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2010-12-12(Sun)

小説・さやか見参!(35)

男はにょろにょろと不気味に動く大きな蛇を両手で巧みに捉え、あえて客の眼前まで進んで見せつけた。

軽い悲鳴と共に客の輪が崩れる。

男は人垣の内側をぐるりと移動し、最終的にたけるの前に来た。

たけるは目の前の蛇には動じていない。
それどころか見てもいない。

蛇の向こうにある男の顔を、
いや、
男の右眼をじっと見ていた。

不自然な光を放つ眼球は、見ようによっては深い空洞にも見える。

そうかこれは…

それに気付いて男は
にやり、
と笑ったかに見えた。

そしてたけるから視線を外さず、身体だけを他の観衆に向けて声を張る。

『みずち・くちなわ・かがち・うが、蛇の呼び名は数あれど、おろちというのもございます、
おろちというのは別名うわばみ、
うわばみほどの大きな蛇は、己の身体を越えるほど、大きな獲物を食らうとか、
うわばみほどではないとはしても、例えばこの蛇ご覧じろ、身体の長さは三尺あまり、なれども頭は…ほれ、この通り…』

わざと女衆の前に蛇の顔を近付ける。

首を抑えられて動く事の出来ない蛇は、せめて大きく口を開き、牙をむき出しにして威嚇した。

黄色い悲鳴が上がる。

『蛇の別名くちなわは、長い身体を縄と見て、縄の先に口ありと、見立てて付けたがその由来、
縄の先の頭なら、大きさなどは知れたもの、
頭に付いたその口も、さして大きくならぬのは、先ほどお見せした通り…』

少しためて観客を焦らす。

『ここで話を戻します、
うわばみほどではないとはしても、
ここにおりますこの蛇も、
己の口より大きな餌を、がぶりごくりと食らいます』

男がおもむろに左手を上げた。
どこから出したか片手に薄茶色の卵を持っている。
おぉっ、と観客がどよめく。

『ここにありますこの卵、今朝の明け方にわとりが、
こけこっこぅと落としたばかり、
大きさ比べてご覧じろ、卵の方が頭より、どう比べてもはるかに?』

男は突然さやかに問い掛けた。

さやかは思わず

『大きい』

と答える。

男は大きくうなずいて、

『可愛い童が答えてくれた、口より大きなこの卵、
しかし!これが蛇の恐ろしさ、
さぁご覧あれご覧あれ!』

客の輪が一斉に縮まる。

男が手のひらに卵を乗せて、蛇を掴んだ指を弛めると―

蛇は信じられぬほど大きく口を開けて、卵を丸呑みにした。

歓声とも悲鳴とも分からぬ声が上がる。

蛇は卵の形そのままに喉を膨らませ、少しずつ飲み込んでいく。

見物人達は息を飲んでその光景を見つめていた。

『…とまぁこのように!』

男の声ではっと我に返る。

『大きな丸い卵でも、蛇は楽々この通り、
実はこの蛇、私のかたき、かつて大きな丸い物…』

そう言って片手を右眼に当てると…

『私の目玉を飲み込んだ』

きらきら光る右眼を抜き取った。

後にはぽっかりと空洞が出来ている。

右眼が不自然に見えていたのはびぃどろのような義眼のせいだったのだ。

今までで一番大きな悲鳴が上がった。

『私の目玉を飲み込んだ、にっくきかたきのこの蛇を、二人の食事といたしましょう。それ!』

男は二人の子供の前に、まだ卵の形を残した蛇を放り投げた。

蛇が地面に落ちた瞬間、白い羽織りの子供が手のひらで蛇の頭を抑えつけ、首もと辺りに噛み付いた。

そのまま頭を上げると、蛇の肉が一直線に裂ける。

もう観衆は声を立てる事も出来ぬほど、恐怖に凍りついている。

背中側の肉を剥されて瀕死の蛇を、赤い羽織りの子供が捕らえる。

やはり首辺りに食らいついて、強引に頭を引きちぎった。

ちぎられた蛇の頭が見物人の輪に飛び込むと、悲鳴とともに一人また一人と逃げていき、たけるとさやかだけがその場に残った。
2010-12-11(Sat)

小説・さやか見参!(34)

見世物に真実がない事など、ある程度の年齢になれば大体分かる。

分かっていながら怖い物見たさで見てしまうのである。

しかし子供は違う。

現実世界の引き出しが少ない故に、世の中には数奇・怪奇があるのだと信じてしまう。

大人にとっての娯楽は子供にとっての現実であったりするのだ。

それは忍者といえど変わらぬようで、山吹さやかも兄の袴をぎゅっと握り締め、強張った顔で目の前の光景を見ている。

そこでは
白い羽織りの子供と赤い羽織りの子供が猫の動きで戯れあっていた。

赤い羽織りがあくびをして丸くなって寝ようとする。
そこに白い羽織りがちょっかいを出して追いかけっこが始まる。

軽々と塀に飛び乗ってみたり、鳥居の脚に飛び付いてひらりと宙返りしてみたり、本物の猫よりも芝居がかっているが獣らしさは上手く表現されている。

この辺りの『らしさ』と『虚構』の兼ね合いが見世物を見世物たらしめているのであろうとたけるは考える。

そこに見事なまでに男の講釈が乗る。

『首を斬られた化け猫の、怨み祟りが気となって、その気を吸った若殿は三日ののちに亡くなった、
その気を吸った奥方は、やがて双子を産み落とし、その三日後に亡くなった』

ここでまた口調が変わる。
ちょっと声を落として男が語る。

『死んだ若殿夫婦の亡骸をご典医があらためると、肺の腑にはびぃーーーっしりと!
…猫の毛のような物が詰まっていたそうな…』

ちょっと怖い顔で首をゆっくり左右に振り、観衆一人一人の顔を見る。

『たった二人で残された、あにおとうとの哀れな双子、
育てる親もなきはずが、乳を飲ませて育てたは、次々集まる猫!猫!猫!
まるで我が子を育てる如く、猫が赤子を育てます、
やがて双子の兄弟は、育ての親とおんなじに、両手両脚地に着いて、獣のように歩きだす、
屋根の上から塀の上、ひらりと飛んでは軒の下、
生きた魚を頭から、がぶりがぶりと囓りつく、
それがこの、』

さやかがごくりと生唾を飲んだ。

『皆様がご覧になっている二人なのでございます』

二人の子供は同時に『しゃあっ!』と吠えた。

客の何人かがびくっとする。

『…私が引き取ってすでに二年。
人間らしさを取り戻すどころか、ますます獣に近付いている様子。
食事も人様と同じ物などは口にしません。
血のしたたる肉しか食わぬのです。
…さぁーーーて、そろそろ食事の時間だぁ』

男が傍らのびくから紐のような物を引っ張り出した。

周りで見ていた女子供からきゃあと声が上がる。

それはかなり大きな蛇であった。
2010-12-11(Sat)

小説・さやか見参!(33)

好好爺の声が響く。

『此所より西の何処の国にて、城に起きたる化け猫騒ぎ。
夜毎現わるその猫は、身の丈2尺で鬼火を吹いて、人の姿に成り済ます。
この怪猫が若殿の、奥方様が身籠もった、赤子の肝に目を付けた』

声は明るいが語りに臨場感があるので見物人達は思わず引き込まれてしまう。

その間も二人の男の子は、講釈に調子を合わせて飛んだり跳ねたり転がったり、こちらも飽きさせる事がない。

時々手の甲を舐めてこめかみに擦り付けたりしている所を見ると、どうやら猫になりきっているらしい。

『見世物の類か』

たけるは思った。

両腕の無い『蛇女』や全身毛むくじゃらの『狒々男』、安っぽいからくりの『ろくろ首』などと同じ趣向か。

しかし見世物とは木戸銭を取って成り立つものではないのか。

このような往来では本当にただの見世物だ。

なればこの男の真意はどこにあるのか?

たけるは何事もそういう風に考えてしまう性格なのだ。

朗々と語る男の右眼は相変わらず不自然に光っている。

妹に目をやると、さやかは真剣に二匹の猫(?)を見ていた。

白猫と赤猫は、ふー!とか、しゃー!!とか言いながらお互いに威嚇しあっている所だ。

『赤子を狙う化け猫は、大殿様を食い殺し、大殿様に成り済まし、若殿夫婦にこう言った。

余の患った病を癒す、たった一つの妙薬は、
いまだ産まれぬ赤子の肝を、赤い血したたるそのままに、切って炙って食す事。
親子の孝のあるならば、親を憐れと思うなら、
是非とも妻の腹を裂き、小さき赤子を取り出して、小さき赤子の腹も裂き、その肝我に差し出さん』

生々しい講釈に観衆が静まり返る。

想像して気分を悪くした者もいるようだ。

『親を助くは当然なれど、妻と子供もまた大事、秤にかける事など出来ぬ、父上それは出来ませぬ、
なればおまえはこの父に、死ねと申すか恩知らず、
いえいえそれでも出来ませぬ、どちらも引かぬ諍いに、割って入った身重の妻が、
おやめ下さい心得ました、孝を尽くすが己の務め、それで病が癒えるのならば、裂いて下さい我が腹を、大殿様のお役に立てば、きっと我が子も喜びましょう』

男はここで言葉を切った。

しんと静まり返る。

男は真顔で言葉をなくした見物人を見渡す。

そして先ほどまでとは口調を変えて低い声でまくしたてる。

『いよいよ腹を裂く時がやってきた。
口ではすまぬと言いながら、大殿の顔には期待に満ちた笑みが浮かんでいる。
そして小刀を手にした瞬間、喜びのあまり油断したか、大殿を照らした行灯の明かりが化け猫の影を映し出した!
若殿はそれに気付くと、おのれ化け猫正体見たりと腰の物を抜き放ち』

男も抜刀すると

『えいっ!』

と横ざまに払った。

『化け猫の首が宙を飛ぶ、胴から離れたその首は元の姿に立ち戻り、怨みがましくめおとを睨み、
赤子の肝よ口惜しや、かくなる上は我が怨み、これより産まれる子供らに、報いを受けてもらおうぞ…』

どすを効かせた言葉の余韻に合わせて子供達がくるんと宙返りをした。
2010-12-10(Fri)

小説・さやか見参!(32)

さやかは人の波をすいすいかわしながら、出店や披露されている芸事を見て回った。

そしてたけるに一つ一つ質問する。

『お兄ちゃん!あの石、きらきらして綺麗!』

『あれはね、飴っていう食べ物だよ。とっても甘いお菓子なんだ』

『甘い?甘いってどんな味?』

この時代、しかも忍びの里で甘い物を口にする機会など滅多にない。

さやかが『甘い』と言われて分からぬのも無理はなかった。

たけるはその出店で飴を買った。

砂糖を溶かして固めただけの簡単なものだったが、砂糖が希少なのでそれなりに値が張る。

さやかはたけるに勧められて一つをつまんだ。

好奇心で輝いていた顔が少し曇って、

『な、なんだかベトベトするんだね』

と不安げに笑った。

しかし味わってみると気に入ったようで、

『あごがじーんとする』

と、よく分からない感想を言ってから、

『すごいね!すごいね!甘いって美味しいね!』

とはしゃいだ。

薬売りの口上について訊かれた時は、説明するのに骨が折れた。

薬とは怪我人や病人が必要に迫られて求める物ではないのか。

それを売る側が、何故ああして長々と講釈しなければいけないのか。

そんな根本的な所にさやかが疑問を持つからである。

それをひとしきり説明したら今度は口上が芸として成り立っているという事を納得させなければならない。

観衆の気を引く話題を交えながら弁舌さわやかにすらすらと語って聴かせ、最終的に購買意欲を刺激するというのがいかに難儀か、幼子に理解させるのは難しい。

しかも、言の葉を術として扱う忍びの世界では、すらすらと相手を話に引き込むなど出来て当たり前なれば、それが常人の世界で芸として認められている事に合点はいくまい。

さやかにはまだ、忍びの世界と一般の世界の境界が曖昧なのだ。

『これではまだ任務には出せないな…』

たけるは内心そう思って笑った。

だが、出来ればその方が良い。

妹を危険な任務に出さずとも済む平和な世の中になってくれぬものか…

そんな事を考えていると、さやかが前の店に向かって走った。

色とりどりの華やかな出店だ。

見とれているさやかの後ろからたけるも覗き込む。

『ねぇお兄ちゃん!これ欲しい!』

色とりどりの正体は赤や青や黄の綺麗な紙だった。

『帰ったらお兄ちゃんと色々作って遊びたい!』

雨で外に出れない日、たけるは紙を折ってさやかと遊ぶ事があった。

鶴や蛙などの動物や鞠、手裏剣を作ってみせてはさやかにも折り方を教えた。

たけるの指がなめらかに動き、平面だった紙が素早く変形して色んな形を作る。
さやかはその不思議な光景が好きだったのだ。

たけるは数十枚の束を買い、丸めてさやかに持たせた。

これだけあればしばらくは遊ぶに困らぬ。

たけるもさやかもにこにこと楽しそうに歩いている。

出店の列が途切れた。

目前に鳥居が迫っている。

『お店は終わり?』

『あぁ。全部見終わったみたいだな。お参りして帰るか』

鳥居に近付くとまばらに人だかりが出来ていた。

店ではないようだ。
大道芸の類かもしれぬ。
なにやら軽やかな口上も聞こえる。

近付いて人の隙間から見ると、二人の子供が軽業を披露していた。

男の子のようだ。
白い羽織りと赤い羽織りの二人組。
年齢はさやかとさほど変わるまい。

上半身裸に羽織りという変わった風体で華麗に宙を回っている。

自分も身軽さが身上の忍びという事も忘れてさやかが

『すごぉいっ!』

と感嘆の声を洩らした。

たけるは口上の主を見る。

傍らに立って、良く通る声で子供達の出自を語る男。

表情は穏やか。

父、武双よりも年上かもしれぬ。

好好爺、といった印象だ。

だが、男の右眼が放つ異様な光がたけるは気になっていた。
2010-12-10(Fri)

小説・さやか見参!(31)

『忍び』とは、『忍び』というだけで食っていけるものではない。

大名のお抱えにでもなれば話は別だが、そうではないほとんどの忍びはそれぞれ手に職を持っているものだ。

身の軽さを活かして大工や鳶になる者、
脚の速さを活かして飛脚や籠かきになる者、
軽業師になる者も多かった。

職とは言えぬが、盗賊になる者も多かったのだが、各々、知識や体力、技術を活かそうとしていたのであろう。

忍びとはいえ銭を稼がねばならぬのである。

例えば山吹や荊木を含む十二組は、各組が力を合わせればほぼ自給自足の生活が出来た。

しかし任務として人里に降りて町人として潜伏しなければならない時もある。

そういう時にはやはりある程度の銭が要るのだ。

時に各地の豪族や大名からの依頼もあったので各組とも金銭的な困窮はなかったが、本来この十二組、時の権力に左右されぬ事を目的に作られた組織なので、どれほど大きな依頼といえど引き受けぬ場合があったのだ。

承諾の基準はただ1つ。

『その任務が本当の平和に繋がるか否か』

である。

大名お抱えの忍び集団は平和を望まない。

戦がなければ自分達は用済みになるのを知っているからだ。

十二組の忍び達はただ

『非常事態にも動じぬ』

その為に自分達を律し修行に努めているのだ。

祖先から受け継いだ生き方に疑問を持つ事はない。

世が平和になって忍びの技が必要とされなくなっても、十二組が手を合わせ、己を磨きながら生きていけば良いだけの話だ。

このように十二組の忍び達は他の忍びと比べてかなり独特な思想を持っている。

権力への欲求、金銭への欲求が薄いのだ。

そのようなものにすがらずとも生きていける術を持っているという誇りがあるのだ。

大きく話がずれてしまったが、山吹たけるが妹を祭りで遊ばせるだけの金銭を持ち合わせているのはそういう理由だ。

たけるとて修行の合間に町民達に紛れて仕事をしている。

かなり腕の立つ大工なのだ。

一見華奢にも見えるが力仕事も難なくこなす。

宮大工ばりの細かい作業も出来る。

鳶としても申し分ない。

土地の善し悪しを見分ける能力は棟梁よりも秀でていた。

地中に掘り進められないほどの固い岩盤があるとか、なまなかな支柱では安定しないほど水気を含んでいるとか、深い所に水脈があるから危ないとか、そのような事をぴたりと言い当てるので、かなり重宝されていたのだ。
プロフィール

武装代表・内野

Author:武装代表・内野
福岡・久留米を中心に、九州全域で活動している『アトラクションチーム武装』の代表です。

1972年生まれ。
1990年にキャラクターショーの世界に入り現在に至る。

2007年に武装を設立。

武装の活動内容は殺陣教室、殺陣指導、オリジナルキャラクターショー等。

現在は関西コレクションエンターテイメント福岡校さんでのアクションレッスン講師もやらせてもらってます。

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