者とは少し違う。
光沢のある派手な装束。
断は緑、封は青のきらきらと光る珍しい生地で仕立てられている。
共に襟や帯、縁取りは鮮やかな黄色で統一されている。
野良着を兼ねた通常の忍び装束とは明らかに出自が違うのが一目瞭然だ。
『だん、あんた一体どうやったのさ?』
『あん?』
『あれだけの人数…しかも下忍中忍とはいえ山吹の忍びだろ。どうやって操ってるのさ。あんた、そんな術持たなかったろ?』
断は『へへっ』と笑うと帯の下から何かを取り出した。
『おかしらがこれを貸してくれたからねぇ』
それは大きめの鈴が付いた家紋のような物であった。
家紋は木彫りに漆などではなく、金属で鋳造された物のようである。
五角形の内側に、五枚の花弁が象られたそれは、先ほどくちなわを取り囲んだ山吹陣に似ているとも言える。
その家紋の下にやや大きめの鈴が付いているのだ。
『なんだい?そりゃあ…』
『こいつぁおかしらの秘密兵器さ。これを鳴らすとな、鈴の音を聴いた奴を好きに操る事が出来る』
『まさかぁ?』
『信じるも信じねぇもないだろ?実際目の前に見てるじゃねぇか』
ぞんざいな口をきいているが、封よりも断の方が身体は小さい。
おそらくは年齢も下なのだろう。
まだ顔に幼さが残っていた。
『でもあいつら、たけるの命令って言ってなかったかい?たけるが命じたと思わせなきゃいけないんだろ?』
『ちゃんと聞いててくれよ。奴ら、たけるの命令とは一言も言っちゃいねぇ。新しい頭領の命令だって言ったんだぜ。つまり、奴らに鈴を聴かせて、
俺が新しい頭領だ!
裏切り者くちなわを山吹陣で討ち取れ!
…って言ったのさ』
『なるほどね。あの男はこれが山吹たけるの仕業だと勝手に思い込んでるってわけね』
『そーゆー事。まぁしかしこの鈴、山吹の血筋には効かないらしいからなぁ。
血族でない下忍中忍だけを集めて技をかけるのは苦労したぜぇ…おっ?』
断が目をやると、くちなわが陣を破り、谷を駆け降りて行くところだった。
『いい頃合だ』
断は枝から飛び下りた。
封も後に続く。
その中の一際高い樹木のてっぺんに痩せた女が立っていた。
長い髪を束ねる事もなく、風に吹かれるがまま晒している。
その姿はただ、美しかった。
長いまつ毛に縁取られた切れ長の瞳は、地上の凄惨な光景を凝視している。
そこでは、
山吹の軍勢がただ一人の男を亡き者にせんと怒濤の勢いで迫っていた。
だがその勢いを持ってしても、ただ一人の男を止める事は出来ない。
『くちなわ…』
女の紅い唇が動いた。
『なかなかやるじゃあないか、あの男』
女の足元から男が声をかける。
『惚れたのか?』
女は視線も向けず、唇の片方をわずかに上げて答える。
『惚れないよ。馬鹿だね。あんな狂気じみた男はまっぴらごめんさ』
『ははっ、俺達一角衆の方がよっぽどいかれてるだろうがよ。俺も、おふう、お前もな』
『まぁね。でも私は違う。いかれてる自覚があるからね。だん、あんたもそうだろ?』
『どうだろうねぇ』
『だん』と呼ばれた男は、『おふう』の足元にある細い枝の上に仰向けに寝転がっていた。
両手を枕にし、足を組んで気楽な体勢である。
しかしこれを支えているのは鳥が泊まっても折れそうな、か細い枝なのである。
男が『よっ』と身を起こす。
枝は揺れもしない。
『だん』と『おふう』。
『断』と『封』は常に二人で行動する忍びであった。。
生まれついての忍びではなく、元来は武芸者の流れを組む者達だ。
よって忍び装束も他の者とは少し違う。
光沢のある派手な装束。
断は緑、封は青のきらきらと光る珍しい生地で仕立てられている。
共に襟や帯、縁取りは鮮やかな黄色で統一されている。
野良着を兼ねた通常の忍び装束とは明らかに出自が違うのが一目瞭然だ。
『だん、あんた一体どうやったのさ?』
『あん?』
『あれだけの人数…しかも下忍中忍とはいえ山吹の忍びだろ。どうやって操ってるのさ。あんた、そんな術持たなかったろ?』
断は『へへっ』と笑うと帯の下から何かを取り出した。
『おかしらがこれを貸してくれたからねぇ』
それは大きめの鈴が付いた家紋のような物であった。
家紋は木彫りに漆などではなく、金属で鋳造された物のようである。
五角形の内側に、五枚の花弁が象られたそれは、先ほどくちなわを取り囲んだ山吹陣に似ているとも言える。
その家紋の下にやや大きめの鈴が付いているのだ。
『なんだい?そりゃあ…』
『こいつぁおかしらの秘密兵器さ。これを鳴らすとな、鈴の音を聴いた奴を好きに操る事が出来る』
『まさかぁ?』
『信じるも信じねぇもないだろ?実際目の前に見てるじゃねぇか』
ぞんざいな口をきいているが、封よりも断の方が身体は小さい。
おそらくは年齢も下なのだろう。
まだ顔に幼さが残っていた。
『でもあいつら、たけるの命令って言ってなかったかい?たけるが命じたと思わせなきゃいけないんだろ?』
『ちゃんと聞いててくれよ。奴ら、たけるの命令とは一言も言っちゃいねぇ。新しい頭領の命令だって言ったんだぜ。つまり、奴らに鈴を聴かせて、
俺が新しい頭領だ!
裏切り者くちなわを山吹陣で討ち取れ!
…って言ったのさ』
『なるほどね。あの男はこれが山吹たけるの仕業だと勝手に思い込んでるってわけね』
『そーゆー事。まぁしかしこの鈴、山吹の血筋には効かないらしいからなぁ。
血族でない下忍中忍だけを集めて技をかけるのは苦労したぜぇ…おっ?』
断が目をやると、くちなわが陣を破り、谷を駆け降りて行くところだった。
『いい頃合だ』
断は枝から飛び下りた。
封も後に続く。
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